第2話 実験の失敗

「正人ー」


歩いていると後ろから声をかけられて立ち止まる。


「どうした?博之」


松本博之。正人の友達だ。


「今日さ。エメラルドファンタジーVの発売日じゃん。お前、この後買いに行くの?」

「あー、通販しちゃったからなぁ。俺、ちとやることがあるし、今日は家に籠るよ」

「やる事ってエメファンVじゃなくて?」

「今日は無理だなぁ。ちと実験があるので」

「実験?」

「ああ。ちょっと思いついたことを試したくてね」

「そっか。お前ホント科学オタクだよなぁ」


松本は正人の事を科学オタクか何かだと思っている。

だが真相は違う。

正人はこれから地下深くの秘密基地でとある実験をする。もちろん松本はそんな事実は知らないから、日々引きこもって科学実験をしているオタク、ぐいらにしか思っていないのだ。


帰宅後、密かに自宅に作った地下への入り口。床の板を外して階段を下り、そこからエレベータで数百メートル降りていく。

気圧が一気に高まるが、実はある程度気圧調整もしているので、少し耳がツンとする程度だ。


最下層につくと、認証のドアがある。

顔と手形で認証すると、コンピュータが反応する


ピピッ


『堂島正人様。確認しました』


その音声と共に正面のドアが開く。

中には正人が作った秘密基地が広がっていた。

早速実験室に向かい、コンピュータを操作する。昨日のうちに自宅から転送してゆかりに計算させた結果を見ると、少なくとも理論的には可能という結果が出ていた。


「やった。これならうまく行く。機材の準備はどうだ?」


正人はそう言うと工作機械の出力も見る。

どうやら目的の物は無事に作られているようで、それを手に持ってテーブルに移動する。


持って来たものは、金属のトレイの横に何かボタンと液晶パネルがついている感じのものだ。


「よし。まずは小さい物で試そう。万が一の事を考えてあっちのボックス内でやるか」


そのトレイを隔離されたボックスの中に配置し、手近にあった本をトレイに乗せた。

トレイの横のボタンを操作し、液晶で内容を確認。ボックスのドアを閉めて待つ。

実は正人はトレイのボタンでタイマー操作もしていた。

つまりタイマーの時間が経過するとその操作が稼働する。


「そろそろかな」


ボックスからも少し離れて待つ。

特に音も無く、正人が想定した時間から少し経過した後、恐る恐るボックスに近づくと、ボックスの窓から中を見る。


「おっ。やった。上手く行ったかも」


窓の中を見てそう叫んだ正人。

ボックスを開け、中のトレイを見る。

トレイの上には先ほど乗せた本がそのまま乗っていて、特に変わった様子は無い。

にもかかわらず、正人は結果に喜んでいた。


実はこの実験は恐るべきものだった。

トレイに乗せられたものは全く変化していない。

トレイも特に変化していない。

ただ、トレイはもともと置かれた位置か一1メートル程横に移動していたのだ。


自動で移動するトレイ、と言うだけなら、そもそも重力反応炉や慣性制御システムを持っている正人には、たいして難しい物ではない。

だが今回のトレイが移動したり理由はそこには無かった。


「もう一度実験。今度はつい立てを立ててっと……」


大き目のつい立を立てて再びボックスを閉め、何十秒か経過した後にボックスを開ける。


「よーしよし。計算通り計算通り」


トレーはつい立を飛び越えるように移動していた。


「瞬間移動システムの完成だな」


そう。彼は瞬間移動のシステムを作っていたのだ。

元々ブラックキャットは、様々な動力によってとてつもない速度での飛行が可能ではあったが、この瞬間移動の仕組みを搭載する事で、座標さえ決まれば一瞬でそこに飛ぶことが可能になる。

ある場所に瞬間的に表れて、何かをしたのちに瞬間的に消える。そんな事が可能なシステムが、このブラックキャットに搭載されることになったのは、その実験成功の三ヶ月後だった。


-----


正人がブラックキャットに瞬間移動システムを搭載し、初の実験は流石に無人で実施した。巨大な宇宙船が移動するのだからその為に隔離ボックスも巨大な部屋とした。


実験当日。トレーの時よりは緊張感があったが、理屈の上では上手く行くと考えていた試験は、あっさりと上手く行く。

乗せていた昆虫なども無事だったし、ダミー人形に搭載したセンサー類の計測結果も特に異状はなかった。

本当に静かに一瞬で別の空間に移動する事になるようだ。


そしてついに、自分が乗ってのテスト。

これが成功すれば、自由に空に移動できる事になる、と言うのもあって、緊張と共にわくわくもしていた。

実は今は政府の目を気にして自由に飛べない。

圧倒的ステルス性も持っているので、一度空高くに上がってしまえばだれにも見つからず自由に飛べるのだが、地上付近から出てくるこのブラックキャットを目撃してしまう人は沢山いるはずだから。

今は海中深くに空いた穴から太平洋上に移動して、そこから舞い上がるようにしているが、てもに時間がかかるのだ。


実験はあっさりと、完璧に終わる。

これで、簡単に空を飛ばせる。これで自由に飛べる。そう思った正人はさっそくこの勢いで上空二万メートルぐらいの高空にジャンプする事にした。

座標をセットし、システムの起動を確認し、ジャンプ開始。


すると一瞬で視界が大空に変わった。


何処までも続く青い空と白い雲。まさに自由な空だ。

そしてふと気づく。


「あれ?なんで青空?」


そう。実験は学校の後、夜に行っていた。今の横浜は二十二時過ぎの筈だ。

いくら二万メートルまで上がったとしても太陽は見えない筈なのだ。


「ここ、どこ?」


直ぐにGPSからの電波を拾おうとするが反応は無い。


「えっ……」


正人はゆかりシステムを使って状況を確認しようとする。

がゆかりのフルセットを呼び出すことは出来ない。

ゆかりは様々な改良により、現在は基地内のメインコンピュータの他に、このブラックキャットにもサブセットシステムが搭載されていて、独立でも稼働できる。基地の本体に比べると性能はずいぶん落ちるが、それでも地球上最速と呼ばれているスパコンの数千倍の性能は誇っている。

そのサブセットのゆかりを使って状況を把握しようとするのだが、あらゆるネットワークが遮断されている事が確認できるのみだった。


上空二万メートルからもう少し上昇し、目視でどのあたりか確認する事にした正人は、ブラックキャットを上高度三〇〇kmぐらいまで上昇させる。

そして外を見る正人。


「ここ……どこ?」

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