心する乙女と目覚める騎士4

「どうして、情けを掛けたの……」

痛みを堪えているのだけじゃない、怒りも含ませたアルテミシアの震声が耳に届きました。

私の一撃は確かにアルテミシアの体を貫きはしました、ですが一撃が決まる直前に狙いを喉元から右の肩へとずらしていた。

右肩を左手で押さえながら膝付くアルテミシアを見やるとあの出血量から傷はそれなりに深いと思う、あれでは暫くは剣を振るうのはまず無理でしょう、適切な治療を受ければ回復するでしょうがこの場ではそれも叶わない。

そして心に乱れが生じれば包術を行使するのも難しい。

証拠としてニーズヘッグが苦悶の唸りを轟かせながらアルテミシアの心(なか)へと還っていき、連なる様に周囲を埋め尽くしていた氷雪も消滅していき、辺りの光景は元の白煉瓦と水路へと戻りました。

私の勝利というわけです。

「屈辱だわ、全力を尽くした戦いで手を抜かれるなんて!」

「手を抜いたのではありません……約束したでしょ、小父様に刃を向けた訳を聞かせてもらうって、それに……」

金焰の剣に付着した血痕を振り払い鞘に納めてから、アルテミシアを生かしたもう一つの理由を告げます。

「同じ人に恋した人間を斬り捨てるのは卑怯ですから、恋の方も正々堂々と決着を付けたい」

偽りの無い、私の本心です。

「……敗者は勝者に従うのみですね……」

素直に敗北を認めるあたりこの女なりの騎士道は持ち合わせているのでしょう、ならばその矜持に従ってもらいます。

「三の御柱……この言葉をご存知かしら?」

「……いいえ、知りません」

御柱と言うくらいですから何かを支える役割を担う存在なのでしょう、詳細はまだ聞き出す必要がある。

「ツヴァイトークとも在ろう者が知りもしないとは……いえ、アイリスさんはご両親からツヴァイトークの責務を継承すら出来なかったのですよね、失礼しました」

「殊勝な態度は要りません、続きを話しなさい」

「ユグドラシル、イルミンスール、レーラズ、この三つの柱が世界を構成する満ちる包力が霧散するのを押し留めているのです、柱と銘打っていますが正確には包力が最も色濃く集約されている力場と言うのが正しい表現でしょう、そしてその力場はドゥーランド、グラジオラス、スターチスの三強国に抑えられている……ですが真相はその逆、この三国はそもそも御柱を諌めるのを目的に建国されたのです」

「御柱を諌めるですって?」

「この世界に存在する包力の全ては御柱より産まれ出て御柱へと還っていく、太古から円滑に循環してた包力の流れにはいつしか些細な乱れが生じ始め、やがてそれは世界の均衡を脅かす規模へと拡大していったそうです、その原因は命の過剰な誕生にありました、命が産まれるには世界から包力を切り離し素材としなくてはならない、世界の包力の総量が減れば補う為に力場は活性化を続けいつかは暴走してしまう、そうなれば世界は消滅するより他がありません、だから太古の人間は力場を収める為に人柱を立てたのですよ、包術の才に溢れ、世界の包力に適合するであろう人間を犠牲に滅びを免れた……」

「人柱、それはまさか!」

人としての矜持を捨て去り見事傀儡として成り下がって見せよ。

婚姻の儀において陛下が小父様とアルテミシアに放った台詞が脳裏を過ぎりました。

「貴族とは力場を守る為の人柱なのですか!」

「その通り、歴代の帝王とツヴァイトーク党首、この二人が力場と精神を繋げる事でドゥーランドが保有するユグドラシルは護られてきた……そして貴族会の正体は人柱に異常があった際の代替え品として集められた家畜の集まりなのですよ」

そんな物に人間としての尊厳なんて何処にも有りはしない、正に傀儡です。

つまりアルテミシアが小父様に刃を向けたのは……。

「貴女が小父様を慕うのに偽りが無いのなら、刃を向けたのはあの人を止める為だった?」

「正解です、今日の婚姻が結ばれればベルクリッド様と私は陛下共々に誇り高き傀儡と成り果てていたでしょう……別に私は構わない、ベルクリッド様と添い遂げられるのなら命だって惜しくはありません、ですがあの方が人柱としての運命を受け入れたのはアイリスさんの為でした、それだけはどうしても我慢ならなかった、愛した人が恋敵の為に身を投げ出すなんて耐えられない」

「……私を人柱にしない為に?」

「ええ、いずれアイリスさんが家督を継げば人柱の役割を早急に課せられる、貴女のお父様が崩御されてから陛下と幾人もの貴族を使い潰しながら保ってきた偽りの平穏を正すには最たる適合者であるツヴァイトークが必須、ですが陛下にとって予期しない問題が二つ存在しました……一つはアイリスさんが包力に目覚めない事、いくらツヴァイトークと言えども包術を行使出来なければ人柱となり得ないですから、そしてもう一つはツヴァイトークに匹敵する適合力を持つ人間があろう事か平民から現れた事、それこそがベルクリッド・ファン・ホーテン様、救国の英雄です」

「ツヴァイトークと同等の適合者と貴族会の第二位であるシルフールが揃えばユグドラシルを安定させられる……」

「だから言ったでしょう……アイリスさんを無残な運命から救う為にベルクリッド様は身を投げ出し、私はそれを阻止するべく天の車に加担した、計画ではアイリスさんを捕縛し禁術で強制的に包力を覚醒させてユグドラシル専用の永久機関に仕立て上げる手筈でしたが、それもここまでですね……」

アルテミシアは力無く城を指差すと告げました。

「お行きなさい……ユグドラシルの封印はこの城の地下に造られている、包力に目覚めたツヴァイトークなら自然と惹かれ合い導かれるでしょう、私の戦いはここまでです」

「勝手を言わないで!」

私は自然とアルテミシアの胸倉を掴み上げていました、躊躇なく法衣を引き千切らんばかりの力が篭らせながら至近距離で怒鳴るつけてやる。

「恋の方も正々堂々と勝負を着けるって、そうでなくちゃ私もアルテミシアも納得なんて出来ないでしょ!」

「本気ですか……どちらにせよ私は罪人です、事が済んだらもう表の世界には帰れない……」

「そんな事はどうでもいい、貴女は自分で言ったんじゃない! 産まれて初めて心の底から手に入れたいと願ったお方なんですよ、そう簡単に諦めてたまるものですかって! だったらその気持ちだけでも折らずに持ち続けなさい、それが恋敵ってものでしょう!」

「……っ!」

アルテミシアの肩からガクリと力が抜けて暫く無言でいた彼女でしたが、もう一度顔を上げた時には敗北の色は影すら残っていない。

「言わせておけばこのメイド風情が!」

アルテミシアも私の胸ぐらを掴み返してきて。

「ならば誓いなさい、必ずベルクリッド様を救ってみせるって! もしあの方が命を落とす事があれば許さないから!」

「言われなくてもそのつもりです、高飛車貴族はここでじっと待っていなさい!」

ばちん! 互いに空いている手で相手の頰に平手打ちをかましたら、どうしてか笑みが漏れていた。

こんな時に不躾かもしれませんがきっと私達はお互いを認め合ったんです。

「ここで待っていなさい、次会うときは小父様も一緒です」

「ええ、アイリスさんはともかくベルクリッド様の無事だけは祈っています」

好敵手の皮肉を背にして私は駆けていく、大切な人が戦っている場所に向けて。

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