恋する乙女と目覚める騎士3

(体が……熱い……)

それが息を吹き返して最初に感じた感覚でした。

体の内側から焼き尽くされそうな熱が込み上げてくる。

だけど不思議と恐怖は無くて、寧ろ私を支えようとしてくれるのがありありと理解出来た。

(ありがとう)

熱の根源であるイリスに心の中で感謝を伝えて、私は強く強く極寒の氷を踏みしめました。

私が触れる箇所は全て湯気を立てて溶け上がっていくのを見ると、アルテミシアの包術に怯える必要はないのだと実感が湧いてくる。

今の私ならアルテミシアに勝てる!

「どういう事ですか!」

前方からアルテミシアの金切り声が飛んできた。

「貴女は死んだ筈です! ニーズヘッグの毒に侵されて氷に閉ざされた筈! なのにどうして貴女は立ち上がれるのですか!」

「一度死んだから、私は立ち上がれるんです」

真っ向からアルテミシアの視線を受け止めて、言葉を切り替えしてやりました。

「いえ、正確には二度目の死でしたね……十年前のあの日に私は命を落として小父様に救われた、そして今二度目の死を体感して巡り会えたのは私を護ろうとする優しい守護者でした」

「守護者……まさかアイリスさん!」

表情に驚愕を貼り付けたアルテミシアへ突きつける様に前へ伸ばした右腕。

開いた右手が掴むべき剣を呼び覚ますべく、包術の祈訓を口にする。

「奉り願う……」

祈訓に続く私の願い、それは……。

「熱き思いよ顕現せよ!」

こちらの世界にもう一人の私を呼び招く事でした。

私を中心に黄金の火柱が遥か天空を目掛けて立ち昇っていく。

辺りの氷が全て溶かされていき、代わりに肌を焦がさんばかりの高熱が支配していく。

火柱の中に顕現する不死鳥イリス。

伴って現われる黄金の剣が私の右手に収まると火柱は私へと一斉に絡みつきもう一つ姿を形作っていく、私が纏うべき戦装束へと。

無残にも破れきったドレスが焼き払われ、代わりに濃い空色をしたスカートと一体となった法衣が産み出さ、空色の上に纏うべく産み出されたのは燦然と輝く太陽の如く燃え盛る黄金の鎧。

焰が晴れた時、戦場に降り立った私を眼に収めたアルテミシアは驚愕が張り付いた表情で声を発しました。

「不死鳥の騎士……」

ズサッと音を立てて一歩後ずさるアルテミシア。

「黄金に輝く正義の焔、深淵を焼き祓うかの者は我等が勝利の御旗とならん……そんな……その心器は、その御神は先代騎士団長オールハイド・ヴァン・ツヴァイトークが纏ったと言われる伝説の心器ではありませんか!」

『いいえ違います、御神イリスと心器フェネクスの焔(ほむら)は間違いなく主アイリスの心に芽生えた存在です』

「御神が言葉を発したですって!」

『私達を下等な獣と間違えているとは滑稽な……ツヴァイトーク家が有する固有属性【再誕】、それは陽の包力に祝福された受け継がれる誇りの連鎖を意味している、歴代のツヴァイトーク当主は例外なく男性のみに受け継がれてきたのは【再誕】が陽の力であるが故に女性には発言し得なかったからです……ですが主はベルグリッド・ファン・ホーテンにより命を継がれた時に彼から陽の因子を受け渡されたことでツヴァイトークの血が目覚め私は顕現したのです』

