第27話「山場を迎えました」
つむじ風の寿命は短い。
上昇気流は収まり、さっきまで
「悪魔だ。悪魔の所行だ」
バランは俺のほうを指さし、そう喚いた。
「あの悪魔を、討伐せよ!」
悪魔ね。
なんにしても俺を悪者にして、殺そうとしてくる。
まあ、想定済みだ。
「光よ!」
バランの言葉が言い終わらないうちに、かぶせ気味に叫ぶ。
そうしないと、脳筋兵士たちが何も考えずに秒で俺を殺しにくるからな。
すぐ来るだろう
強烈な光ととともに、ポップコーンがはじけたような音がした。
後ろ向きで、ゴーグルをかけ、なおかつ目を閉じていても、隙間から入ってきたのだろう光が、まぶたを明るくした。
この光は、筒なしの閃光弾。
光よ、というセリフはアリスへの合図だ。
金属粉をばらまいてある金属トレイに、アリスに火を放ってもらった。
アリスの火力があるから、光量を十分に出すために、大量のマグネシウム粉を使用できる。
もちろん、危険性は上がる。
テルミット爆弾の原料だ。熱量は相当なものになる。
燃えた金属粉が何かの拍子に飛散したら、人間の体は簡単に穴があくだろう。
それに、金属粉が風で舞ったら、粉じん爆発が起こる危険性もある。
その対策として、今回は金属粉の粒を大きくした。
アリスに火力があるからできたことだ。
おかげで爆発は起こらなかった。
あとは、アリスが無事に退避できていることを祈るしかない。
「なんだ、この光は……!」
ゴーグルを外すと、目を押さえてうごめくバラン達がいた。
いい気味だと思う余裕はない。
すべてが綱渡り過ぎて、今まで計画通りに事が運んでいることに逆に不安を感じるほどだ。
俺の命なんて、この中の騎士の誰でも吹き飛ばすことができる。
でもまだなんとか、俺の命はここにある。
よし、次だ。
後ろを振り向くと、遠くのほうでアリスが姿を現していた。
メアリも一緒だ。
俺に言われた通りの作業を黙々とこなしている。
ホッとした。
無事で何より。
アリスも、メアリも、俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。
いや、まだ感謝の言葉は早い。
すべては、これからだ。
「無礼者!」
視界が戻りきっていないだろうバラン達に向かって一喝する。
「神の使いである私に向かって、悪魔とは何事か!」
大きく、低く、響き渡るように、怒鳴るのではなく言い聞かせるように言う。
セリフがあれだが、恥ずかしがっている余裕なんてない。
みんなの命がかかっている。
俺の行動ひとつでみんなが救われるなら、ペテンでも道化でも何でも演じてみせる。
「神の使いですと? 言うに事を欠いて、神を
視点が合っていない目を見開きながら、そんなことを言う。
恐ろしいことを言ってくれるね……。
腕をあげ、天を指さす。
天上天下、唯我独尊のポーズだ。
そして、ゆっくり視線を上にあげる。
バラン達も、相手の視線の先を追ってしまうという習性に逆らえず、上を向いた。
そこには。
「お、
議事堂の天井いっぱいに、太陽神である女神が映し出されていた。
この国は一神教のせいなのか、日本みたいにアマテラスなんちゃらのような名前はついていない。
口に出すときは、民衆は「神様」、貴族や王族、司祭たちは「大御神」と呼ぶ。
大御神は、若い女性で、細身だが、胸やおしりは豊かな丸みがあり、なで肩で、髪は長くふんわりとしており、鼻筋は通り、目じりは下がり気味でまつげは長く、唇は薄く控えめで、柔らかな笑みをたたえている。
しかし、今回映し出されている大御神は、無表情で、両手に胸をあて、ジッと下界を見下ろしている。
怒っている表情より、無表情のほうが効果的だろうと思ったからだ。
良かった。
ちゃんと
これは、「魔鏡」だ。
一時期ニュースで結構とりあげられていたから、覚えている人も多いと思う。
やまたい国という昔の日本の女王、ヒミコの鏡が、普通の鏡ではなかった。
見た目はただの鏡にしか見えない。
ただただ目の前の景色を映し出すだけで、のぞき込んでも、のぞき込んだ自分の姿しか映らない。
けれど、その鏡で光を反射させて、その光を壁に当てると、他の鏡にはない
壁に文字や絵が映し出されるのだ。
その文字や絵は、もちろん鏡の表面に描かれているわけでもなく、鏡面の後ろはそれらの文字や絵とほど遠い装飾が施されている。
しかし映し出される。
まさしく、魔法のような鏡だ。
