第9話 足の隙間に入り込んだ……

 ◆


 進路か……。

 僕は硝子の花瓶をデッサンしながら考えた。

 そういえば母は組長になる時、他にしたい仕事はなかったのだろうか。

 父は元々銀行員だったらしい。

 母と大学で出会い、恋に落ちたと言っていた。

 父は銀行に就職するが、まだ大学生だった母のお腹に僕が宿り、状況は一変する。

 母との結婚を実家に反対された父は、母と共に海外へと駆け落ちをした。

 父は母と結婚し、桜山になった。そして会社を興し、今に至る。

 銀行員か。それもいいかもしれない。

 桜山組はヤクザ組織だが警察や公安にはマークされていない。表向きは踊りやお茶やお琴などの先生だ。桜山家は有名な家元で、組員達はそこの師匠や生徒でもある。僕も師範の資格は十五歳ぐらいの時に取った。だからヤクザをしなくても、花を生けてでも暮らしていける。

 歌舞伎町の高級クラブも桜山組の者が働いているが、皆、若い者も全て着物姿で清楚だ。そこがウケて何ヶ月も予約で埋まっているという。横に座ってお酒を注いでいた女の子がキリッとして三味線を弾く姿は色っぽくてリピーターが絶えないが予約するのは大変だ。そんな女の子達は同伴もアフターもなく、店の中でしか会えない美しい幻のような妖精達だ。

 店員は全て女性で、桜山組を知らないチンピラが桜山組系クラブや女の子にちょっかいをかけて桜山組員達にのされる事もある。そういうチンピラは即、歌舞伎町出入り禁止だ。それが歌舞伎町の裏の掟。

 桜山組の一家に属する娘が表のヤクザと婚約することもある。その場合、お茶やお琴の師範である純真な娘として、ヤクザ男のパートナーになる。何人か娘が産まれた時、女子達は養子縁組を経て桜山組へと戻ってくる。そして闇の女ヤクザ組織を知る。

 描いていた硝子の花瓶が歪む。

 ちらっとミコのデッサンを盗み見る。美しい。鉛筆で描かれた絵なのに硝子の花瓶がそこに存在しているかのようだ。

 授業が終わる鐘が鳴る。

 僕は溜め息を吐く。そう、絵の才能だってミコに比べたら足元にも及ばない。

 何をやっても中途半端な僕。

 踊りや琴をやっても艶がないと言われ、華道に至っては「奇怪な……」と師匠に呟かれた。女の仕事も出来ず、かといって絵も下手だ。いつかミコや美術の先生のように上手くなるのだろうか。

「ねぇ、ミコ、進路決めた?」

「うん、もちろん新宿芸大。そのために倍率の高い中学受験をしたんだもん」

「そうだよねぇ、ミコんちはアパレルだもんねぇ」

 僕は溜め息を吐く。

「なんだなんだ。その溜め息は恋煩いじゃなくて進路? もしやマリッジブルーってやつ? 烈は卒業したらお嫁さんでしょ? 専業主婦なんでしょ? あ、華道とかの教室は開くの? あの前衛的なやつ。あの表現は烈にしか出来ないよね~」

