第24話「アマリリス」

「第三王子を監視しろ」

 父様からそう言われた。


「第三王子? マジカが使えない、あの?」


「言葉に気をつけろ。王の継承権は未だ有しているし、そのことは特秘事項だ」


 父様の言葉に私は首をかしげそうになった。

 マジカが使えないやつが継承できるはずもないし、特秘事項がどれだけ守られているというのだろう。


 でも父様がやれというのだから、やるつもりだ。

 ただ、理由くらいは知っておきたい。


「父様、どうして」

必要・・だからだ」

 父様はそう言って私の言葉を遮った。


「できるな?」

 父様は結論を促した。


 父様はいつも言葉が足らない。

 でも、父様がそう言うのだから、必要なことなのだろうと思った。




「アンタの護衛になったから。よろしく」


 そうジャン王子に挨拶したら、あたしの顔を見つめて何も言わなかった。

 挨拶も知らないのだろうか。

 そう思っていたら、


「失礼ですが、どなたですか」


 なるほど。あたしにどれだけ興味がないか分かった。

 それともレディの挨拶を覚えていないほどの無礼者なのか。


 まあ小さいころの話だけど。

 マジカが使えないって早く分かっていれば、挨拶になんていかなくて済んだのに。

 こんなやつの監視か。いつまでやるんだろ。

 まだ始まってもないんだけど、帰りたい。




「リリス、今日も遅くなる」

「はい。お気をつけて」


 そう言って父様の背中を見送った。

 ガランとした部屋。

 メイド達は元気でやっているだろうか。

 別棟に移され、小さい頃から一緒だった人たちもいなくなった。


 やっぱりあたしは王を許せない。

 その息子の監視をしなくちゃいけないのか。




「あんた、なんでずっと引きこもってんのよ……」


 話に聞いていた通り、変人中の変人だった。

 ずっと何かの金属片を前に座っている。

 鍵のようにも見える……。

 錠前作りだろうか。ヒマな貴族の間で流行っているという。

 それを前に、ああでもないこれでもないとぶつぶつ言いながら組み立てている。

 それも午前中ずっと。

 ひどいときには一日中だ。


 たまに立ち上がったと思ったら、奴隷を呼んで火を放させる。

 金属が燃えるはずもないのに。

 こいつは訓練も何もやらず、何をやっているんだろうか。


「部屋にずっといて楽しいわけ?」


 そう、あたしがわざわざ皮肉たっぷりに言ってやっているのに、

「護衛が楽でいいだろ?」

 この調子だ。




「今日も遅くなる」


 父様はここのところ、ずっとこんな感じだ。


「いつも、どこに行っているのですか?」


 つい聞いてしまった。

 聞いてどうしようというのだろうか。


「リリスには関係のないことだ」


 予想通りの答えが返ってきた。




「あんた、何をやってんのよ。あたしに分かるように説明しなさいよ」


 ここのところ、ずっと変化がない。

 同じ作業を飽きもせずに、本当に何をやっているのだろう。


 もしかしたら、国家を揺るがすようなことをやっているのかもしれない。

 もし万一そうだったとしたら、監視の役を果たさずのうのうと過ごしていたことになる。

 それだったら大変だ。

 そう思って聞いてみた。


「言っても分からないと思うよ」 


 こいつはつくづくあたしをバカにしている。


「いいから教えなさいよ」


 そうすごむと、しぶしぶ口を開いた。


「これは蒸気機関って言って、水をわかして、その湯気で人間以上の力を出す道具なんだ。まあ、開発中だけど」


「は?」

 耳を疑った。


「湯気が? 人間以上の力を出す?」

 言葉を失った。


