第13話 クリスマスを彩るミニスカサンタ

 ◆


 僕が紅と初めて向かえたクリスマスイブ。

 紅は仕事が忙しそうだったが、住居の上にあるイベントホールでクリスマス会をやる許可を出してしてくれた。

 宮組も多数のクラブやバーなどの店を持っていて担当者はかき入れ時だ。宮組組長である紅も、桜山組のメンツも忙しい。

 僕はその中で、クリスマスに関係ない部署の独り者達を呼んでクリスマスパーティーを開くことにした。特に金融部門の者達は会社に住んでいそうな勢いで仕事していて、少しでも休憩を与えたかった。

 宮組フロント企業とミコの実家の会社に取引があったので、初めてミコを僕主催のパーティーに誘った。もちろんパーティーで着るコスプレ衣装を用意するためだ。

 紅は僕のために小さな会社を作ってくれた。資本金を出したのは紅の金を預かっている父の会社だ。

 小さなことからこつこつと。僕はクリスマスチャリティーパーティーにした。集まった寄付の半分を紅がやっている福祉事業に、半分を宮組と桜山組の若手に送るお年玉にしようと考えた。

「凄いわ-。六本木宮殿の六十階って初めて来た! 壁から天井からガラス張りで、星が落ちてきそう」

 ミコが周りを見渡して溜息を吐いた。

「ミコ、衣装の貸し出しありがとう」

 僕は大きな樅の木にオーナメントを付けながら言った。

「大きいねぇ」

「うん。一番上の星を付けてくださいって今、言われてさ。木の頂上から下を見るとやっぱり高い」

 僕は梯子はしごをゆっくりと下りた。

「客層は仕事が忙しい独身者だって?」

「うん。紅も仕事で忙しいし、母も仕事。父はアメリカでチャリティーパーティーに参加してるから来ないし。なら僕もチャリティーパーティーを開こうかなぁって思ってさ」

「いいねぇ」

「紅が福祉施設を運営しているから、そこを支えられたらいいと思ってね。でもこのビルは仕事が忙しくて出会いがない人が多いしさ」

「あたしにも出会いがあるかも~」

 ミコが瞳を輝かせながら、一見カタギっぽいヤクザしかいない周囲を見渡す。

「その前に会場運営手伝って! 給料払うから」

「ええ~、それって……」

「そう。高校生の僕らは運営仕事。出会いがあるのは社会人さんです!」

「そんなぁ。烈、鬼過ぎる!」

「いいじゃない。ミコにはまだチャンスあるって」

「くっそ、婚約してる奴の余裕だわ。それに婚約者の紅さん、めっちゃ凄いじゃん。なんかオーラが違う。文化祭の時、御茶席の主人をやっている烈、めちゃくちゃ格好良かったよ! もうこれこそ『ザ・御茶席』って感じ!」

「ありがとう。ところでミコ、その赤いの、なぁに?」

 僕が聞くと、ミコがにやっと笑った。

「ふっ、ふっ、ふっ。ミコさん特製サンタ服だよ。さぁ、更衣室へおいで」

「な、なんか生地少なそうなんですけど~?」

「未婚最後のクリスマスでしょ? これぐらい短いの着なきゃ!」

 僕はミコに引きずられて更衣室へと入った。

「ちょっと! ミコ! ありえない! 信じられない! この……」

 僕は真っ赤になりながらミニスカートを押さえた。

「大丈夫、大丈夫。下は可愛い真っ赤なシルクのカボチャパンツ。見せパンだって。見られてもへーきへーき」

「ガ、ガ、ガーターベルトとか初めてなんですけど!」

「めっちゃ可愛いじゃん。ほら眼鏡もコンタクトに替えて。姫さんに度数聞いて、新しいの作ったから」

「えー! 目に入れるの?」

「入れるの! ほら。3、2、1、はい終わり! あとは化粧ね。口紅だけでいいかな。烈のお肌、ピチピチだもんね」

 僕はあっという間にミニスカサンタへと変身する。

「ありえない……」

「さ、行くわよ! 主催者さん!」

「最初の挨拶なんて止めれば良かった……」

 僕はミニスカサンタのコスプレをして、会場に出た。そこにはオタク部門総括者の白峰とヒルがいた。

「れ、烈様、サ、サンタ……ミニスカサンタ……ぶっ!」

 白峰が鼻を押さえ、指の間から血が流れる。

「白峰、大丈夫?」

 駆け寄ろうとした僕をヒルが止める。

「烈様の格好は白峰に少し魅力的過ぎたようです。近寄っちゃダメですよ。こういう悪い大人にはね」

 ヒルが優しく僕に言いながら白峰の足を踏み、血を垂らす彼女にハンカチを渡し、化粧室へと連行した。

「凄いね、サンタ烈の破壊力」

「でもミコ~、この赤いピンヒール、足が辛い~」

「大丈夫よ、ここの絨毯、毛足長いから。それに靴ずれシートも貼ったしね」

「もう、スカートなんて全然履かないのに~」

「平気平気。可愛い。可愛い」

 輝くようなアイドル顔でミコが微笑む。

 僕は、騙された……と呟き、仕事に戻った。

 クリスマス会が始まり、僕は壇上に立つ。

 同じ服装のミコと、鬼姫とイチが後ろに立つ。

 これじゃ後ろに立つ美女達と、野獣の主催者だよ……と思いながら、僕は微笑みを会場に向け、挨拶をする。

 何故か会場が興奮に包まれている。やはりミコや鬼姫やイチのミニスカサンタ姿だろうか。正直、僕ですら黒スーツ姿以外のイチを見たことがない。歌舞伎町がシマである桜山組のメンツはかき入れ時でいないが、見せられないのが残念だ。頭に真っ赤なサンタ帽子を被っている鬼姫やイチなど、別の意味で伝説に残りそうだ。