「え? 本当?」

「そうだよ! 烈の家元の芸風じゃないかもしれないけど、烈の生け花は前衛芸術だよね! 入試でもそれ、誉められたんでしょ?」

「うん……まぁ」

「主婦しながらその道っていうのもアリじゃないかな。あとほら、毎日描いている漫画もヘタ馬神うましんって言われて批評サイトがあるぐらいだし」

下手上手神へたうましんか~。誰が誉めてくれているのかな」

「烈にファンが多いのは確かだよ。自信持ちなよ。新宿芸大、行くでしょ?」

「うーん。どうしようと悩んでる」

「烈は経済とか金融とかにも強いもんね。学力優秀だからどこの大学も選び放題だし。弁護士も官庁も選び放題! でもさぁ、勿体ないよ、烈の才能!」

「そうかなぁ」

「そうだよ!」

「進路……」

 僕は窓から外を見上げた。

 道はいくつもある。

 紅は僕のパートナーで、宮組の何万人もの女達を支えている。女ヤクザの頂点にいる宮組。それを壊す。

 いや、簡単に壊すなんて言っていいものなんだろうか。

「歌舞伎町……」

「ん?」

 僕は声を潜めた。

「ミコ、放課後、歌舞伎町に行くの、付き合ってくれる?」

「えー、烈、学校から立ち入り禁止って言われてるよ!」

「いいじゃん、ミコだって遊んでいるんでしょ?」

「あたしは六本木が中心だよ~。どうしたの? 突然」

「うーん、歌舞伎町の人々の服装が見たくなってさ」

「うわっ! それあたしも見たい!」

「じゃあコスプレして行こう!」

「そうだね! この制服姿じゃ入れないもんね!」

 僕は鬼姫に、今日はミコと遊ぶから一人にしてとメールした。鬼姫が付いて来たら百メートル向こうから大きな声のヤクザ式挨拶が飛びかねない。

 鬼姫へのメールには『ミコはカタギさんだからね!』と三回、書いた。

 僕とミコはオタク漫画の主人公風なコスプレをした。

 カツラを着けて目許を隠し、魔法少女が描かれたダブダブな服を着る。勿論、鞄は缶バッチだらけの黒リュックだ。靴はスニーカーで少し汚す。

 それでもミコからは可愛いオーラがキラキラと発光する。カツラの毛先の流し方、一つ取ってもミコは可愛い。

 僕は念入りにカツラをボサボサにする。

 マルイメンズ館のトイレで着替えて出てくると、ピンク色のリップクリームを着けたミコがいた。全然オタクコスプレに見えない。ちょっと髪の毛が長いアイドル女子だ。それも上玉。

「全然、烈に見えない! あたしも完璧でしょ?」

「うん、ミコには見えない」

 アイドルには見えるけど。

「歌舞伎町、初めて! ドキドキする! 烈は?」

「映画を観に何度か」

「なんだ~、烈の方が先輩か~。烈んちは新宿だもんね。お母様とか姫さん達と映画に来るよね~」

「うん」

「じゃあ案内して!」

「分かった」

 知り合いにバレませんように。

 僕らは背中に黒リュックを背負いながら歌舞伎町の小道へと入って行った。

 夕方五時。これから開く店もあり、七時からの店もある。僕らはぶらぶらと歩く。客引きはちらちらとミコを見るが、声をかけてこない。

 僕は小さい時、よくこの街を鬼姫と走り回ったなと思い出す。隠れん坊の鬼はいつも鬼姫だった。今の学校に入ってから一人で歩くのは初めてだ。いつも隣に鬼姫がいるから誰も声をかけて来なかった。

 客引きや学生やサラリーマンが入り混じる。スカウト達はじろじろとミコを見ながら声をかけようか悩んでいる。こっちに来ようとする男を僕が睨むと、足を止め、他の女へとターゲットを替えた。僕はほっとし、街を散策する。

 街にはオタクもオタリーマンもいる。コスプレ女子はいない。女子の多くは孔雀みたいに着飾っていて、客引きをしているか、どこかの店へ出勤する途中で早足に歩くかどちらかだ。ライブ会場へ向かう女子や映画館へ向かう女性はまた違う格好をしている。

 制服を着ている女子高生か女子中学生みたいな娘はいかにもな感じで自分を値踏みする男性を値踏み仕返す。高く自分を売ろうと必死になりながら価値を落とす娘達。姿勢も悪いし化粧も安物だ。スッピンの方がまだましだろうに。若い肌は金になる。

