第16話 支配を賭けた闘い

 ◆


 雅楽がらくが聞こえてくる。これは越天楽えてんらくだ。素晴らしい合奏に心が落ち着く。

 僕らは地下一階にあるとても広い道場に入った。太い円柱が何本か立っている。そして道場の両端には黒留め袖の女性達がずらっと正座している。怖い。緊張する。結婚式や披露宴ひろうえんの比ではない張り詰めた空気だ。

 金屏風の前で僕らは三々九度を行なう。喉に涼しい御神酒おみきは胃を熱くする。

 最後の盃。

 最後の御神酒をごくりと飲み干す。

 僕と紅はすっと見つめ合い、微笑んだ。

 そして。

 僕らは白無垢姿で宙を舞い、走った。頭の中で柱の位置を確認する。あの後ろに回られたらアウトだ。僕は先を走る紅を追いかけた。先手必勝。一撃で仕留めないといけない。

 チャンスは一度。

 その時。

 紅が急に振り向き、微笑みながら両手を広げた。

 僕は驚き、立ち止まろうとするが方向転換に失敗する。

 このまま倒すしかない。一撃必殺。

 だが。

 一瞬の隙だった。ほんの少しだけ動揺した。

 紅には殺気がなく、いつものように温かく迎えてくれているかのようだった。

 顔には笑みが浮かび、優しく温かい空気を醸し出す。

 僕が紅の後ろに回ろうとすると紅は僕の両手をそっと握った。

 はっとし、紅の瞳を覗き込もうとした。

 しかしそこに紅はいなかった。

 僕の両手は後ろ手に縛られた。帯締めだ。僕は右後方を蹴るが、同時に左足を払われた。

 倒れる!

 次の瞬間。紅の腕に横抱きにされていた。

 白無垢姿のお姫様抱っこなど聞いたことがない。

「烈、愛している」

 紅の余裕に腹立ち、足で蹴ろうとした所でふわりと床に降ろされた。

 後ろ手に縛られながらも起き上がろうとする僕の身体は、紅の流れるような動きで押さえられ、唇が重なる。

 両足が広げられる。

 唇が開かされ、ぬるっと舌が差し込まれた。

「んっ!」

 気持ちいい。僕は紅の瞳を見た。

 紅は笑っている。すっと白無垢が肩から脱がされ、乳首の上で止まる。はだけた胸元に紅の左手が、そして内股に右手の指が添う。

 僕は足を閉じようとしたが、紅の両足に押さえつけられている。いや、押さえるというのとは少し違う。押し付けられている感じがしない。それなのに両足がぴくりとも動かない。

 指が、紅の指が僕のからだを熱くさせる。脳がじわりと犯される。左側の乳房が揉まれ、乳首を抓まれる。じわりと股の奥が熱くなる。下着のない濡れた草むらに指が触れ、つつっと前後に滑る。ぬるりと温かい指がクリトリスに触れた。

 僕は紅に口腔を嬲られながら、躯をびくっ、びくっと震わせた。

「好きだ……好きだ、烈。お前は私の女だ。絶対に離さない」

「好き、僕も紅が好き。ああっ……紅……そこは……ひっ!」

 僕がプルプルと小刻みに震えていくと、紅の指が繊細せんさいに、そして情熱的に僕を追い込んでいく。

 女芯の膨らみがいきなり敏感になり、濡れた指に翻弄される。甘く蕩けた躯に激しい快感が走り、僕は大きくびくん、びくんと震えた。

 僕は紅の舌を、唇を舐め、甘噛みし、次第に喉を反らしていく。

「やっ……! あぁ! く、紅……と、止めて……僕、僕、もう……」

 開いた両足は紅に押さえつけられ、びくともしない。

 快感が僕を飲み込んでいく。

 オナニーとは違う。止められない、止めてくれない紅の激しい愛(あい)撫(ぶ)。

「烈……」

「あ、あ、あ、あ、あ、…………あっ、ひぃあっ、むぐっ! んんー!」

 イク瞬間、紅が左手で僕の後頭部を押さえ、濡れた唇で口を塞いだ。

 僕は躯をびくんっ、びくんっと震わせる。

 紅は容赦なく指を止めず、激しい快楽を僕に与え続ける。

「く、紅……も、もう……僕……」

 激しい快感は止まらない。

 なめらかに動く愛しい女の指で僕は悦楽の真実を知る。

 次の瞬間、躯がぶるるるっと大きく震え、ふっと力が全身から抜けた。

「ひぅう……」

 脱力している僕の身体を、紅がぎゅっと抱き締める。そして顔中に軽いキスをしてくれる。ちゅっ、ちゅっ、と。

「可愛い。素敵だ……愛しの烈。私の妻よ」

 僕は紅と視線を交わし、ふっと微笑んだ。


 会場から、これまで! という声が響き渡った。

 勝者、紅! という声を聞き、僕はこれが血痕式で、宮家組長を賭けた闘いで、周りに人がいるのを思い出した。

 一気に冷静になる。

 紅は僕の両手を後ろで拘束している帯締めを解いてくれた。

 しかし僕は立ち上がれず、紅が再びお姫様抱っこをしてくれた。

 闘いは倒されたほうが負けだ。

 こういう倒されかたもあるのかと、僕は自分の未熟さを知った。

 いや、手を拘束される時、僕は紅の動きを捕らえられなかった。

 その時点で負けた。そう、負けた。紅の動きが見えなかったのだから。

 完敗だ。

 ちらっと会場を見ると母の姿が見える。

 僕は恥ずかしくなり、顔を紅の胸元へうずめた。

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