「そう……これは父様と母様が残して小父様が目覚めさせてくれた力、イリスが芽生えてくれたからこそ私は今こそ貴女を倒す事が出来る……」

鎧と対をなしフェネクスの焔の武装を成す金焔の剣(ごんえんのつるぎ)を両手で正眼に構える。

脚を肩幅に開いてから左脚を一歩引き下げて相手へと直線に向き直る。

稽古をつけていただく様になってから一番最初に小父様が教えて下さった基本の型。

単純だからこそ明快で力がみなぎる剣の構えです。

「そこを退きなさいアルテミシア、さもなくば推して通るぞ!」

「言わせておけば!」

アルテミシアも私と全く同じ型を築きました。

鏡写しの如く揃った型を決めた私達、奇しくも同じ師を仰ぐ者同士であるのだと命のやり取りの場で実感してしまう。

「行かせはしませんよ、ベルグリッド様を守る為にもアイリスさんは私が斬る!」

そして同じ人を思う恋敵でもあるんだ。

私の思惑が届かない場所でアルテミシアもまた小父様を思っている。

小父様に斬りかかった時は全て偽りだと思いましたけど、彼女の瞳が澄んでいるのは真実だ。

奇しくも初めてアルテミシアと剣を合わせた決闘の時と酷似した状況。

違うのは互いに心器を纏い、譲れない願いあの日より強く胸に抱いていると言う事。

「……約束なさい」

だから私はどうしても聞きたい……。

「私がアルテミシアに打ち勝ったその時は、どうして小父様に刃を向けたのか教えてもらいます」

出会ったばかりの姉妹弟子が心に秘めた内なる思いを。

「……分かりました」

アルテミシアも冷静さを取り戻してきたのでしょう、氷の様に張り詰めた響きが声に戻ってきている。

「ですがそれは叶わぬ夢、何故なら……」

力一杯の踏み込み。

互いが左脚を前へ踏みこんだのも全くの同時で……。

「「勝つのは私なのだから」」

叫ばれた決意までもが同調していました。

直線の軌道でぶつかり鍔迫り合う二つの心器。

かたや豪炎。

かたや極氷。

陰陽の対極に位置する反し合う力が真っ向からぶつかり容赦ない押し合いを展開する。

豪炎は影らず、極氷も輝きを失わない。

心器同士の戦いは術者の精神力が結末を決めてしまう、この均衡を見れば私もアルテミシアも気迫では完全に互角だと言うことです。

ですがアルテミシアの剣尖には実剣から漂うべき鋭利さが極めて薄い、これは一体どうして……。

「てやっ!」

アルテミシアの右手が柄を離したかと思うと細剣の峰を思い切り叩き強引に押し切ってきました、更に拳が前に飛び出す勢いを利用して私の体制が崩れた所へ体を縦方向に回転させながら上段からの蹴りまで見舞ってくる。

(この技は小父様の!)

ベルクリッド流、流円脚(りゅうえんきゃく)。

正に今の様に単純な押し合いをまかり通す際に使われ、拳による剣の後押しから蹴りを叩き込む力技。

小父様の物と比べると技の重みは軽くなってはいるもののそれでも十分に重圧が有り、技の鋭さについては洗練されている。

恐らく竜王の型に合わせて調整を加えているのでしょう。

寸の所で蹴りを躱すと技の硬直時間で無防備になっているアルテミシアへ横薙ぎの一振りを放ちました。

躱すには厳しい距離を隼の速度で追従する。

アルテミシアには剣で防ぐ以外に選択肢は無い。

にも関わらず彼女は無理矢理に後方へ飛び退いて私の間合いから距離を取ったのです。

プライドの高いアルテミシアが雪に顔を埋めるのも構わずに。

(そうか、アルテミシアの剣の正体は!)

今の行動でアルテミシアの心器の正体に結論が出ました。

「貴女の心器は剣の形を成してはいるけれど性質は剣とは別物なんじゃないですか、だから今の一撃を無理矢理にでも避けて距離を作って退けた……違いますか?」

「勘が鋭いですね、バレてしまいましたか」

立ち上がった彼女が顔から雪を払いながら自白しました。

「ニーズヘッグが私に授けたフヴェルゲルミルの雫、その内武装を成すフヴェルゲルミルの牙の特性は包術を増幅する触媒に近い、私の【白夜】属性を最大限に引き出す増幅器です、故に剣としてみれば格は些か劣ってしまいますが」