「どうしたの?」

 ミコに声を掛けられ、はっとする。

「え?」

「なんか烈が真剣な顔で街を見ていたからさ。気に入った服装、あった?」

「あー……なんちゃって制服ぐらい?」

「いたいた! なんちゃって制服のオバサン! 吹きそうになった! あんな制服ないのにねー。オトコって騙されるのかな?」

「さぁ? 学生服着ている女とセックスしたいなんてヘンタイだよね」

「ヘンタイ、ヘンタイ、ペドきもい! でも烈の口からセックスとか、初めて聞いた。ふふっ」

「そう?」

「烈ってお嬢様だもの。そんな言葉、知らないかと思ってた!」

「僕だってそのぐらい知ってます~」

「え? もしかして烈ってロストヴァージンしてんの?」

「そ、それはまだだけど!」

「婚約者さんとは?」

「それは……」

 いつもベッドで横になるだけでまだだ。

「あっ、膨れた! 烈のスケベ!」

「もう婚約してる身です~」

「ヴァージンのくせに」

「ミコはどうなんだよ」

「あたし? あたしは十三歳の時、世界的に有名なモデルさんに誘われて~」

「え? マジ? 十三?」

「相手は十七歳でモデル兼俳優。パリのホテルのゴージャスな部屋で、そりゃもう幸せな夜で~。一夜限りだったけどね」

「は、早すぎない?」

「別に。結ばれたい時がロストする時でしょ」

 ミコはさらっと言う。

「そういうものか」

「そうそう。あ、見て! あの人、ホストかな?」

 ミコが格好良くスーツを着た美男子を指す。

 こうやってホストに女子高生が嵌まっていくのかと僕は納得する。

 指されたホストはふっと後ろを振り向き、ミコに近寄り道路に跪いて手を差し伸べる。

「これは美しいお嬢様。今、しもべに声をかけてくださいましたか?」

 ミコはカァッと赤くなる。

 おい、どうした、有名なモデルと寝たミコちゃん。なんでこんな顔だけホストに道端で引っかかっているの。靴も服も世界的な俳優に比べたら安物だろ。

 僕はミコと男の間に入り、彼女の手を優しく引っ張った。

「僕のツレなんで。失礼します」

「ちょっと待って! キミも一緒にどうだい? 奢るから! あ、ホストクラブじゃなくて、レストランで!」

「……」

「あ、あの……烈ぅ」

 ミコは僕と男をキョロキョロと見ながら、僕に引っ張られる。

「烈、彼さ、割と格好良かったよ。それに奢ってくれるって!」

 これが歌舞伎町女子高生出入り禁止の理由かと思いながら、ミコを引っ張り早足で歩く。

 一人に声をかけられたミコは次々とホストの客引きに声をかけられる。

 中にはアイドルにならないかとしつこく付いて来た怪しい男もいた。

 ミコから見えないところで僕の肘鉄を食らって、男は蹲(うずくま)った。

 僕はそのまま歌舞伎町を出て、ミコを引っ張りながら言った。

「怪しい人について行っちゃいけません!」

「はーい」

 ミコは反省もせず、ニコニコ笑いながら返事をした。

 僕はミコに目の前で家に電話をかけさせ、迎えの車が来るまで紀伊国屋書店の学習参考書売り場にいた。

 ミコの家の運転手が迎えに来て、僕は引き渡す。

 はぁ、と溜め息を吐いた時、どこからか鬼姫が現れた。

「お疲れ様です。イチが車で待ってますよ。今日の夕食はほっけだと宮組の料理長が言ってました」

「あー、いつからいたの?」

「もちろん学校の門からです。ミコさんのコスプレ技術は凄いですね。リュックに大量のアニメ缶バッジが付いていなければ見失うところでした」

「どうせGPSもあるからいいじゃん」

「場所が正確に出ませんし、喧嘩に巻き込まれたら困ります」

「しないよ、喧嘩なんて」

「肘鉄はするんですね」

 鬼姫がくすくすと笑う。

「あれはオッサンがしつこかったから! 全くミコを連れて行ったのが間違いだった」

「お嬢が一人で歩いていたら、そこまでコスプレをしていても誰かに気付かれますものね」

 鬼姫がにっこりと笑う。

「いや、お前、絶対、後ろにいて威嚇いかくしてただろ」

「してませんよ。後ろは歩いていましたけど」

「客引きがやけに大人しいと思ったよ。あのオッサンだけか、新顔は」

「そうですね。元テレビ局下請けサラリーマン、リストラされた男性の一年後ですよ」

「会社倒産?」

「ええ。それもあの男が巨額の使い込みをして逃げてました。原因は裏カジノです。捜している方がいらっしゃったので、引き渡しておきました」

「そっか。ありがとう。あんなのが庭にいたらうざったい」

 書店を出て少し行くと車が止まってた。鬼姫がドアを開け、乗った僕の隣に座ってくる。

「ところでどうして歌舞伎町へ? それも変装までして」

「うーん、進路……」

「進路ですか」

「ミコはさ、僕に華道とか漫画の才能があるから新宿芸大に進学しろって言うんだけど、明らかにミコと実力差があるし。芸術で食べていけるかなぁって思ってさ。あの学校で芸術以外の成績はいいけど、他の大学へ行くのもね。中途半端だし」

