第23話「当日を迎えました」
小学の遠足で見学した、国会議事堂を思い出す。
残念ながら議会が行われている部屋までは入れなかったが、通路やロビーのようなところを見学することができた。
白と黒のチェック柄の床、通路に敷かれた真っ赤な絨毯。
大理石でできているとガイドが説明していた。
大理石がどういうものか知らなかったけど、大理石という言葉の響きだけで高価そうでびびったし、赤い絨毯を歩くのも気後れした。
ふと地面ばかり気を取られていることに気づいて、顔をあげた。
壁には深く掘られた良くわからない模様があり、窓はステンドグラスだった。
さらに視線を上げていくと、天窓から光が降り注いでいた。
それがとても格式高く思え、なんとも自分が場違いなような気がしたもんだ。
それ比べてなんと、暗く、じめじめとした議会室なのだろう。
別に造りが悪いわけではない。
むしろ、貴族好みにごてごてに装飾されている。
やたら威厳のある石像もあれば、壁には立派な彫刻もある。
ただ、夏の雨の日に電気をつけない教室のような、蒸し暑く、暗澹とした、行き場のない空気が充満しているような、この雰囲気はどこからやってくるのだろうか。
それに加え、いつもは騒がしさと酒の匂いで満たされていて、まるで映画に出てくるスラム街の酒場のようだ。
でも今日は、何やら違う。
不気味なほどに静まりかえり、こちらを窺い見るような視線だけがある。
じじいから情報は流れているのだろうか。
なにせ直々に俺を殺しにくるぐらいの警戒度だからな。
全員が敵ぐらいに思っておいたほうがいいのかもしれない。
アマリリスと第一王子は先に座っているのが見えた。
……気まずい。
2人の思いを踏みにじったようなもんだからな……。
アマリリスは俺の逆方向を見ている。
首が真後ろを向きすぎてて不自然。
申し訳ない。
申し訳ないが、今回ばかりは譲れない。
「よお、ジャン。なんだか今日はツラ構えが違うな」
第一王子はいつものようなセリフだけど、何か溝を感じてしまうのは俺が気にしすぎているだけなのだろうか。
「いつも通りです」
何もないような顔をして答えたつもりだが、やはりいつもと違う表情を俺はしているのだろうか。
「国会の開会を宣言する」
国会が始まった。
執政官が今日の議題をよみあげようとした。
「待ってくれ」
パトリックが手を挙げた。
「本日は俺から議題がある」
周囲がざわついた。
パトリックがこちら側についたという情報は伝わっていないのか?
「なんだ?」
執政官が尋ねる。
パトリックなら、ちゃんと聞くのね。
俺のことは無視するくせに。
「不信任案を提出する」
会場が静かになった。
会場中がパトリックの言葉を飲み込めていないような感じだ。
「不信任案……? 何だそれは?」
静けさのあと、執政官がそう口を開いた。
「議会を解散しろ。そして次の政権に委ねろ」
パトリックの言葉に、執政官の表情が固まった。
「何を言っている! 気が触れたか?」
数秒遅れでそう言った。
周囲はざわめていている。
今、パトリックが反乱の意を示した。
現状、実力ナンバーワンかつバランの肝いりがだ。
「パトリック、それは何の遊びかね?」
バランが口を開いた。
「地位を与えた恩を忘れたわけではあるまいね」
パトリックはバランのほうを向いた。
「恩? ギブアンドテイクのつもりだったが」
「後悔するぞ。今なら許してやろう」
「貴様に許してもらういわれはない」
「賛成」
俺は立ち上がり、声を張り上げた。
「私も賛成だ」
声が聞こえた。
ここで誰かが立ち上がるとは思っていなかった。
第一王子もアマリリスも俺に反対しているし、現に2人とも動いていない。
だから誰だか分からなかった。
でも声は聞き覚えがあった。
声のほうを追った。
「王!」
王が起立していた。
打ち合わせも何もしていない。
俺が何をしようとしているか知らないだろう。
それでも立っていた。
立ってくれた。
「なるほど。愚かな王と変わり者王子の差し金ですか。こいつは
バランは笑った。
「ただ残念なことに、賛成は二人しかいないようだ。かわいそうに。よっぽど他の王族の方に嫌われているようだ。実の息子にも。滑稽滑稽」
