第14話 結婚式
◆
結婚式当日。
午前中は高校の卒業式があった。
大学はすぐ隣の敷地にあり、在校生の殆どが内部進学する。
だからそれ
でも少しだけ……少しだけ立ち位置が変わる。
あの日、紅と出会って僕の運命は変わった。一生オタク道に人生を捧げると誓っていた僕は紅に恋をした。力強いあの瞳に惹き付けられた。
一瞬でもオタク人生を捨てて、紅と駆け落ちしたいと望んだ。
それは僕の人生観を変えた。
血痕式を向かえる今日。
僕は宮組を手に入れる。紅に勝ち、絶対に手にいれる。
そして女ヤクザ達をクリーンな表舞台だけに立たせる。しかしそれが彼ら……いや、僕自身にとっても良いことなのか、まだ分かっていない。
僕は未熟だ。自分の未熟さをこの一年、嫌って程、理解した。
キレると暴力が止まらなくなる体質。それは僕だけじゃなくて、紅も、母も、そして宮組や桜山組の皆も同じだ。薬物を使わず、どうにか体質を矯正したい。それが宮組の歴史なのだろう。そしてその答えは少しだけ出ている。茶道や華道を学びながら心と身体を自分の手に取り戻す。しかし暴力的な体質であればあるほど、どうしても暴力の甘い魅惑に勝てず、我を失って暴力に走る。
周りの卒業生達を見る。
暴力的な作風を好む生徒も中にはいる。彼らにとって芸術こそが内なる暴力を解放する手段なのだろう。
「烈~! ここにいたの?」
先程まで長く教師と話していたミコが、僕を見つけたようだ。
「ミコ! 先生とのお話は終わった?」
「終わった、終わった」
僕とミコは互いの卒業を祝うハグをした。
「この後、烈は結婚式かぁ。一歩大人になるね」
ミコがにやっと笑う。
「おあずけ食らっていたんでしょ?」
「ま、まぁね。まだ婚約状態だったし……」
友達とリアルな性的な話をするのは苦手だ。
「ずっと独身でいるって言ってた烈が結婚かぁ。それも一目惚れとか! ロマンスよねぇ。あたしも運命の恋人に絶対出会うんだ!」
ミコが両手で自分の体をぎゅっと抱き締めて目を閉じる。
「運命……か」
この一年で僕の人生は変わった。
きっと変わらないのは毎日描いている一コマ漫画だけだ。
『烈の漫画はこう……なにか癖になるようなところがあるな……深い味わいのブルーチーズのようだ』
最近、そう言って紅が僕の漫画を褒めてくれた。一人、大切なファンを獲得した僕はその夜、眠れなかった。
「あ、見てみて、紅さん達だよ!」
「紅! 来ていたの?」
僕は紅の胸に飛び込んだ。
「ああ。お前は女宮家預かりだからな。私が保護者だ」
「でも明日になったらパートナーだね」
紅に抱きついて離れない僕を見て、ミコがにやにやと笑う。
「烈達は明日入籍なんだ。あ、もしかして今日、役所がお休みだから?」
「まぁ、そんなとこ」
僕はミコに笑いかけた。
実際には違う。女宮家当主の血痕式が終わった後だからだ。
ここで女宮家の主人が決まる。宮組の組長が決まる。
僕は絶対に負けるわけにはいかない。
僕らは結婚式場へ向かった。
紅と対になった白いウエディングドレスはミコがデザインしてくれた。僕のは下から白いレースで出来た炎が燃え上がるようなデザインに。紅は僕と同じ白レースの炎が続き柄になっていて、その中から純白の鳳凰が産まれるデザインだ。僕の頭上には炎デザインの、紅の頭上には鳳凰デザインの白銀ティアラ。
僕らはホテルの教会で永遠の愛を誓い、指輪の交換をする。
そして僕らはそっと唇を重ねる。本当にそっと。
永遠とはなんだろうと想像しながら。
披露宴はホテルの大広間で行なわれた。
僕の友人席にはミコとミコの保護者だけだ。同じ席に鬼姫やイチ、アサ、欧米の大学を案内してくれた紅の友人が座っている。ヒルとヨルはボディーガードの仕事中なので会場の隅に立っていた。
ミコの保護者であるアパレル会社社長達は宮組のフロント企業との付き合いがあり、宮組の事も知っている。その情報はミコに受け継がれていくのだろう。
なにせ周りは黒留め袖を着た女ヤクザばかりだ。表向きは茶道や華道などの師匠だが、普段と威圧感が違う。
紅の友人は大学関係者だが一族はイタリアンマフィアだ。黒留め袖とブラックスーツ集団の中に、華やかなレースがふんだんに使われたブラックドレスを着ているインテリジェンスな博士。しかし会場の雰囲気につられてか、醸し出すオーラがマフィアだ。ミコは黒留め袖とブラックスーツの集団をたまに見回し、僕を心配そうに見る。
僕はミコと目が合うたびに微笑み、安心させる。
ミコは少し怯えた瞳を緩ませ、保護者と談話する。保護者の二人はミコに何かを話し、ミコは頷く。
式が終わり、僕と紅は入口で皆に挨拶をする。多くは宮組の親戚であり重鎮だ。紅が言うにはこの中の一部はこの後、京都にある女宮本家へ向かうらしい。そして向こうには関西を仕切る宮組の中心ともいえる重鎮達が集まる。
人が
「烈、おめでとう! 綺麗だった!」
更衣室に入ると衣装を片付けていたミコが駆け寄って来た。
「紅さんも! 凄く美しくて! また来客が凄いよねぇ、烈が茶道や華道をやっているって聞いてたけど、あれ、皆さん、先生方なんでしょ? もうなんか雰囲気がめっちゃ怖くて、一瞬極妻の世界に迷い込んじゃったのかと思った!」
ミコの保護者が振り返り、ミコと紅に視線を向けた。
「私や烈が子供の頃から世話になっている先生方だ。指導が本当に厳しくてな」
「そうそう、うちも厳しかった」
紅と僕は笑いながら頷いた。
「文化祭に来てくださった、あの怖いオバサマもいらしてたよね。あれが烈の先生?」
ミコは相変わらず人の顔を覚えるのが得意だ。
「そう。茶道のね。文化祭で前に座られた時は、胃に穴が空くかと思った」
「ひゃー! わかる~。私も案内しながら『ここで気を抜いて歩いたら、後ろから刺されそう』とか思った~」
刺されそうって、それシャレにならないよ、ミコ。
僕は顔を歪ませながら笑った。
ミコは僕の着替えを、ミコの保護者達は紅の着替えを手伝った。
「これから烈、京都へ行くんだっけ。紅さんは京都出身なんですってね。全然京都弁じゃないですけど」
「私は小学校の頃に東京へと来たからな。大学で一時期京都へ戻っていた時以外はずっと東京だ」
「そうなんですか。烈ってほら……のんびりした娘じゃないですか。京都はアウェイでしょ? 紅さん、守ってあげてくださいね」
ミコは真剣な眼差しで紅を見た。
「もちろんです。烈は絶対に守ります」
そう力強く言う紅に、ミコは安心した笑顔を向けた。
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