「全国模試の結果も良かったじゃないですか。確か50ぐらいだったかと。あの芸術一辺倒の学校で模試結果は上位ですよね。予備校にでも通いますか」

「んー。でも……。お父様みたいに銀行員にでもなるかなぁ。血痕式で僕が勝ったらさ、宮組の組長になれるんだよね」

「そうです」

「でも組員がいるだろ? 女ヤクザ組織の桜山組も宮組も、皆、華道やらなんやらの資格を持っているからヤクザとしてやっていく必要はないけどさ。でも……今みたいに女性が絡まれたらどうすればいいのかなって、ミコを見ながら思ってた」

「ミコさんはどこかのホストに引っかかりそうですね」

「そうだよねぇ。それで貢いで貢いで風呂行きか。まぁ、うちの高級クラブだってそうだよなー。客の壮年達が貢いで貢いで」

「そうですね。売上はあのホスト達の店の比ではありませんから」

「そうなんだ!」

 僕は鬼姫の顔を見た。

「そうですよ。組の売上を預かった兄貴の会社、どのくらいの規模だと思っているんですか」

「お父様の会社、表の決算は知ってる。でも裏は知らない」

「後で見せます。ご自分の価値を知る良い機会でしょう」

 鬼姫は優しく微笑んだ。

「……お母様がいくら損害を出したのか、現実を見るのが怖いよ」

 僕はズリズリと椅子から身体を落とした。

「背筋を伸ばして」

「はい」

 僕は座り直した。

「まだ婚約の段階とはいえお嬢はもう女宮家の人間です。いつも振る舞いには気を付けてください」

「はい」

 僕は窓から外を見た。

 ショッピングを楽しむカップルがいる。

 六本木という街の中でもこのビルは女性利用率が高い。

 ビルの上半分は女ヤクザ組織・宮組の東京本家だ。

 だが自由時間を楽しむ女性達はそれを知らない。なんとなく女性にとって居心地の良い場所がこのビルなのだろう。女性にとって安心で安全でゆったりと過ごせる。そういう場所を宮組は作っているのだ。

 そのビルの宮組専用駐車場へ車は入って行った。

 女ヤクザの闇の中へと。


 ◆


「どうした? 烈。今日は食欲がないのか?」

 婚約した翌日からディナーには欠かさず出席する紅が心配そうに僕を見た。

「いえ、その……あの、改めてうちのお母様が御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 僕は箸を置き、紅に頭を下げた。

「烈。気にするな。大した額じゃない」

「いえっ!」

 大した額だろ。円換算したら小さい国の国家予算規模だ。

 僕は先程、鬼姫から見せて貰った資産の全貌を見て、真っ青になった。

 食欲など吹っ飛ぶレベルだ。

「投機とは難しいものだよ。それとも私が使った婚約手段が無理矢理むりやり過ぎたかな? ちょっとしたサプライズだったのたが」

「いえ! 僕は紅を愛していますから、ど、どんな形でも一緒になりたかったんです。でも一国一城を守るお母様が心配で……」

「桜山の会社にはうちからも人材を出した。勿論、桜山兄弟の地位はそのままだが、一年間無給で給料分は会社に返還だ。信用に傷を付けた責任は取ってもらう」

「ぼ、僕も責任を……」

「親に売られた烈が言うことではない。桜山には私が烈を愛して大切にすると言ったが、烈には伝えるなと言った。私にとっては烈へのサプライズのつもりだったのだが、桜山は勘違いし、その場で私のドスを奪って割腹自殺をしようとしたのだよ。全く、あいつは昔から気が短くていけない」

