第25話「ターンが回ってきました」

 普通の生活っていうのに、ずっと憧れていた。


 親があんなんだったからね。

 親も悪いし、偉そうなこと言うだけで何も助けてくれない先生も、お金をいっぱいとって行く役所の人間も敵に思えた。


 政治や国のことなんてあんまり考えなかったし、路上で○○が悪いという演説を聞けば、朝からうるさいな、としか思わない。

 ただなんとなく、今の現状が、全部他人のせいに思えていた。


 この世界にきて思うことがある。

 今まで住んでいた世界は、決してクソみたいな世界ではなかったと。

 何十億という人たちが幸せになるために、探していたんだ。折り合いをつけて。

 



 足音が聞こえる。

 兵の行進のようにまとまっているわけでもなく、てんでバラバラで、でもしっかり地に足をつけてる。


 一人一人の足音なんて小さいはずなのに、城外にいるはずのみんなの足音がよく聞こえる。

 いっぱい、集まってくれたんだ。

 嬉しいね。


「どうして?」

 アマリリスが、この音が足音で、だれの足音かも分かっている。


「知ってたんだよ」


 短くそう答えた。

 それだけでも、十分に通じたのだろう。

 アマリリスは、肩を落として、放心した顔をして、

「そう」

とだけ答えた。


 あらかじめ、伝えておいた。


 誰かが、この作戦の変更を伝えてくるかもしれない。

 でも、俺以外の言葉は信じないで欲しい。

 聞いたふりして、その場をやり過ごしてくれ。

 作戦は明日、決行する。


 って。


 偽の伝者は、アマリリスだった。


 本当は今も半信半疑だ。

 いや、信じたくないと言ったほうが正しいか。

 じじい達に襲撃されたとき、先生は内通者がいる可能性があると言っていた。

 パトリック、アマリリス、メアリ、アリス、先生。


「最後の最後まで、止められなかった」


 アマリリスはうつむきながら、そう言った。

 顔の陰影と角度で、表情が読み取れない。


「やってくれましたね」


 苛立ちながら、じじいがそう口を開いた。


「民を巻き込んで……、これで国の生産力が落ちることが確定してしまった」


 民を武力で制圧するということか。

 民を、生産力としか見ていない。

 腹が立つ。


「哀れな……。無能な民が集まって、何の夢を見てしまったのか」

 じじいが、そう言葉を続けた。


「無能だと、なぜ見下す。同じ人間だろ?」


 俺の言葉に、バランはこちらを向いた。

 哀れむように。


「もっとも愚かな質問のひとつですね。貴方の教育係は何を教えていたのでしょうかねえ。どの種族でも、優劣は存在するのです。弱き者は死に、強き者が生き残る。そうして種は繁栄するのですよ」


「その優劣は、あんたが決めていることじゃないか」


「管理する“我々”が判断する必要があるんです。剪定せんていですよ。み枝を野放しにしておけば、樹木全体が悪い影響を受ける。我らが管理しているから民は生きていけるのです。それを分からない身の程知らずをきつけて、ここまで国家を揺るがした。貴方は国家反逆罪だ」


「民を身の程知らずと言いますか。その言葉、そのまま返しますよ。あんたこそ身の程知らずだ。自分の価値観で民を見下し、養われているのに感謝もない。お互いに役割を果たし、助け合って生きている。それを身勝手みがって搾取さくしゅし、バランスを壊し、国家を壊そうとしている。俺に言わせれば、あんたこそ国家反逆罪だ!」


「現実感のない薄っぺらい言葉だ。どんなに民にとって耳障みみざわりのいい言葉を並べても、人が増えすぎれば、資源を失い、皆が死ぬ。強き者がさかえ、弱き者が淘汰とうたされるのは、この世のことわりです。貴方は秩序ちつじょあらがい、弱き自分が生き残るために民を巻き込んでいるに過ぎない」


 扉から騎士が何人も現れ、じじいを囲みつつ、剣を抜いて俺に向けた。

 無駄に広い議事堂も、この人数ではさすがに手狭だ。

 後ろも完全に包囲されているな。


 ん、そうか。

 その中には、アマリリスもいるのね……、…。


 第一王子はどうだろうかと思って、見る。

 変わらず、席に座ったまま俺を見ていた。

 他の貴族と同様に、静観することにしたようだ。


 その目は、哀れんでいるようにも見えるし、呆れているようにも見える。


 しょうがないよな。


 寂しいけど、恨む気持ちも裏切られたという気持ちもない。

 敵対しないだけ感謝しないとな。


「弱き者である俺を殺すつもりですか」


「もうこの場を収めるには、民を鎮圧ちんあつし、国家反逆罪である貴方の首をさらすかしかありません。ここまでにしてしまった事態、貴方の命をもってつぐなっていただくことにしましょう」