「だから言ったろ。分からないって」

 そう言って、再びごちゃごちゃやり始めた。


 そんな丸まったこいつの背中を見て思った。

 こいつは正真正銘の変人だ。

 頭がかわいそうなやつだ。




 今日は久しぶりに父様と食事を共にした。


「第三王子はどうだ?」

 父様がそう聞いてきた。


「特に変わったことは……、あいかわらず引きこもって、金属片をいじってます」


 あたしがそう答えると、父様はじっと私を見つめて、出かけた様子はないか、寝不足している様子はないか、交友関係に変化はないか、と細かく聞いてきた。


 父様は、あたしのことは聞かないのだろうか。




 朝早く、あいつの部屋を見に行った。

 護衛として監視できない時間帯に何かをしているかもしれないから、朝と夜の時間帯にも監視するように父様に言われた。


 こんな男が何か企みをしているとは思えないんだけど……。

 父様は何をそんなに警戒しているのだろう。


 でも与えられた仕事はしっかりこなすのが騎士。

 そんなことを思いながら、建物の影から部屋を見つめていると、あいつが出てきた。


 今までさんざん部屋からでなかったこいつが、どうしてこんな時間に出かけているのだろう。散歩だろうか。


 到着した先は、神聖の森だった。

 誰も世話をしなくても木々が育ち、泉が湧き、水が流れる。

 まさに神に守られた場所。


 儀式が行われる以外、立ち入るどころか、目に触れることも制限される場所。

 こんなところで何を……。


 木の後ろに隠れる。

 神聖な木に触れている……、いや今はそんなこと気にしている場合じゃない。

 目をこらす。人だ。人影がある。


 あれは……、

 アーリャ……!?

 宮廷魔術師のアーリャだ!

 追放されたはず……。


 やはり父様の言うことは正しかったのか。

 あたしはあいつに出し抜かれていたのか。

 あんなやつに……、…。


「かくれんぼですか?」


 声がするほうに振り向いたら、アーリャがいた。


「アーリャ!」

 いつの間に!


 距離をとって剣に手をかけようとしたが、足にも手にも変な植物がまとわりついて動かない。


「アマリリス様、お久しぶりでございます。鍛錬を怠っていないのが、今の動きから見てとれました。感嘆の至りです」


「裏切り者のくせに、上から目線でしゃべってんじゃないわよ!」


 あたしに教えたこともないくせに……。

 あたしのこと分かっているような顔をするんじゃないわよ!


「お前、何をやってんだ?」


 アホ面が口を挟んできた。


「こいつは国家の裏切り者よ! なんでアンタと」


「一番めんどうなやつに見られたな……、なんでお前ここにいるんだよ」


「ご、護衛だからに決まっているでしょ! あたしが護衛してない時間に勝手に動き回らないでよ!」


「めんどくさいなあ……。先生、どうします?」


 アホがアーリャのほうを見たので、つられて見ると、お茶を淹れていた。


「ちょうど茶葉が開きましたので、アマリリス様も一緒にいかがですか?」


 あたしは震えた。

 あたしが、騎士であるはずのあたしが、魔術師であるはずのアーリャの動きを全然追えていない。




「なにか、つかんだのか?」


 父様はあたしが何も言わなくてもそう尋ねた。


「ジャン王子がアーリャ女史とつながっていました」

「そうか」


 父様は、言葉こそいつも通りだったが、目を見開いて少し驚いたような顔を見せた。


「監視がバレたか?」

「尾行はバレましたが、監視だとはバレていない……と思います」


 父様の眼が変わった。

 冷たい眼だ。

 分かってる。尾行がバレただけで、あたしは失格だ。

 