 乾杯が終わり、壇上から降りると、僕の周りに金融部門やIT部門の人達が垣根を作った。

「烈様、経済学部に進むと聞きました。放課後、うちの部門に遊びに来てくださいね」

「そうそう、うちんとこのデスクでレポートを書けばいいですよ。どんな難解な教科書も私がポイントを三行でまとめて差し上げます」

「絶対に遊びに来てください!」

「そのサンタ姿、とてもお似合いです!」

「金融部門だけじゃなくてうちにも来てください! 新しいプログラムを一緒に企画しませんか?」

「烈様、絶対領域が素敵過ぎます! ちらりと見える真っ白な腿が!」

 一瞬、皆の視線が僕の脚に集まる。

 僕は真っ赤になってスカートを押さえた。

「烈」

 その時、入口近くからよく通る声が聞こえた。

 次の瞬間、僕の周りにいた組員達はざっと離れた。

「紅。もう終わったの?」

 僕は少し早足で紅を向かえる。

「あっ!」

 慣れないピンヒールが脱げそうになる。

 転びそうになった僕を紅がそっと受け止めた。

「あ、ありがとう」

 僕は紅の顔を見上げる。

「愛らしいミニスカサンタをベッドに連れ込みたくなる」

 紅は僕のミニスカートを押さえながら、そっと唇を重ねてくる。

「くれ……ない……」

 濃厚なキス。キス。キス。

 唇が、舌が、抱かれた腰が、触られている尻が、じわじわと熱を持つ。

 会場が一瞬静まり、再び談話が始まった。

 今夜は……あるのだろうか?

 でも皆が血痕式までお預けだと言う。

 …………でも?

「今日は朝までパーティーだと聞いた。しかし指揮は鬼姫に任せてお前とミコさんは二十二時で帰宅だ」

「ええ~! 僕、責任者だよ?」

「信頼のおける部下に任せるのも責任者の役目だよ、高校生社長さん。高校生はお休みの時間だ」

「うう~。……分かった」

「卒業まで、あっという間だ」

「そうだね」

 僕は紅に笑いながら、ピンヒールを履き直した。

 紅は一歩下がり、僕の姿を頭から爪先までめるように見た。

「いつも烈はパンツスーツばかりだが、スカートも似合うな」

「そうかな?」

「ああ。とても素敵だ。愛らしい。挑発的な姿だ。今すぐ食べたくなる。素晴らしいクリスマスプレゼントだ。お前に熱い視線を送っている社員達を、全員海外転勤させてしまいそうだ。私が買ってきたドレスが用意されている。着てくれるか?」

「ドレス?」

「私からのクリスマスプレゼントだよ」

「どんなのかな」

 僕はそれから紅がくれた真っ赤なマーメイドドレスに着替えた。鳳凰が烈火に包まれている絵柄が全身に大きく描かれている。膝から下は赤いレースでまるで炎のようだ。靴は踵の低いストラップ付きの黒いエナメルパンプスだった。

 大きなルビーと小さなダイヤモンドがあしらわれた金のネックレスを紅が首につけてくれた。

 紅にエスコートされて更衣室を出ると、何故か拍手が沸き起こる。

 そこで紅がすっと左手を挙げると、広い会場が一瞬で静まり返った。

「今日は烈主催のチャリティーパーティーに皆、よく来てくれた。主催者の烈と、友人のミコさんはまだ高校に在籍している。二人は二十二時で上がり、続きは桜島鬼姫が仕切る。桜島」

 紅が呼ぶと、僕の斜め後ろに立つ鬼姫がはいっと返事をし、僕の横に立った。

「桜島鬼姫です。若輩者ですが二十二時以降、パーティーを仕切らせていただきます。閉場は明朝みょうちょう五時です。皆様、ゆっくりとお過ごしください」

 鬼姫がお辞儀をすると、そこで室内楽が再び流れ始め、談話が再開された。

 僕が初めて開催したチャリティーイベントは成功し、かなりの額を寄付した。

 若手の組員達も安心して年越しが出来るだろう。


 ベッドの中で僕が紅にクリスマスプレゼントを贈った。

「七宝焼きのストラップだよ。僕が作ったんだ」

「……この紅いのは……?」

「鳳凰。紅のイメージで描いたんだ」

 僕がそう言うと、紅は一瞬目を大きく見開き、それから優しく微笑んだ。

「ありがとう、烈。大切にする」

 紅は僕の唇に軽くキスをした。

 それから僕は紅からミニスカサンタ……ではなくサンタデザインの紅い透けたレースで出来たベビードールをプレゼントされた。

「は、恥ずかしい……」

「早く脱がしたいよ……烈」

 そう言って紅は僕を抱き締め、背中を撫でる。

「あっ……」

「お前の体は全身私のものだ。絶対領域を晒していたこの鹿のような腿もな。全く、あんな性獣のばかりがいるパーティー会場で色っぽい格好をして」

「性獣って。みんな働いてボロボロだよ。性欲あるのかな」

「疲れて眠い時こそセックスが必要なのさ」

「そうなの?」

「そうだ。……あいつら、烈を獰猛どうもうな眼で見てたな。頭の中の妄想が見えるかのようだった……やはり海外に飛ばすか」

「止めて。ダメ、絶対。僕は紅だけのオンナだから」

 怒りに満ち冷たい瞳を輝かす紅に僕は優しくキスをした。

 僕らはそれから長い間、舌を絡ませ、指を絡ませて……眠りに落ちていった。

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