恋する乙女と譲れぬ戦い2

昼休みを迎えるとアルテミシアさんは改めてクラス中に持て囃されていました。

講義中も教諭の質問に難なく答える姿から頭脳明晰なのは見てとれますし、物腰についても礼儀正しく教諭からもクラスメイトからも受けがいいのは明白です。

今は彼女の周りに男子たちが集まり昼食会を開いている最中となっており、参加していないのは私とユリウスくらいのもの。

そもそもアルテミシアさんの席は私の後ろです、ああも人集りが出来てしまえば落ち着いて食事もとれませんから廊下側の列にあるユリウスの席を間借りしてサンドウィッチを味わっている最中です。

「凄い人気だね、転校初日で男子の心を掌握しちゃった」

「その様ですね」

「まぁ、あれだけの器量良しなら男子としては仕方ないだろうけどさ」

「でしたらユリウスも行けばいいのでは? 私に気を使わないで構いません」

「別に気を使っちゃいないさ」

ユリウスは壁を背もたれにしてだらけながら、気楽に続けました。

「授業中や教官への態度を見てれば気がつくよ、アルテミシアさんはさっそくこのクラスを自分の物にしようとしてる、僕はねああやってあからさまに人間を牛耳ろうとするタイプの人間が好きじゃないんだ、気に入った物でも人でも手に入れなきゃ気が済まないっていうのは品性がない証拠さ」

「はっきり言うのですね」

「嘘ついても意味がないからね、アイリスも大変だなぁ後ろの席にアルテミシアさんがいるから転校生対委員長であの一角は嫌が応にも注目されちゃうでしょ?」

「でしたら少しは手助けしてくださいユリウス副委員長、正直目立つのはあまり良い気分がしませんし性に合いません」

「だったらどうして委員長なんてしてるのさ?」

「貴方が推薦したからでしょう! 折角ですから私と代わってください」

「やだね、僕はアイリスが委員長を受けたから副委員長をうけたんだ、君って言う太陽の光を受ける月ぐらいの立ち位置が気兼ねなく動けて居心地いいんだよ」

「まったく貴方と言う人は……」

この屁理屈な友人はこれでもクラスの中では唯一の味方なのは確かです。

普通ならば騎士学校におけるクラス分けは男女で完全に隔離されています。

理由は男性と女性における包力の属性に関わるカリキュラムの違いです。

基本として包力は陰と陽に大別されそこからさらに個人毎の属性へと枝分かれしていきますが、男性は陽に属し女性は陰に属すのが一般的とされます。

ですが適切検査の際にあろうことか私は陽属性であることが判明しました。

これでは女性クラスで陰の術式を学ぼうと意味をなさないと判明して、止む終えず男性クラスへと入学したのです。

始めは慣れない男子に囲まれ流石に緊張からお腹を壊す毎日でした。

男子からしても盛んな時期です、私に対していわゆる欲求を募らせていた人数もそれなりにいたと思います。

そこで手を差し伸べてくれたのがユリウスでした。

最初こそ他の男子と同じ様に私を笑うのかと思えば、のらりくらりと間に入って守ってくれています。

私を委員長に推薦したのも形だけでもクラスのリーダーという立場に上がれば嘲笑も薄れると考えてくれた様です、本人はけして認めようとしませんが。

彼の優しさに甘えてばかりもいられませんから座学の勉強も手を抜かず、実技の方では小父様の手解きのお陰で実力をつけてどうにかクラスの中でも女だからと甘く見られる事はなくなりました。

別段委員長と言う肩書きや立場に興味はありませんので失うのに恐怖はない、ただ友人が応援してくれるならやってみるのも悪くはないだけです。

ちらりと例の集団に視線を向けると中心人物と目が合ってしまいました。

アルテミシアさんは立ち上がると私の方へと歩いてきます。

そうすれば当然注目の的は彼女と私となるのでした。

「アイリスさんと……ユリウス君でよかったかしら?」

「やあユリウス・シーヴェルトだよ、お見知りおきを」

ユリウスが二本立てにした指を振るって挨拶を決めるのを見ると、本当にアルテミシアさんを好かないのか怪しくなりますね。

「こちらこそお見知りおきを、せっかくですからお二人もお昼をご一緒しませんか? クラスに溶け込みたいとは思っていますので交流を深めるきっかけにさせてください」

「あ、その、構わないのですが……」

友好の証と言うより私たちも懐柔しようとするのは瞳を見さえすれば分かりました。

表情は笑っていても、瞳の奥には冷たさが映っている。

無碍に断るのも選択肢ではあるのでしょが、きっぱりと切り捨てるのも気が引けるのです。

「……そうですね、確かに私と貴女では仲良くランチと言うのは面白みがありません」

小声でしたから彼女の呟きを拾えたのは私とユリウスだけだったでしょう。

アルテミシアさんの纏う空気がすぅと冷え込んでいくのが目に見えて分かります。

「アイリスさん、確かこのクラスで一番の手練れは貴女だと聞きましたが、それは間違いありませんか?」

「はっ? ええ、まあ、戦績を見ればそうとも言えませんが」

「なら良かった、これで相応しい口実も手に入りました、堂々と貴女に挑める訳です」

彼女は何を言ってるのでしょうか?

「アイリス・ヴァン・ツヴァイトーク様にお願い申し上げます、午後の剣技鍛錬の際に私と手合わせを希望しますわ」

「手合わせですか?」

「ええ、私もそれなりに剣技には自信がありますの、このクラスの実力を知るには一番の使い手と手合わせするのが最も効率的と思いますので是非受けて頂きたいですわ」

そう言う事ですか、集団を掌握するなら天辺を叩くのが手っ取り早いのは事実で、どうやら私はその天辺をだと判断された様です。

「ちょっといきなりだな君は、急がなくても同じクラスだしアイリスと手合わせする機会なんてこれから……」

「分かりました、受けて立ちましょう」

場を取りなそうとしたユリウスを無視して、私はアルテミシアさんからの申し出を受けると決めました。

「アイリスどうして!」

「私をクラスの代表だと見込んで下さるのなら受けて立たないのは騎士を志す者の名折れです……安心して下さい、私の剣は小父様から託された騎士道の体現です、それは貴方が良く知っているでしょう?」

呆れた様に顔を手で覆う友人を余所に私は立ち上がり、アルテミシアさんへと右手を差し出しました。

「午後の鍛錬を楽しみにしていますアルテミシアさん」

「うふふ、私としても光栄ですわ……ベルクリッド団長の教え子がどれ程の物か拝見させて頂きますわ」

(私と小父様の間柄を知っている!)

考えてみれば彼女も騎士団の一員です。小父様との接点はあるでしょうし、私が小父様に客人として匿われているのは貴族の間ではそれなりに通った話でしょうから当然と言えば当然なのでしょう。

彼女は私の右手を取ると力を込めてきました。

(つっ!)

ですが加減から言えばとても友好的とは思えない物で、私も遠慮無く握り返してやりました。

(どうしてでしょう、この人には負けたくない!)

お互い表情には出していませんが既に友好な空気は消し飛んでいます。

鍛錬の際に怪我人が出ないのは難しいかもしれません。

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