やはりそうでしたか、だから金焰の剣と真正面から斬り結ぶのは不利と判断して横薙ぎをフヴェルゲルミルの牙で受けなかった。

そして剣としての威力を補うには術者自身の鍛錬で補うしか道は無い、その為に身につけた豪剣こそが荒鷲の型なのでしょう。

「バレてしまおうと関係はありません……お見せしましょう、白夜に染め上がる死の世界を……」

フヴェルゲルミルの牙を振り上げたアルテミシアは高らかに祈訓を唱え。

「奉り願う、降り注げ氷雪!」

アルテミシアに続いて地すらも揺るがす咆哮をニーズヘッグが上げると幾重にも空中に形成された巨大な氷柱が私を中心に辺り一面へと降り注いできました。

躱すにも弾くにも数が多過ぎる、であるなら!

「奉り願う、祓え金焰!」

私の願いに応じたイリスが翼を拡げると金焰の剣から黄金の焔が吹き出して。

「はぁああぁああああぁあああああ!」

力任せに全ての氷柱目掛けて振り抜いてやりました。

包術に目覚めたばかりの私にはアルテミシアの様な細かい制御や複雑な術式は行使は難しい、それでも鍛え抜いた剣技と合わせてみせれば十分に立ち向かう事が出来る!

一瞬で蒸発した氷柱が霧となって視界を覆い隠す。

恐らく私に傷を負わすのではなく目眩しが本命だったのでしょう。

「小癪な、姿を表しなさいアルテミシア!」

「言われなくてもご安心下さい!」

背後に気配を感じて振り向きざまに斬りつけると確かにそこにアルテミシアは居ました。

金焰の剣を腹部に受けた彼女の体は真っ二つに裂けて、地へと崩折れる。

おかしい、あっけなさ過ぎる。

「遠慮なく私を斬り殺すなんて恐ろしい女ですね」

切り倒した筈のアルテミシアの声が聞こえてくる……いえ脳に直接響いてきた?

くすくす、くすくすっと。

右、左、上下、前後、だめだ分からない! 三百六十度における全て方角から響いてくる魔女の薄ら笑いは私の五感を奪い去ろうと迫ってくる!

次々と現われるアルテミシア達、視界を埋め尽くす魔女の大軍はおどろおどろしい足並みで距離を詰めてきます。

(そうか、ニーズヘッグの毒が……)

さっきの氷柱はニーズヘッグの毒が多量に含まれて居たのでしょう、それも命を脅かすのではなく知覚を掻き乱す神経毒でしょう。

多種多様な毒を氷に乗せて操り蹂躙する。

相対すれば敵を包み込むのは毒で溢れた白霧の世界、それこそ【白夜】属性なのでしょう。

(まずいですね、これでは剣の勝負に持ち込むのは難しい、どうにかして解毒しないと勝機は……)

『怖がらないで下さい主』

乱れそうになった精神を引き留めてくれたのはもう一人の私であるイリスでした。

『主は誰にも頼らずにずっと一人で戦ってきた、でも今は違います私がいる、大丈夫です私に任せて……』

「イリス……」

そうだよね、知らず知らずの内にまた一人で突っ走ろうとしていたんだ。

一人では妥当が無理な局面でも二人でなら!

「奉り願う、幻想を祓え!」

力を貸してイリス!

『我が焰は主の導なり!』

不死鳥が高い雄叫びを轟かすと同時に、拡げた両翼から熱い金焰を振りまいていきます。

辺り一面を埋め尽くす魔女達に触れれば立ち所に悲鳴が連鎖していく。

アルテミシアの力量には舌を巻きます、この幻想が痛覚を持ち合わせるとするなら他の感覚も有していておかしくない、幻想にそこまで細やかな細工を施せるなんて侮れない術師です。

だけど私達には通じない!