 じじいがそう言って、手をあげた。

 その瞬間、目の前で火花が散った。

 火花のあとに交差した剣と、人影が2つ。

 パトリックと、位の高そうな騎士だった。


「パトリック。残念です。これで貴方も断罪しなければならなくなった」

 じじいは大げさに首を振った。


「結局、血には抗えないということですねえ。勉強になりましたよ。父君の愚かさを引き継がないことを期待したのですがねえ」


 じじいは再び手をあげた。


「国家反逆罪として、ジャン=ジャック・ド・アトランス、パトリック・デモール、それらの首謀者である国王、オーウェン・ド・アトランスを告訴こくそし、厳罰げんばつ希求ききゅうする。賛成の者は起立を願う」


 王が首謀者になっちゃってる。

 それに、パトリックが剣を抜いたのは相手が襲ってきたからだし、相手にキズひとつ負わせていないのだけれども。


「全会一致をもって、両3名を厳罰に処することに決定する」


 一応、ちゃんと手順を踏んでくるのね。

 わざわざパトリック相手に一人だけ向かわせたのは、パトリックを処刑対象だと公に認めさせるためか。


 この中に潜んでいるかもしれない俺の回し者に対して、パトリックを敵にしても問題ないということを示し、牽制けんせいする意味があるのだろう。


 そんなことより、全会一致ということは、第一王子も立ったということか……。

 第一王子が立った姿を見たくないな……、…。


 さて、これで相手の手札の切り方が見えてきた。


 処刑の名のもと、これらの兵力+αを持って俺ら3人を殺す。

 そのあと、俺らの死体を民の前にさらし、戦意を喪失させる。

 

 民は生産力であるという考えは、じじいにもあるみたいなので、民を無闇には殺さないだろう。

 見せしめに何人か殺すにしても、俺ら3人の死体を見せてからのほうが効率が良い。

 だから、民に被害は及ばないだろう。

 というのは楽観過ぎるか。


 民を人質に取るかもしれないし、空気を読まない兵が勝手に民相手に戦闘を仕掛けてしまうかもしれない。

 先生たちがいるからと言って安心はできない。


 落ち着け。考えすぎるな。

 俺は俺の最善を尽くすしかない。


「まるで自分が国家であるかのような振る舞いですね。自分に反逆すれば、国家反逆罪、ですか」


 対話。

 前世では、平和に物事を解決する手段として対話が用いられてきた。

 それが実際に戦争に変わる手段となり得ていたのかは分からないが、何も力を持たない俺に残された道はこれしかない。


「僕が国家反逆罪ということであれば、それで構いません。しかし、まだ議決されていない議題があります。不信任案です。不信任案の決議がなされた後なら、甘んじて罰を受けましょう」


 今さら何を言っているんだ、という空気が流れる。

 さっきの議決が全会一致ということは、不信任案なんか誰も賛同する者なんかいないだろう、と。


 まあ、その通りだよね。

 でもまだ、こちらのカードを切っていないんだ。


「悪あがきもはなはだしいですが、それで禍根なくあきらめがつくというのなら、良いでしょう。やってみなさい」


 じじいの言質をいただいたので、合図を送る。

 合図といっても、次に来る衝撃に備えて、耳をふさぎ、かがんだだけだけど。

 なぜ座り込むのかと、じじいはいぶかしげな表情を見せた。


 議事堂奥の壁が、土ぼこりをたてて崩れ去った。

 ほこりが部屋中に充満する。

 何事だとわめく声と、き込む音が響く。


 議事堂の壁は、他の建築物と同様に土作りになっている。

 ということは、土魔術でなんとかなる。


 モイと治水事業でお世話になった土魔術を使える人たちに頼んで、壁を崩してもらった。

 モイ達を警護にバレないようにするのが問題だったが、トンネル造ればいいじゃんと思った。

 マジカでトンネル造るのも楽勝だった。

 モイはしきり感心していたが、なぜ今までこの発想がなかったのか不思議だ。


 トンネルを掘ったのは、モイたちをバレずに移動させるためだけではない。

 むしろそれは副産物で、メインは違う。

 それは、


「獣族だ! 獣がいるぞ!」

「この数は!? なぜこんなに侵入を許した!」


 まだホコリが視界を白くさせているが、どうやら客人に気づいたようだ。

 

 さあ、一集落分の獣族の登場です。


 ここからずっと俺のターン。

 になるといいな。

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