その鏡は、前世の地元で出土したものだったから、地元ではだいぶ話題になった。
それをメアリに作ってもらった。
まず、銅とスズを混ぜ加熱し、青銅の板を作る。
本当は銀でやりたかったけど、貴金属である銀を多く用意するのは難しい。
なので、スズの量を多くして、銀に近い光沢を放つ青銅を造った。
だが、もろくなり、加工が難しくなる。
それでもメアリはやってくれた。
太陽神の
それはとても繊細で、忍耐のいる作業だったろう。
それを逆側の鏡面を磨き上げ、厚さ1mmまで研磨する。
その際、彫られた凹みと、彫られていない凸部とで、たわみ具合が変わる。
それが研磨の微妙な差となって、見た目は鏡面でも、わずかな凹凸ができる。
その凹凸が、光を当てたときの明暗の差となり、濃淡となって、文字や絵が浮かんでいるように見える。
これが「魔鏡」の原理だ。
議事堂の壁に穴を空けたのは、実はこれが目的だった。
鏡に当てた自然光を反射させて、議事堂の天井に大御神を投影させる。
原理としては簡単でも、作るのは難しい。
鏡面になるように研磨するのも繊細さが必要だし、凹凸でたわむということは、それだけ研磨中に割れやすいということを意味する。
それに、加工が難しい、スズの量が多い青銅だ。
それを今回、あの大きな天井に映す為に10平方mサイズで製作した。
マジカが使えるとはいえ、気が遠くなるほどの根気と、繊細さと、技術が求められる。
メアリは、それを乗り越えてくれた。
これが今回の山場だ。
これを効果的に見せるために、今までのすべてが伏線だったと言ってもいい。
「神はずっと見ておられた。そして、
俺がそう言うと、貴族達の顔から血の気が引いた。
罪の意識はあったらしい。
今まであまりにも興味がなかったが、ここの国教は太陽信仰だ。
国民はみな、太陽があがったら一礼をし、太陽と自然が織り成す恵みに感謝する。
昔の日本みたいだ。
女神なあたりも一緒だな。
「これは、どういうことだ……? まさか、本当に……」
バランは、上の像と俺を交互に見ている。
いつもの見下したような顔ではなく、おびえているようにも見える。
口調も、いつもの余裕ぶった丁寧語は見る影もない。
ここの神をも
先生が根城にしてしまっている神聖の森には、ご
不思議だ。
神を信じているならもっと、誠実に生きてもいいのではないかと思うのだが。
悪いことをしているとお天道様に
いや、バランあたりはあんまり信じてなかったんだろうな。
政治利用するためだけの存在にしか思っていないだろう。
だけど、天井いっぱいに大きく映し出されているわけだ。
信じてなくても、いるかもしれない、くらいには思わせられたのだろう。
「私は、神の
「ち、違う! これはまやかしです! 我々は正義のもと、国を治めてきた! 断罪されるいわれはない!」
地響きが鳴り、議事堂が揺れた。
アリスが起こした水蒸気爆発だ。
原理は、高温のフライパンに水をたらすとはじけ飛ぶのと一緒。
モイが造ってくれた浅めの穴に、ウィールが水を張り、アリスの熱で溶かした鉄を流し込むだけ。
鉄の回りの水は一気に気化して体積が膨張し、それが爆発となる。
爆風とともに熱湯があたりに飛び散り、とても危険だ。
アリスには今回、本当に危険で重要な役回りを担ってもらっている。
悲鳴が響き渡っている。
貴族達はうずくまって許しを
そろそろ頃合いだ。
執政官は腰を抜かしているので、代わりに壇上に立つ。
「落ち着きなさい!」
俺がそう言うと、何事かと視線がこちらに集まる。
「神は断罪しに来たのではない!」
まずは落ち着かせる。
目的は、パニックにさせることではないから。
「神は悔い改めよと言っている。されば、神は許してくださります。バラン侯爵、貴方もです。神の慈悲は海より深い。しかし、神を裏切るようなことがあれば、地獄の業火に焼かれるでしょう」
どこかで聞いたようなフレーズを並べ立てる。
発言するのが怖い。
どこかでボロが出ていないかって。
嘘っぽく聞こえてやしないかって。
バランは何も言う言葉が見つからないのか、こちらをジッと見つめている。
信じるしかない。
このまま突っ走る!
「新しい政権に譲りなさい! 新政権の人事は、神の啓示に従いなさい。賛成するものは起立願います」
そう発言した瞬間、首筋に間近に迫る
○○○○○○○○○○○
【あとがき】
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