焼き尽くし、燃やし尽くし、されどかの焰は慈悲に溢れている。

偽りの命とはいえ葬るのにも慈愛を携えて。

『安らかに……』

更には私の体も熱く燃え滾っていくのが分かる、イリスの焰が体内に入り込んだ毒を浄化していってるのでしょう。

金焰により浄化が終わったのか体内から熱が退いていくと毒霧が祓われて視界が晴れ渡る

すると白煉瓦と水路が氷に閉ざされ、周囲は激しい豪雪に覆われていました。

氷と雪に閉ざされた冷たい世界、見ているだけで心の芯まで凍てついてしまいそう。

雪が光を吸収するのか一帯の空気も黒ずんで映るこの光景は正に白夜。

「どうです、美しいでしょう?」

雪の丘に燦然と立つアルテミシアは高い位置から私を見下ろしている。

「毒霧などでアイリスさんを仕留められるなんてこれっぽっちも考えていません、【再誕】の包力に目覚めた貴女に小手先の手段なんて通用しない、だからこれで終わりにしましょう……」

雪原の魔女がフヴェルゲルミルの牙を雪に突き立てたのを合図に雪原が鼓動を始めた。

雪原だけでなく星そのものが震え上がっているのではと錯覚する超常現象、私はこれの正体を知っている!

「竜王の型 奥義 逆鱗……」

かつての決闘で私が大敗したアルテミシアの最大にして奥の手。

さながら逆鱗を害され怒り狂う龍の如く襲い掛かる大規模な雪崩で全てを飲み込む暴君の所業。

「全力で来なさい……あの方の下へたどり着くのが願望であるのなら手加減など無用、全力を尽くして朽ち果てなさい!」

時を追う毎に龍王の怒りは膨れ上がり続け押しつぶされそうな重圧がのし掛かってくる。

「侮らないで……」

だけど逃げるなんて選択は最初から持ち合わせていない、あの日の敗北を乗り越えなくちゃ到底小父様の戦う領域には踏み込めない。

「今度こそ負けはしない、アルテミシア覚悟!」

あの時と同じ台詞を叩きつけて……。

「奉り願う、集え不死鳥!」

イリスの体が焰へと霧散したかと思うと私の背部へと密集し金焰の大翼を成す。

文字通り御神すらも身に纏った私は足を肩幅に開き、両手で握った金焰の剣を地と水平に構えたまま、体を後ろへ引き絞る。

ベルクリッド流 隼の型 俊風(しゅんふう)。

以前の立会いで突き技を使い押し負けた私ですが、だからこそそれを用いて妥当してこそ意味がある。

「お願いイリス、力を貸して!」

掛け声に呼応した焰の大翼が羽ばたき始め大気を掻き乱し焰が吹き荒れる。。

吹き荒れる豪炎と鼓動する豪雪。

天と地を支配する対極の力が唸りを上げ続け、遂に極まった瞬間。

「てぇええぇえええぇええぇえええええぇぇええええぇい!」

「はああぁあぁぁああああぁああぁぁああああぁぁあぁあ!」

対極の力同士は解き放たれ真正面から敵を喰らうべく激突しました。

襲い来る雪崩の咆哮に突き刺さる金焰の剣。

どうやら威力では金焰が上を行ったみたいですが、いかんせん技の規模ではアルテミシアが上手です、氷雪が埋め尽くされた戦場が地の利となりアルテミシアに加勢している。

だけど大丈夫、私は一人じゃない!

「負けない、絶対に負けない!」

剣術、包術、そのどちらもが力の根底を成しているのは揺るぎない精神力です。

何者にも膝を屈しないと心に誓えば御神は間違いなく応えてくれる。

だからこそ私は絶対に譲れない願いを口にする……。

「小父様を絶対に護るんだ!」

大翼から吹き出る金焰がみるみる増していき、その規模は元の十倍近くまで成長していた。

「つ、ら、ぬ、けーーーーーーーーーーーー!」

金焰の剣が突き刺さった箇所が立ち所に溶けていき、遂には雪崩を押し返し始める。

雪の壁に風穴が開き、その先に驚愕を貼り付けたアルテミシアが見えました。

突破口が開けたが最後、この機を逃すつもりはありません!

雪のトンネルを疾駆し氷雪の魔女の喉元へ迫る。

最後を覚悟したのかアルテミシアは静かに瞳を閉じて覚悟を決めた様です。

そして私の剣は遂にアルテミシアへと届き、その身を貫いたのでした。

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