恋する乙女と譲れぬ戦い1
教室で席に着いた私は大きな溜息を吐いて項垂れていました。
(小父様……どうしよう……)
小父様は朝一の公務が有り私が起きる前に家を出たそうです。
結果、朝については顔を合わせる心配はありませんでしたが問題が先送りになっただけで解決には至ってません。
授業もありますし気持ちを切り替えなくてはいけませんが、いかんせん恋心は御し難いのです、これも恋する乙女の宿命というやつでしょうか。
クラスにおける女性は私だけ、女友達など作りようがありません。
家でも学校でも男性に囲まれるしかないのですか恋愛相談などしようもなく、悶々と自分の中で落ち着くのを待つしかないのが現状なのです。
(どうすれば、一体どうすれば……)
「おはようアイリス、どうかしたのかい?」
項垂れている私に登校して来たばかりのユリウスが声を掛けてくれました。
「おはようございますユリウス、いえ大した事ではありません少しばかり寝不足なだけです」
昨夜は寝つきも悪く余計に悶々としていたのも事実、嘘はついていません。
「そうなのかい? 睡眠不足は体調に大きく影響するし注意しないと、今度寝つきが良くなるハーブを持ってくるよ、僕も使うんだけどなかなかおすすめだよ」
ハーブが趣味とは乙女チックなところもある友人ですね。
ですが本物の乙女心はもっと繊細で複雑なんです、ましてや相手がこの国の英雄ともなれば手がつけられないくらいに。
「ありがとう、是非今度持ってきて下さい」
それでも友人の気遣いを無下にも出来ません、ありがたく頂戴しておきましょう。
「了解だよ、楽しみにしてて……ああっとそう言えば」
席に戻ろうとしたユリウスが何かを思い出したように振り返りました。
「来る途中に教諭室から聞こえてきたんだけど、今日さこのクラスに転入生が来るみたいだ」
「転入生ですか?」
「珍しいよね、前例が無いわけじゃないけど入学試験より難易度はかなり上がるらしいし、よっぽどじゃないと浪人して来年受け直すのが普通なのにね」
「そうですね、しかも半端な時期に加わるのですから授業についていけるかどうか……まあ私たちが心配する事でもありませんから、困っている様なら手を貸せば良いだけです」
「アイリスらしい答えだね、僕もそう思う、それじゃあまた後で」
今度こそ席に戻るユリウスを見送って私も意識を切り替える事にしました。
まさか思いもしない話題が現れたお陰で悶々とした感情も今は紛れてくれた様です。
新しいクラスメイトがどんな人物なのか、興味の矛先はそちらへ向いてくれました。
(そろそろホームルームですか、楽しみですね)
鐘が鳴ると同時に扉が開き年若い男性の教官が姿を表しました。
「起立!」
クラス委員長である私の号令に合わせて全員が立ち上がります。
「本日もご教授よろしくお願いします!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
全員が胸の前で敬礼を行い教諭に礼を尽くします。
答える様に教諭も敬礼を返して下さり、それを合図に学生は着席しました。
「諸君、本日も鍛錬と勉学に励もうでほしい、それから驚くかもしれないが本日よりこのクラスに新しい仲間が増える事になった」
騒めきが教室に充満する。
このニュースを知っていたのは私とユリウスを含めて恐らく片手で足りるくらいしかいないはずだから無理もありませんが。
「騒ぐな落ち着け、騎士を志す者如何なる時も冷静さが友である」
教諭の余裕を持った声音で騒めきは瞬時に影を潜めました。
この学校の教諭は全て騎士団に所属する現役騎士です、年若いとは言え身に纏う威厳はまごう事無き本物なのです。
「アルテミシア君入りなさい」
再度扉が開いて転入生が姿を見せました。
その容姿を目の当たりにした瞬間、誰もが思考を真白くしたのは間違いありません。
体つきは出るところが出て締まるべきは締まった長身でまるで彫刻、清流を凍らせたと見間違う透明感を持ったホワイトブルーの長髪は最高の装飾として着飾られていて、名のある絵画から飛び出てきたと言われても納得出来る顔立ちが何よりも栄えて聴衆の心掴んでしまう。
女性である私から見てもまごう事ない美しさを纏った少女が転入生の正体でした。
「アルテミシア・ノーラ・シルフールと申します、今日より皆さんのと切磋琢磨出来る事を嬉しく思います、是非私とも仲良くして頂きたいです」
暫くの間反応する人間は皆無。
十秒、二十秒と時間をかけてパチリと音が落ちました。
糸を引く様にパチリパチリと続く拍手の連鎖、気が付けば私と以外のクラスメイト全員が手を打ち鳴らしています。
「皆さんありがとう、このクラスの一員として受け入れてくれたんですね、私からも拍手を贈らせて下さい」
アルテミシアさんも笑顔で手を打ち鳴らしてクラスへと溶け込んでいました。
既に彼女を除け者に出来る学生はいないと確信出来ました。
そう、恐らく私一人を除いて。
(あの方はもしや……いえ、間違いありません)
私にはアルテミシアさんの姿に覚えがあります。
以前に一度だけ小父様のお屋敷にいらっしゃった事があるお方ですから。
本来ならば騎士を拝命するには騎士学校を卒業する必要があり、当然私と同い年の彼女が名乗る事など通常なら不可能です。
ですが過去にも騎士学校を卒業せずとも特例として騎士の役職を拝命した人間は存在します。
その条件は国を守護するに値する才気と実力を何らかの形で皇帝に示す事です。
事実小父様は皇帝が拝謁される武術大会で勝者に輝き現在の地位への足掛かりとしました。
そしてアルテミシアさんも同等の才気を示した一人。
騎士団長直属の親衛隊五十人の内四十人を降した天才剣士、それこそがアルテミシア・ノーラ・シルフールなのです。
(既に騎士団へ所属する彼女がどうして騎士学校に? 学校が関わる事柄なら小父様からお話があっても良いはずですが……)
一番の疑問は今更アルテミシアが学生に籍を置く必要が無いと言う事実です。
貴族の戯れなのかもしれませんが騎士である彼女にも公務は付いて回るはず、何を理由にしての行いか見当もつきません。
拍手を終えた彼女はクラス中に笑顔を振りまきながら見渡しています。
そして私へと視線が辿り着いた時、それは一瞬切れ味を増した様に見えました。
(……?)
刹那の事ですから見間違いかも知れませんが、私は違和感を拭えないのです。
(気のせい、でしょうか?)
「席はどこにするか……丁度あそこが開いているな、アルテミシア君窓際の最後尾が開いているからあそこを使いなさい、アイリス君の後ろだし少ない女子同士席も近い方が良いだろう」
(えっ!)
教官の発案に内心で驚いてしまいました、多分表情にも少なからず浮かんでしまったと思います。
「かしこまりましたわ、では……」
教官の提案に笑顔で頷いたアルテミシアさんがこちらへと近づいてきます。
「アルテミシアです、二人だけの女性同士よろしくお願いします」
わざわざ私の前で足を止めて挨拶を掛けてくる彼女。
ですがそれは言葉だけで握手を求められることはありませんでした。
「アイリス・ヴァン・ツヴァイトークです、こちらこそよろしくお願いします」
無理に距離を詰める必要もないでしょう、私も社交辞令の笑顔で返礼するに留めましょう。
そのまま何事もなくアルテミシアさんは席に着きました。
それからの教室は普段の通り講義が始まり、何事もなく午前の部は終わりを迎えるのでした。
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