第一王子は立っていない。
アマリリスも。アマリリスの父親、つまり伯父も。
もちろんだか、こうなると想像していた。
伯父は、王族の権威が失墜した原因である父親のことをよく思っていないだろうし、第一王子とアマリリスの思いに反することをしているわけだから。
でも気になるのは、三人とも驚きも怒りの表情もなく、淡々とした表情をしているということだ。
まるでこのことを知っていたかのように。
「パトリック。その二人と何をやろうというのです。おままごとですか?」
笑いが起きた。
周囲のざわつきが収まってしまった。
「二人ではありません。民がいます」
「民? 民がどうかしたのですか?」
「多くの民が、あなたたちの政策に反対している。あなたたちがしていることは、民の未来を奪うことだ。これ以上の困窮は民の命を奪う」
「我々がいなければ生きてもいけない民が、我々に意見するとは、片腹痛い」
「逆です。我々は、民がいなければ生きていけない。民に生かされてる」
「そうやって民に寄り添うようなそぶりを見せて、愚かな民をそそのかしたのでしょう。おお、おお愚かということは、なんともかわいそうなことか。こんな王子にそそのかされるとは」
じじいの笑い声が響いた。
それにつられて、貴族たちの笑いも大きくなる。
気持ちが悪い。
「はっはっはははははー」
俺も笑ってみた。
全然おもしろくもなんともないけど。
でもおかげで煩わしい笑い声が止まった。
なんだこいつ、頭だいじょうぶか的な視線が降り注ぐ。
「いや、失礼しました。あまりに皆さんが楽観的過ぎるので」
俺の言葉がよくわからなってない顔をしているので、さらに言葉を補足する。
「民が来ていますよ」
「どこに?」
「城外に集まっています」
「そうですか。それにしてはやけに静かですね。軍からの報告もない」
言われてみればそうだ。
ちょっと時間がかかっているのだろうか。
「そのうち来ます」
「来ないわよ」
俺の言葉にかぶせるように、アマリリスがそういった。
アマリリスにしては珍しい、抑揚のない感情のこもっていない声だった
とても冷たく感じる。
「どういうこと?」
「太陽が真上に来ても、村人は来ないって言ってるの」
「……知ってたのか」
「あんた、身内に手の内を見せ過ぎよ。昨日はさすがに一人で行ったみたいだけど。あんたが村人に日時に伝えたあと、ゆっくり回らせてもらったわ。中止になったと伝えながらね」
アマリリスは声の調子を変えずに淡々と言う。
ショックだ。
アマリリスが俺を反対しているのは分かっていた。
ここまで俺を裏切るなんて。
「民を介入して一揆を起こそうだなんて、正直驚きましたよ。
じじいのお褒めの言葉。
けれど、アマリリスは無表情のままだ。
こちらが本当のアマリリスなんだろうか。
「さて、ジャン王子。民を
じじいがニタっと笑った。
「今回は予想以上の結果です。何せ、王も釣れたのですから。民にとっては最高権力者であり、この国の象徴である王と、この件の発起人である貴方が厳罰に処されるのを見れば、民はもう愚かなマネをしようとはしないでしょう。それどころか、奉公精神が向上してくれるでしょうね。これからが楽しみです」
「娘よ、よくやった!」
ヒゲ面でガタイのよい伯父が立ち上がった。
「兄上よ。私情を挟み過ぎたな。その出来損ないのために命を落とすはめになるとは!」
王は言葉を発さず、表情も変えない。
内心、後悔しているのだろうか。
俺なんかを信じてしまったことに。
「あんたは五年間、ムダなことをしていたのよ。何回も言っても聞かないんだから。最終警告もしたはずよ。だから__」
アマリリスの手が少し震えているのが見えた。
自責の念を感じてしまっているのだろうか。
「そうだな、アマリリスは悪くない。俺がわがままを通したからだ」
私の言うことを聞かないからだザマーミロくらいに思ってもいいのに。
いいヤツだな、ほんと。
「アマリリス、ごめんな」
俺はそう呟いた。
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