第28話「アマリリス2」

 五年間。

 ずっと見てきた。あんたのこと。

 だから、こんな日が来なければいいのにとずっと思ってた。

 

 でもあんたは、あたしのこと、ずっと見てくれてなかったよね。

 

 


「お、おおおお…?」

 ジャンが、うめいた。

 プラウとかいう工作物を踏みつぶされたのがショックらしく、言葉を失っている。


「今日こそ言わしてもらうわ! いい年した男が、昼間っから何やってるのよ!」


 こいつは、周りがどれだけ、気をもんでいるか知らない。

 それでいて、自分のやりたいことをやりたいようにやっていることに腹が立った。


「あのリアム王子の弟だというのが信じらんないわ……」


 ふと、そんな言葉が出た。

 こいつが、リアム王子と同じ考えを持ってくれたら、何も起こらなくて済むのにって思ってた。


 でも全然変わってくれない。


 この日、こいつはバラン公爵にケーキを頭からかぶせられた。


 みじめだ。

 最低の屈辱だ。


 なのに、なんでこいつは全然こりてくれない。

 どうやったら諦めてくれる?

 教えてよ。




「そっか、厳しいね」


 リアム王子の崩れない笑顔に、哀しみがさしているように見えた。


 あたしは、何も言葉を続けられないでいたら、リアム王子は窓際に視線を移して、

「せめて、ずっとこのままだったらいいんだけど」

そうつぶやいた。


「どういうこと?」


 せめて? このままだったらいい?