「それで、その後はどうなった?」

「お茶を飲んで、談笑しました」

「茶を飲んで談笑、か……」


 父様はあたしの言葉を反すうして考え込むしぐさを見せた。

 あたしは、父様を失望させてしまったのだろうか。


「引き続き、頼んだ」

「え?」


 父様の言葉が意外で、変な声が出た。


「第三王子、アーリャと茶を飲んだというのなら、この先もそうしろ。他の行動にも目を光らせて、俺に報告しろ」

「失敗を、許してくださるのですか?」


「許すも何もない。お前はよくやってくれている。引き続き頼む」

「そう、ですか……?」


 これでも父様の役に立てているのだろうか。

 よく分からないけれど、そうだとしたなら、嬉しいな。




「ちょっと出かけてくる」

 こいつが日中に出かけるとは珍しい。

「どこ行くのよ」


「村だけど……、お前はおかんかよ。どこ行ったっていいだろ」

「村? 城外じゃない! なんで!?」


「説明するのがめんどくさい」

「何よそれ! 誠心誠意説明しなさいよ! アンタにはその義務がある!」

「ないわ!」

「なんですって! こうやってわざわざアンタのために、こんな不毛な時間を過ごしているっていうのに! アンタはあたしに感謝が足りないのよ!」

「どこをどう感謝すればいいんだよ!」


 これだけ側にいて、わざわざアドバイスまでしてあげているのに、やっぱりあの王の息子だ。

 無礼者の極みだ。


 一人で行かせるわけにもいかないし、一緒に行くことにした。


 村に着くと、村人が顔をあげた。

 やけに親しげな笑顔を、こいつに向けてくる。

 中には駆け寄ってくる者もいる。

 民衆には好かれているらしい。

 頭の程度が同じくらいなのだろう。


 王族の誰にも相手にされないから、きっと、ここで寂しさを紛らわしているんだ。

 アーリャをかくまっているのも、こいつのことを認めてくれる唯一の存在だからだ。

 そう考えると、こいつもかわいそうなやつなのかもしれない。




「なぜバーナード親王殿下は妻をめとらないのだろうか」


 中央棟の廊下を歩いていると、誰かが父様の話題をあげているらしかった。


「子が一人しかいない。親王殿下は、何を考えているんだ?」

「妃を亡くしてから、女性がらみの話はまったく聞かない。男性機能が欠損してしまっているんじゃないかね」

「唯一の子も、第一王子にも第二王子にも大きく劣るというじゃないか。道理で、あの横暴な王にも黙って従うわけだ」

「それも本当の子か分からないがね」


 誰も父様のことをわかっていない。

 父様は母様のことを深く愛しているだけだ。

 それに父様の子は、あたし一人で十分。

 第一王子にも第二王子にも負けない。




「妹のところに行ってくる」


 珍しく行き先を言ってきた。


「妹……? いたっけ?」


 妹がいるなら、第四王女ということになる。

 最近、生まれたのだろうか。

 でもまったく耳に入ってきていない。


「あたしも行くわ」


「なんでついてくるんだよ。妹に会いにいくだけだろ」

「護衛だって言ってるでしょ」


そんな言い争いをしながら着いた先は、東棟の地下だった。


「こんなところに人がいるの?」


 思わずそう聞いてしまうほどの場所だった。

 王女どころか、人が住んでいるとも思えない。

 しかし、そこに第四王女がいた。


 あたしを見ると立ち上がり、胸に手を当てて礼をした。

 長い髪を結い、メイドのようなエプロンをしている。

 とても王女の風貌には見えない。

 だけど、不思議と王女だと納得した。

 何よりも目だ。

 澄んだ目をしている。




「第一王子のリアム王子だ。今日は食事を共にしたいそうだ」


 父様が帰ってくるなり、そう告げた。

 父様の後ろには、見覚えのある顔が見えた。


「久しぶりだね、アマリリス」


 リアム王子が胸に手を当てて挨拶する。

 高慢そうな金色の髪がさらっと揺れる。


「おい、なんて顔をしているんだ。リアム王子に失礼だろう」


 父様に分かるほどのひどい顔をしているらしい。

 でも。


「こいつの父親のせいで、あたしたちは……!」

「それは、あの愚王のせいであって、リアム王子に関係のない話だ。それを言うなら、俺はあの王の弟だぞ?」

「………」


 そうだけど、なんでこの人のこと、父様はかばうんだろう。




「なんだか今日は、めかしこんでるわね」


 いつも部屋着なのに、礼服を着込んでいる。


「うん、まあ」


 こいつは、どうしていつもこんな曖昧な返事しかできないのだろうか。


「どこに行く気?」

「パーティだよ」

 ひどく面倒そうに言った。


 意味が分からない。

 呼ばれているわけでもないのだから、行かなきゃいいのに。

 しかたないので、礼服に着替えて同行することにした。


 パーティでのあいつは、まったく誰からも相手にされていなかった。

 そりゃそうだ。

 議会を無視した王族。

 もはや王族なんて、民をコントロールするための象徴。

 貴族の猿まわしだ。


 こいつは、なぜ恥をかきにこんなところに来ているのだろう。

 いや、バカだからか。

 恥を恥と感じない性格、そうなりたいとは思わないけど、ちょっとうらやましくはある。




「こんばんは、アマリリス」


 リアム王子がまた来た。

 父様が早く帰ってくるから嬉しいけど。

 まあ、リアム王子の話もおもしろくないわけではないから、悪い気はしない。


「ジャンは元気?」

 そう聞かれて返答に困った。


「護衛してくれているんだろ?」

 返事が返ってこないあたしに、第一王子はそう聞いた。


 返事に詰まったのは、一応、父様の客人である第一王子に、実の弟の評価を正直に伝えてもいいのか迷ったからだ。


「まあ、元気だけど……、ずっと金属をいじったり、村人と農作業したりして、変よあいつ」


 変に取りつくろった返答もめんどうだから、正直に答えた。

 気をつかうのもバカらしい。


「あいつらしいなあ。自分の信念にまっすぐで、他のことを気にしない」


 少しは気にしてほしい。


「今度は何をするつもりなんだろうな?」


 そんなこと、あたしに分かるはずも、分かろうとするつもりもないけど、

「今度は?」

 気になったので聞き返した。


「ああ、そうか。知らないよな。あいつ、見た目では分からないと思うけど、すごいヤツなんだ。あの国家をあげた治水事業、あいつのアイディアだ。それに、獣族対策の外壁もあいつが考えたものだし、武闘会でマルクを圧倒してたな」

「マルクって、あの第二王子を!?」


 他のは良く分からなかったけど、あの第二王子を圧倒した……?