 僕は青ざめ、俯いた。

 ひとつ間違えば宮組の組長暗殺と捉えられてもおかしくない場面だ。

「桜山は若い頃、宮組に預けられていて、一緒の飯を食った姉妹だ。その時は京都本家の道場で一緒に闘った。桜山がひ弱な銀行員に恋をした時は驚いたものさ。あんなに強い桜山がカタギに恋!? ってね。桜山を狙ってた本家筋の人間もそれは驚いて、さめざめと泣く者もいたよ」

「お母様はお父様に一目惚れをして……それからすぐに僕がが産まれて……」

「大学卒業間際の桜山が妊娠して、女ヤクザ組織はもう大騒ぎだった。相手は金融家系の出で、流石に桜山がどういう家か知っている。兄弟の家では二人を別れさせるべきか、嫁に貰うべきか一族会議があったそうだよ。そうこうするうちに兄弟は自分の籍を抜いて、桜山家に婿入りした。親に会わないまま会社を退職し、桜山の卒業と共にニューヨークへと引っ越した。烈は三歳までニューヨークにいたそうだな」

「はい。僕があまりにも暴れん坊なので、最初、お母様はニューヨークの知人の道場に通わせていたのですが。一緒に通ってたお母様がある訓練の時、何人もの怪我人を出してしまって。ニューヨークに道場を作る話もあったそうなんですけど、結局、母娘で日本に帰って来たんです。起業した会社が軌道に乗りつつあったお父様は単身ニューヨークにと話し合ったそうです」

「そりゃあ桜山が暴れたらアメリカンでも止められないだろうよ。ははは、見たかったな」

「お母様は強すぎてなかなか勝てません」

「勝てる時はあるのか」

「勿論。今は僕の方が強いと思いたいですけど……『気』の使い方が違いますね。この婚約話が出た時なんて、タンって机に茶碗を置いただけで綺麗に真っ二つですよ」

 紅は声を立てて笑った。

「怖かっただろう」

「怖いなんてもんじゃありません! お母様の命令でドナドナですよ!」

「それは悪かった。ちょっとしたサプライズのつもりだったんだ」

 紅が食後のお茶を飲みながら僕を見つめる。

 僕は真っ赤になって俯いた。

「ずっと……紅に会いたかったんです……」

「捜してくれた?」

 紅の優しい眼差しを拒否するように、僕は首を振った。

「うちは……なんだかんだと一家を背負ってます。だからカタギの紅を巻き込むのもなって……それに」

「それに?」

「組を出た後、僕はデザイン事務所に勤めるつもりだったんですけど……紅はセレブだから……僕には養えないって」

 紅はクククと笑った。

「可愛い、可愛いな、お前は。初めてだ、私を養うと思ってくれたのは。諦めたとしてもね。本名を伝えたのだが、君が私を知っているかどうかは分からなくてな」

「宮組はうちから見たら天空の組織過ぎて全然知りませんでした。組の仕事も継ぐつもりがありませんでしたし」

「今は?」

血痕式けっこんしきに勝っても負けても、僕は宮組一家を背負います。だから毎日、僕なりに考えてます」

「それで変装して歌舞伎町へ行ったのか。鬼姫から報告は上がっていたが、何をしに行ったのかと思っていた」

「僕は歌舞伎町に知り合いが多いです。桜山一家もそうですし、昔からお世話になってる人も多くて庭みたいな感じなんですけど。でも宮組を背負って生きていくってことは、桜山一家も背負って生きていくってことですから。だからその庭を改めて別の目で見ようと思ったんです」