 意味が分からない。

 こっちは変わらないから悩んでいるのに。


「いや、大した意味はないよ。ただね、今のまま、平穏に日々を過ごせたらいいと思っているだけだよ」




「父様」

「どうした?」


 父様は食事する手を止めずに、そう聞き返した。


「今日の護衛が必要ないと言ったのは、あいつが、第三王子が狙われると知っていたからですか?」

「どうであろうと、リリスには関係のないことだ」

 間髪いれずにそう答えた。


 そうだ、いつもそう言われてきた。

 昨日の護衛が必要なかった理由を尋ねても、そうだった。


 でも、もう関係のないということでは済まされない。

 いや、済ましたくない。


「ここまで父様の言う通りにしてきました。今日のことは、伝えて欲しかった」


父様は食事を止め、口をふいた。


「情が移ったか?」


 父様は私を睨みつけた。

 ひっ、と、小さい声が漏れそうになった。

 怒気ではなく、殺気だ。

 あたしに、殺気……。

 父様……。


「違います。騎士として、与えられた仕事に責任を持ちたいのです」


 絞り出すように言葉を発した。

 それも前日に考えたセリフだ。

 こういう流れになることは、想像がついていたから。


 用意した言葉でしかしゃべれないなんて、情けないな……。


 父様は、そんな言葉でも受け取ってくれているらしく、食器を置き、ヒゲに手をあて、あたしのほうを見つめた。


 緊張した。

 父様の前ではいつも気が抜けないが、今ほど緊張したことがあっただろうか。


 しばらくして、

「いいだろう。答えよう。でも聞けば、それ相応の責任がついて回るぞ。もう引き返せない。その覚悟はあるか?」


 あたしは、頷いた。

 聞かなきゃいけない気がするから。

 騎士として、あいつの護衛として、父様の娘として、そこから逃げてはいけない気がしたから。


『第三王子とその一派を抹殺する』

 それがこの国の決定事項だ。


 父様はそう言った。

 これを聞いたことが本当に正しいことだったのか、あたしはまだ分からずにいる。




「父様は、あいつを、ジャンを殺そうとしてる」


 あたしは、リアム王子にそう打ち明けていた。

 だって、リアム王子の弟だし、あいつを認めているし、あいつに向ける気持ちは並じゃないものを感じてたから。


「そうか」

 リアム王子は短く答えただけだった。


「それでいいって、思ってること!?」


 声を荒げていたのに気づいて、口に手を当てた。


「ごめんなさい」


 自分にそういう強い感情があるのに驚いた。

 そうか、あたしはあいつに、こんなにも死んで欲しくなかったんだ。


「そうは思ってない」


 リアム王子は私の返答に、怒ったような、悲しそうな、どちらとも取れないような顔をした。


「止められなかった」

 そう答えた。


「あいつは、踏み越えてはいけないところまで来てしまったんだ」


「踏み越えてはいけないところ?」


「あいつはもう、国として無視できないほどの武力と、民からの信頼を得てしまっている」


 抹殺するしかない。

 そうリアム王子が言った。


 リアム王子は。

 あたしとは、圧倒的に考えの深さが違う。


 本当に、尊敬できる人だ。

 王の器とは、この人のことを言うのだと思った。


 だから、この人がそういうのなら、本当に止められないんだと実感してしまった。

 あたしは、次の言葉を続けられなかった。




 ベッドに入っても寝付けない日々が続いてる。

 解決もしない考えが、ぐるぐる回って、沈んで浮かんで。

 今まで、こんなこと無かったのに。


 あたしは、何にも分かっていない。

 リアム王子が言うあいつのすごさも、

 父様が何を考えているのかも、

 何が正しいのかも。

 ……。


 あたしは、あいつを殺せるのだろうか。




「違くないわよ!」


 あたしはテーブルを思い切り叩いていた。

 メアリ王女が驚いた表情をしているのが見えた。

 でも止まらない。


「黙って聞いてれば……、リアム王子がどういう気持ちで忠告したと思ってるの!? 今、王子がどういう立場にあるかぐらい分かってるでしょ! ……この五年間、私がどんな気持ちであんたに言ってきたか考えたことなんてないんでしょ!」


 リアム王子は厳重に監視されている。

 それは、のど元に常に刃を突きつけられているようなもの。


 その中で、あんたを止めるために、危険を冒した。

 どれだけリアム王子があんたのことを想っているか、全然分かってない!


 そうだよ。

 あたしだって…、……。

 あたしだって、あんたに死んで欲しくない。


「……もうやめなさいよ。これでもう、さすがのあんたでも分かったでしょ。あんたはあんたなりに頑張ってきたのは認めてあげるから」


「ありがとう。でも俺は、やめるにしても、……実行するにしても、納得して決めたい」


「もう勝手にすればいいじゃない!」


 気づいたら、部屋を飛び出していた。

 本当に、あたしは護衛失格だ。


 分かってたはずじゃない。


 あたしの言葉なんて、届かないって。

 あたしの気持ちなんて、届かないんだって。

 五年間も思い知らされてきたじゃない。


 ……、…。


 見届けるべきだった。

 監視対象がどいういう決意をしたのか、方針を打ち立てたのか、今度の活動は?