「マジカが使えないってのは、ウソだったの?」

「本当だと思うよ。あいつは、そんなハンデをものともしない力があるんだよ」




 最近は、村に行って、部屋に引きこもって、を、1日おきに繰り返している。

 ただヒマだからやっているわけでも、村人に褒められたいからやっているわけでもない。

 それくらいのことは分かってきた。


「あんた、なんでそんなに一生懸命なの?」


 変な顔をされた。

 なにか変な質問だったろうか。


「そうか、知らないもんな」


 ちょっと来いよ、と軽く言われたのが何様だよと思ってちょっと腹が立ったけど、ついていくことにした。

 

 たどり着いたところは、飢えた村だった。

 畑も家もボロボロだし、死体が転がっている。

 死体は別に見慣れている。戦争には一度、出兵されているから。


「こういう貧しい村を救いたいんだ」

と、こいつは答えた。


 また変なことを言ってる。


「救うなんて変よ。この村は、村としての仕事を果たさなかったんだから、こうなっただけ。あたしたちの仕事じゃない」


 あたしは何も間違ったことは言っていない。

 あたしたちだって、戦争に行って、弱ければ死ぬんだ。

 だから、あたしは間違っていない。


 でも、あたしがそう答えたときのあいつの顔、今でもはっきり覚えている。

 がっかりしたような、怒っているような、哀れんだような、さげすんでいるような。


 今までどんなケンカしてきたって、そんな目、しなかったじゃない……、…。




「俺はあいつの気持ち、分かるなぁ」


 そうリアム王子に言われて、なんだか自分を否定されたような気がした。


「例えば、君の父上が飢えで苦しんでいたとして、君は必死に食べ物を探すだろう?」

「それはそうだけど……、でも……、民は民だから」


「アマリリスの言うことは間違ってないよ。そういうふうに割り切らなくちゃいけない。僕らは、特にね。だから、ジャンがどんなにすごくても人の上に立てない」


 あいつに人の上に立つ器も力もないと思うのだけど、リアム王子が思いつめたような表情をしたから、何も言えなかった。




 第四王女のところに行った。

 あいつが第四王女に頼んで作らせたらしい、おののようなものは、クワというらしい。


 そのクワを前に、あいつは第四王女に、さらに命令をしている。

 なんで王女を奴隷のように使っているのだろう。

 腹が立ったので、あいつを足払いした。

 第四王女は目を白黒させながら、あいつを介抱しようとした。


「なんで、あんなヤツの命令なんかを受けているの?」


 あいつと口論になって、負かして、あいつがふてくされながらクワをいじっている最中、第四王女にそう尋ねてみた。

 第四王女が、王女らしい品格と礼儀で接しているというのに、あいつはまったく応えるそぶりもないどころか、まるで奴隷に接する態度だ。

 せっかく淹れてくれたお茶に、感謝すらない。


「あいつの言うことなんか、貴女のような人が聞く必要なんかない」


 第四王女はあたしを見つめた。

 第四王女の瞳は、本当に不思議だ。

 まるであたしを、あたしのまま見てくれているような、そんな不思議な心持ちにしてくれる。

 土足で入り込んでこない。侮蔑ぶべつも悲観も失望も期待も向けてこない。


「……兄様は、私を救い出してくれたから」


 第四王女に恩を売って、そこにつけこんでいるのか。

 そこを詳しく聞きたかったけれど、かたくなに答えようとしなかった。




「第四王女が、愛人との子ども? しかもメイド!?」


 兄であるリアム王子に聞けば分かるだろうと尋ねてみれば、とんでもない事実が出てきた。


「最低」

 思わず、そう言葉がもれた。


「あ、ごめんなさい」

 思わず、片手で口をふさいだ。

 どんなに最低でも、親の侮辱をしてはいけなかった。


「いや、いいんだ。実際そのとおりさ。俺の父親だからって、変に気を遣わないでいいよ」


 リアム王子は落ち着き払ってそう答えた。

 あたしだったら、父様が侮辱されたら決闘を申し込む。


「実の父親だからと言って、無条件に崇めることもない。父であっても、愚王は愚王だ」


 思いがけない言葉に驚いた。

 自分の父親を、この国の現王を、はっきりと愚王と言い切った。

