恋する乙女と譲れぬ戦い3
鍛錬着に着替えた学生全員が鍛錬場に集合して、各々準備体操を行なっていました。
かく言う私も開脚から上半身を前に倒し、捻りと全身を満遍なく解していきます。
ピンと張りつめていた筋肉の硬さから解き放たれるうちに心は冷静さを取り戻して、澄んだ思考で体を動かせているのに安心しました。
「今からでも止しておいた方が良いじゃない?」
呆れ顔のユリウスが私の木剣を持って来てくれました。
「どうしてですか?」
「アイリスが教えてくれたんじゃないか、アルテミシアさんって現役騎士なんだろ? 流石にアイリスでも学生よりも高い鍛錬を積んでいる彼女に勝つのは難しいと思うけど」
渋る声音で言い辛そうに客観的な意見を示してくれますが、確かにその通りでしょう。
「ご忠告ありがとうございます、確かに騎士の鍛錬と騎士見習いの鍛錬は違う、その上実戦を生き残ってきた彼女は私には無い経験値が染み込んでいるはずです、普段の私なら勝つ見込みは皆無に等しい」
「だったら!」
「ですが……」
柔軟を終えて立ち上がると友人の言葉を遮って木剣を受け取ります。
「普段の私ならと言いましたよね? 大丈夫です賞賛はあります、安心して見ていて下さい」
心配そうに見つめるユリウスを置いて鍛錬場の中央に向かうとそこには私を待ち受けるアルテミシアさんが腕を組んで佇んでいます。
私の姿を頂点から足先まで視線を這わせてから口を開いてきました。
「良い体をしています、関節の動きを阻害する無駄な筋肉を付けずに瞬発力と機動力に重点を置いた鍛錬をしている様ですね、ご自身の特性を良く理解しての選択です、私賢い方は好きですよ」
「現役の騎士様にお褒めの言葉を頂戴出来て光栄です、そして見てくれだけではない事も証明してみせましょうか」
「楽しみですわね」
私たちの間に静かな闘志が渦巻き始めた頃、鍛錬場の扉が開いて教官入ってきたのを合図に学生全員が整列し、敬礼を決めました。
学校での立場上アルテミシアさんも形だけは敬礼を決めています。
教官が片手を挙げるのをサインに全員が学生が敬礼を解くといよいよ本題に入りました。
「学生の提案を聞き受けすぎるのも本来ならば好ましくないのだが、確かに諸君も私もアルテミシア君の実力がどれ程の物か興味は尽きないのが本音である、よって特例として本日の鍛錬はアルテミシア君とアイリス君の模擬試合とする、お互い騎士道精神に則り正々堂々と皆の模範になる試合を見せて欲しい」
「でしたら教官、私からもう一つ提案があります」
一歩前に出たアルテミシアさんが思わせぶりに口を開きました。
「この鍛錬ですが教官立ち会いのもとに行われる決闘と見なしてはどうかしら?」
この発言には流石にクラス中が騒めいてしまいます。
かく言う私も一瞬耳を疑いました。
「それは承認出来ん、君も騎士であるならば決闘の意味を知らない訳ではないだろう?」
「立会人である騎士の下で互いに何かしらを賭けた試合を行う事、武器の自由は勿論ですが包術の使用についても許され、限り無く実戦に近い騎士の試合、それが決闘ですわ」
「そうだ下手をすれば命を落とす事態もあり得る危険行為でもある、学生に行わせるのは認められん」
「当然武器については木剣を使いますし、包術も命を奪うであろう大規模な術式は行使しませんわ」
「それでも認める訳には……」
「教官、私も構いません」
このままでは話が進まないでしょう、不本意ですが私もアルテミシアさんの援護に周ります。
「彼女も私も命のやり取りをする気はありません、ですが彼女が何を決闘に賭けようと言うのか興味はあります」
クスリと笑いを浮かべるアルテミシア、挑発のつもりでしょう。
「あら、乗り気ですのね?」
「言いなさい、私の何を欲するのです」
「それは……」
「良い加減にしないか!」
教官がいつになく強い口調で私達を制してきました。
「学生の身分でありながら決闘など認められるわけがないだろう! もしそれでも諦める気が無いのならこの話自体を取り止める、二人で花壇の草むしりでもしているがいい!」
「教官……」
「あらあら」
流石に行き過ぎました、私が急いで背筋を正して敬礼を決めるとアルテミシアさんも仕方がなしと言う様に敬礼を決めます。
「申し訳ありません、幼い議論をお見せした事を謝罪いたします」
「私も謝罪いたします、ですので模擬試合だけはこのまま続行させて頂きたく教官様に志願いたします」
どこが謝罪ですか、悪びれた様子など欠片も無いではないですか。
「……はぁ、さっさと始めなさい、時間が惜しい」
私達に呆れたのでしょう、頭を掻きながら教官は離れていき、それに倣い学生達も鍛錬場の端に寄って行きました。
「アイリス頑張って」
ユリウスも一言掛けてくれてから皆に続いて、鍛錬場中央には私とアルテミシアさんだけが残ります。
「残念でした、良い機会ですから欲しい物を手に入れてしまおうと思いましたのに」
「私から何を奪おうと言うのです? 私と貴女は今日顔を合わせたばかりです、手に入れるも何も……」
木剣を正眼に構えながらアルテミシアを睨みつけてやります。
この後に及んでこのふてぶてしさ、敬意を払うのも最早憚られます。
「ありますよ、アイリスさんが持っていて私が欲しくてたまらないあの人が」
あの人? ユリウスの事でしょうか?
「ベルクリッド・ファン・ホーテン様」
ポツリと場に落ちたのは予想だにしない名前でした。
「小父様……」
「あの方を私に譲ってくださらないかしら?」
一瞬で燃え上がった怒りの炎が思考を埋め尽くしたのと同時に。
「始め!」
教官の号令が響いて私とアルテミシアは互いの剣をぶつけ合ったのです。
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