「そうか。どうだった?」

「客より客引きが多くて経済的に心配になりました。客引きに余裕もなくて目がギラギラしてるし。あれじゃカタギさんがドン引きですよ」

「お前は面白い奴だ」

 紅は笑いながら席を立った。

「そろそろ風呂に入ろう。コスプレ衣装を脱いで、私の烈に戻さないとな」

 紅に手を差し伸べられ、僕は真っ赤になった。

 二人で風呂。

 風呂。

 初めてだ。

 お風呂。

 風呂に入る前に逆上せそうだ。

 紅にはいつも秘書が三人いて、それは子供の頃からの世話係らしい。

 でも紅は風呂に付いて来ようとした世話係のヨルを追い出した。

「いいんですか?」

「いいんだ。烈を見せたくない」

「じゃあ僕が手伝います」

 僕は紅のベストのぼたんに手をかけた。

 紅が僕の魔法少女が描かれたアニメTシャツに手をかけた。

「互いに脱がすか」

「はい」

「この服は烈のか?」

「いえ、ミコに借りました」

「そうか」

「オタクっぽいコスプレです。このカツラなら顔が見えないし。歌舞伎は僕の庭ですから」

「そうだな。お前の庭だ」

 紅の釦がなかなか外せない僕と違い、紅は僕のカツラを外しアニメTシャツを脱がしと手際が良かった。

 僕はあっという間に裸になる。

「脱がすの……慣れてますね」

「まさか。私の前にこのようなアニメTシャツで現れたのは烈が初めてだ」

「ですよねー」

「そういえば烈の私服の中にもこういうTシャツが沢山あったな。烈はこういうのが好きなのか」

「……保存用なので着ませんけど」

「保存用? コレクターなのか」

「そうです」

 あっ、釦が三つまで外れた。

 その時、紅が僕の手を握って微笑んだ。

「よく頑張ったな、烈。ここからは自分で脱ぐ」

 そして紅はゆっくりと、僕を見ながら脱いだ。

 白い巨乳。そして後ろの鏡に映る真っ赤な鳥。炎?

「背中に……」

「ああ。鳳凰ほうおうだよ。紅色の炎をまとっている」

「血のような炎」

 僕は紅の後ろに行き、背中に広がる鳳凰の入れ墨を撫でる。

「綺麗……とても綺麗……」

 とくん、とくん、と脈が早くなっていく。真っ白な肌に飛ぶ鮮血のような鳳凰は産まれたての神だ。

「女の股から、この紅い鳳凰は産まれたんですね」

「そうだ。私がそうであるように」

 紅が後ろを振り返り、唇を重ねてきた。

「お前の体が興奮している」

 紅がそっと僕の胸に触れる。乳首の周りだけ、そっと。

「初夜は血痕式当日か。待ち遠しいな」

 紅が私の首筋を軽く咬み、キスをする。

「早くお前を味わいたい」

「ぼ、僕も……」

 恥ずかしく、俯いた僕の唇を紅が人差し指でなぞった。

「く、紅を……」

 紅が僕をきゅっと抱き締める。速い心音が僕の耳を包み込んだ。

「烈。身体を洗ってやろう」

「いえ! 僕がやります!」

「駄目だ。今日からゆっくり磨いてやる」

 風呂場に入ると紅が泡立った垢すりを持って笑う。

「ほら洗うぞ」

 美しい笑顔を向けられ俯くと紅のアンダーヘアーが見え、僕は真っ赤になってしまう。あの中に紅の大事な場所が隠れている。

 上半身を軽く洗われる。

 乳首だけ泡の付いた指で撫でられ身体が震えてしまう。

「感じた?」

 紅が小さな声でささやく。

 僕はコクコクと頷いた。

「可愛い。乳首がピンク色だ。恋人は?」

「いません」

「そうか。自慰じいはする?」

「た、たまに……」

「ふうん。胸とか」

 紅がちょんっと乳首をつついてきて、僕はビクッと震えた。

「こことか」

 ぬるっとクリトリスの上を滑り、閉じている足の隙間に入り込んだ指が遊ぶ。

 僕は緊張して股をさらにぎゅっと閉じた。

 泡でぬるぬるになった紅の指はそれでも止まらない。

「両足を広げて。洗えないだろ?」

「は……はい」

 足をそっと広げると紅の手がにゅるっと前後する。

「大切な場所だ。きちんと洗わないとな」

 広げられる。中に入ってくる。そしてすぐに出ていく。ぬるっと。

「ああっ!」

 僕は足の力が抜け、紅に捕まる。その肉感的な胸が泡にまみれて僕の身体をぬるんっと舐める。

「ひゃあ!」

 あぁ……、もう……。

「可愛い。烈、感じやすいな」

 紅の唇が、呼吸が乱れてうっすらと開いた僕の唇に重なった。

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