 そんな重要な話し合いが、今頃行われているはずだ。


 部屋に明かりを届けていた夕日はもう沈んでしまった。

 冷たい風が、髪を揺らす。


 感情に任せて、監視という任務を放棄してしまった。

 でも、少しほっとしてしまってる自分がいる。


 だって、あたしがあそこにいたら。

 きっと、あいつを殺す決意ができてしまっていただろうから。




「父様」


 あたしがそう言うと、父様はこちらに視線を向け、言葉の続きを待ってくれる。


「リアム王子も、あたしも、第三王子を止めることは叶いませんでした」


 あたしの言葉に、

覚悟・・が、あるんだったよな?」

 そう言われて言葉に詰まる。


 そう、父様の中では、第三王子の抹殺は決定事項なのだ。

 あたしのしていることは、父様にとっては無駄でしかない。


「申し訳ありません。失言でした」


 フォークとナイフの音だけが響く。

 今までなら、これで会話は終了していた。

 でも、今は違う。


「父様」


 父様は、重苦しく顔をあげる。


「なんだ?」


「父様は、なぜ第三王子を抹殺しようとしているのですか?」


 父様は眉をひそめる。


「伝えたはずだ。国の決定事項だと」


「あたしが聞きたいのは違います。父様の気持ちです」


「俺の気持ちなど関係……」


「あたしが聞きたいのです」


 父様が意外そうな顔であたしを見た。

 それもそうかもしれない。

 ここまで父様に意見をするのは初めてだ。


 父様はフォークを置いた。

 ひげに手をあて、言葉を選んでいるような表情を見せてから、こちらを見た。


「王族には、王族が積み上げてきた歴史と重い責任がある。兄がそれを汚し、その息子が壊そうとしている。兄は汚点でしかないが、第三王子は災いだ。それを止めるのは、王族として当然ではないか?」




 リアム王子が訪ねてこなくなった。

 こちらから会いに行こうとしても、護衛に阻まれた。


 今まで近くにいたような気がしたリアム王子が、とても遠くに感じた。


 分かってる。


 あたしは、あたし自身で、答えを出さなきゃいけない。




「村行くけど、行く?」


「聞かれなくたって行くわよ。護衛なんだから当然でしょ!」


 こいつは、変わらずにあたしに手の内を見せてくる。

 クーデターの準備は着々と進んでいく。

 すべて筒抜けになっているとも知らずに。

 自分の首をしめていると知らずに……。


 村人に、獣族の土を持ってきたと言って渡している。


 ウソばっかり。


 最近は壁の向こう側に言ってないじゃない。

 まあ、どうせあんたのことだから、しっかりと効果があるんでしょうけど。


 そんなこと思っていると、やせた少女が花を持ってきた。


「これ、あげる」


 あたしは、それがなんの花か、分かってしまった。


「ありがとう」


 ジャンはそう言って、少女の頭をなでて礼を言った。

 ばいばい、ニコニコ笑いながらそう言って、少女は去っていった。


「その花…、あんたが大事に育ててる作物の花じゃない」


 あたしがそう言うと、苦笑いながら、こう答えた。


「まあ、しょうがないね」


「しょうがないって……、花がなければ作物は育たないんでしょ? その花を気まぐれにむしったおかげで、とれははずの作物を失ったのよ」


「知らなかったんだろ。あの子に罪はないよ」


 ひざから崩れ落ちた。

 両手で地面を押して、自分の体を支えた。


「お、おい、だいじょうぶかよ?」


 なんだかマヌケな声で心配してくれてそうな声が聞こえるけど、言葉が入ってこない。


 こいつにとっては、些細ささいなことなんだろう。


 あたしもそう思う。


 これから取れるはずの作物のうちの、ほんの一部なんだろうって。

 でも、些細なことにこそ、本質は宿やどる。


 こいつの正義は”あやうい”


 自分が積み上げてきたものを軽視している。

 簡単に情に揺らいでしまう。

 そして、その揺らぎが、どれだけ人に影響を与えてしまうか分かっていない。


 あたしの心が決まってしまった。

 きっかけなんて、本当に些細なことなんだ。


 いや、本当はもう決まっていて、この些細なことがあたしに教えてくれただけなのかもしれない。


 あたしは、こいつを殺す。

 ”覚悟”ができてしまった……。




 当日。


 あたしは天井を見つめていた。

 映し出された大御神は、天井の凹凸を隠しきれていない。


 どうやったか知らないけど、感動すら感じる。

 でも、あたしには分かる。

 これは贋物にせもの


 あたしは、ずっと見てきた。

 ジャン王子を。

 あんたのことを。ずっと。


 そう。

 だから、あたしには分かる。


 あんたは神の使いなんかじゃない。

 神の啓示なんか受けていない。


 いつだって、悩んで、苦しんで、何回も失敗して、そうして答えを出してきたじゃない。

 そう、あんたはいつだって自分で答えを出してきた。

 あたしと違って……、…。


 あんたは本当にすごい。

 だから、なおさら、殺さないといけなくなった。


 ねえ。

 せめて、あたしに殺させてよ。


 最期さいごくらい、あたしを見て。





○○○○○○○○○○○

【あとがき】

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