 言葉が柔らかく、発言に気をつかう、あのリアム王子が……。




 東塔の地下へ向かう。

 今日は一人だ。

 監視対象を放っておいて、あたしはなぜ、こんなところに来たのだろう。

 第四王女に会って、どうするというのだろう。

 いや、王女という呼び方は正しくない。

 民との子なんて、雑種だ。汚れている。

 なぜあたしは、知らなかったとはいえ、あんなに心を許していたのだろう。

 一番不可解なのは、

 そのことが分かった今でも、なぜ、またここに来てしまったんだろう。


 何か後ろめたいような、なんだかモヤモヤした気持ちのまま、扉をこっそり開けた。

 そんなモヤモヤは吹き飛んだ。


「ドラゴン!?」

 後ろに下がって、剣をぬいた。


 ……すぐ、恥ずかしくなった。


「銅像?」


 まぎれもなく、銅像だった。

 本物より全然小さいし、生き物ですらないし、青銀色なではなく銅色一色。

 本物ではないことくらい、すぐ分かりそうなものだ。


 でもそれを越えた迫力が、この銅像にはある。


 圧倒される。


 筋肉の付き方の生々しさ。

 爪の鋭さ。

 ウロコの開き方。

 眼光。

 息遣いすら感じられる。


「……どうかされましたか?」


 頬を汚した第四王女が尋ねた。

 平べったい鉄の棒を握りしめている。


「この銅像は何? どうして貴女はこんなものを作れるの?」


 あたしは、こんなことを聞きにきたのではない。

 それでも、聞かずにはいられなかった。


「兄様が、教えてくださいました」


 第四王女はそう微笑んだ。

 彼女の微笑みを初めて見た。


「あいつが……、そう……。ずっと金属いじってると思ってたけど、誰にでも一芸は持っているものね」


 第四王女は首を振りながら、

「それだけではありません。兄様は、生きる価値のない私に、生きる意味を教えてくださいました」




「アマリリス、今日も出かけるけど来るか?」


 いつもは聞かないくせに、どうしたんだろう。


「行くわよ。護衛なんだから当然でしょ。で、どこ行くの?」

「村」


 着くと、なんだか火を囲んで、村人がおどっていた。


「俺たちも踊ろうぜ!」

「え、踊らないわよ……」


 正直、なんだか怖い。

 踊りもへたくそでバラバラで、にこにこしている。


「今日は焼き芋祭りなんだよ。いいから、一回踊ってみろって」


 昨日のこともあるし、まあ少しはこいつの言う通りにしてみるかな。


 踊ってみたら、楽しかった。

 何も気にせずに踊るのに戸惑ったのは最初だけで、なんだか気にしないで踊ることがこんなに解放的だとは思わなかった。


 焼いた芋もおいしかった。

 焼いただけの芋なのに。




「父様が、必要以上に第三王子にこだわる理由が分かりました」


 父様にそう言うと、父様はこちらを向いた。


「どう分かったのだ?」

「あいつ……いえ、第三王子は、弱き者のそばに立ち、ともに考え、救おうとしています。そこに」

「いや、違うな」

 父様はあたしの言葉を遮った。

 そして、こう言った。

「第三王子は、国家を裏切ろうとしている。弱き民をそそのかし、あおり、一揆いっきに向かわせようとしている。絶対に、あいつに心を許すな」




 気が付いたら、季節が五回めぐっていた。


 あいつは変わらずに無駄な努力を続けたし、意味不明なことを言っていた。

 でもそれは、自分の栄誉や報奨ほうしょうや権力なんかのためじゃなくて、常に民のために行動しているってことは分かってきた。


 とうてい理解できないけど、ただのバカじゃないってことは認めてあげてもいい。

 だからこそ、無駄なことはやめてほしかった。

 無駄なこと、で済めばいい。



 なんでこの国を裏切ろうとしているの?

 なんでやめてくれなかったの?



 

「あんたは五年間、ムダなことをしていたのよ。何回も言っても聞かないんだから。最終警告もしたはずよ。だから__」

「そうだな、アマリリスは悪くない。俺がわがままを通したからだ」


 なんで、あたしをかばうようなことを言っているのよ。

 あんたのそういうところ、本当に大嫌い。


「アマリリス、ごめんな」

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