第6話 ヤクザとオタクの境界線
◆
「おっはよー」
何も変わらない平和な日々。呑気な学校。そして友達の笑顔。
「おはよう、ミコ」
ミコは僕を見つめ、首を傾げた。
「あれれー? 烈、雰囲気変わった。あっ! 髪型かぁ! バッサリいったねー、前髪! うんうん、よく似合ってる! イケメン度上がってる!」
「なに? イケメン度って……僕、オンナですけど?」
「いやいや、烈はイケメン系でしょー。それでなになに? 週末に何かあったの? あ、ホームパーティーだっけ? オシャレした?」
ミコが前の席に座り、後ろを振り向く。
「うーん…………婚約した」
「はぁ?」
ミコが目を大きく見開いた。
「え? 婚約? なにその時代
僕はミコから目を離し、窓から空を見上げた。
「政略結婚といえば政略結婚だけど、相手も僕もお互いに一目惚れした相手だし」
僕は恥ずかしくなり、
「烈が一目惚れって? なにそれ聞いてない!」
「先週のコスプレパーティーで会ったんだ。でも名前も知らなかったからもう二度と会えないと思ってた」
「それが政略結婚の相手だったの? すごっ! 運命の人?」
「いや……多分必然じゃないかな」
母が仮想通貨で損したのも偶然じゃなく当たり前の必然だ。
「えぇー! 相手が烈を狙ってきたってこと?」
「まぁ、そう」
多分。
「すっごーい。夢物語みたい。結婚するの?」
ミコの瞳がキラキラと輝く。夢見る少女だ。
「うん。卒業式の日に」
「うひゃー、凄い! マジ? 結婚式は?」
「あるんじゃないかな」
「お嬢様は違うなぁ。そうだ。大学はどこにするの? 内部進学? それとも外?」
「大学……考えてなかった」
「そろそろ進路調査表を出す締切でしょ」
「ミコは内部進学?」
「うん。ここ、ママの出身校だし、うちの親戚、ここ出身が多いんだよね」
「そうか……」
闘いに勝てば自由が手に入る。
でも僕はその組織の大きさに改めて驚いていた。
日曜日。
誕生日パーティーは二十時に終わった。僕はすぐ紅に連れられて港区にある巨大なビルへと入った。十五階までは病院や保育所やスーパーやレストラン、図書館などが入ってる。そのビルの五十九階が紅の自室だった。
自室といっても部屋のいくつかは会議室や警護している舎弟の寝室になっている。
五十八階から二十階は宮組の司令塔でもある東京本家になる。宮組は元々京都出身のようで、そちらにも広い邸宅があるそうだ。十九階から十五階は茶道や華道などの教室があり、カタギさんも立ち入る。
僕の部屋は紅の部屋の一つで、元々資料室だったらしいが、一週間で資料を電子化し、僕の部屋に改装したらしい。
白い壁の何も置いてない部屋を好きに使えと紅は言った。五十平米くらいありそうだ。
ベッドは紅と一緒で……僕は用意された透けた真紅のネグリジェを……着た。凄く恥ずかしかったけど、着た。
『く、紅! これ、透けてる!』
『若奥様だからな』
紅はベッドに横たわりながら微笑んだ。紅色のシルクで出来たパジャマから豊満な白い胸の谷間が見える。
『今日、成人になったんだな。おめでとう、烈』
ベッドに座った僕の身体を紅がぐいっと引き寄せた。
『か、顔が近い』
ドキドキしてしまう。
『キスを』
紅が言い終わる前にキスをする。
歯を少し開けると紅の舌が口内に入ってくる。僕らの舌は優しく絡み合い……。
「ちょっと、烈! なんて顔をしてるわけ?」
僕ははっとし、ミコを見た。
「いや、その」
「さてはヴァージン、捨てたな?」
「ヴァージンなんて! 捨ててないって!」
捨てたかった。とても捨てたかった。でも。
「えー! 婚約式の後、一緒にホテルで泊まったりしなかったの?」
「いや……それどころか婚約者の家に住んでる……」
「それで……」
「それで……」
僕とミコはじっと見つめ合った。
「お相手さん、超草食系かなにか? えーと……ほら、落ち込まない! まだ婚約だしさ! 結婚式の夜が初夜になるんじゃない?」
「……」
「……あー。誰か紹介しようか? 溜まるよねぇ」
「……いい」
「そうね、大好きなんでしょ? 操(みさお)、立てたいよねぇ」
僕はこくんと頷いた。
「うわー、烈がめっちゃ可愛い顔してる! 恋してるのねぇ」
ミコが笑いながら僕の頭を撫でる。
ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
「諸君! 進路希望は決めたか? きちんと保護者と考えて進路希望用紙を来週月曜日に提出すること! ネット受付もしているからな!」
妊娠中の担任は少しお腹が大きくなってきた。最近の服はワンピースが多くなってきた気がする。
「進路か……」
鞄の中から進路希望用紙を出した僕は要綱を読んだ。大学進学について書かれている。学費もだ。そもそもこの高校には芸術系大学として有名な新宿芸術大学に入るために中学から入学している生徒しかいない。
家に帰ったら紅と話し合おうと思った。
長い歴史の女ヤクザ組織。
日本の歴史の裏を支えてきた女組員達。
僕は何を求めているのだろう。
オタクとヤクザの境界線はなんだろう。
魔法少女の絵が描かれたシャーペンをくるくる回しながら、僕は進路を考えて続けた。
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