第3話「役人が来ました」

 シリス村に向かうために城門をくぐる。

 馬にプラウとアリスを乗せた台車を引きながら。

 城門をくぐるときに、門番にいちいち聞かれることもなくなった。


「また農村にでかけるよ、ヒマでうらやましい限りだよまったく」

 そんな感じの愚痴がたまに聞こえるけど。


 そういえば、俺は馬に乗っている。


 前世で、あと3か月で車が乗れる(免許がとれるとは言ってない)と指折り誕生日を待ち望んでから12年。


 今や、愛車は馬だ。

 正真正銘の1馬力。

 見た目もそこらへんの車よりクールだ。


 車か。

 免許取る金すらなかったのに、車を何にするかやたら考えてたな。

 車に乗りたかった……。


 まさか馬を乗りこなす日々がやってこようとは。

 そして生涯、車に乗る日が来ることはなさそうだ。

 ランボルギーニ……。


 いや、前世だって無理なのはわかっている。

 たぶん五生分くらい働いたって払えない。

 でも可能性がゼロじゃないだけ夢見れるじゃん?


 でも馬に乗るのが嫌なわけじゃない。

 むしろ好きだ。


 地面を蹴っている感覚、風をかき分けていく疾走感。

 何より、こいつ(ディープインパクトと命名)が従順でなかなかにかわいい。


 車に乗るより、馬に乗るほうが向いているのかもしれない。

 車に乗ったことないけど。


 

 門を出て少し走ったあと、後ろから別の馬が迫る音が聞こえた。

 振り向くと、アマリリスだった。

 アマリリスは俺の横に並ぶと手綱を引き、馬がいなないて止まった。


「もう来ないかと思ったよ」

 予想していなかった出現に驚いて俺がそう言うと、

「護衛なんだから、城外に出るときはついてなきゃダメでしょ」

ぷいっという擬音語が似合う感じで顔を背ける。


「護衛、やめたかと思った」

「そんなこと言ってない」

「懲りないね」

「アンタほどじゃない」

「そうだな」


 笑った。

 アマリリスは、何がおかしいのか全然わかんないんだけど!と言って、後ろに下がり台車の背後についてくれた。

 俺はそれがおかしくて、また笑った。



 シリス村に着いた。

 モイのところに行くと、担いでいたおけを降ろして近づいてきた。

 運び途中だったろうに、わざわざ降ろさなくていいのに。


「今日は何しにきたんだ?」

 セリフだけ聞くと、今日は何しに来たんだ(もう来るなよ)という感じに聞こえなくもないが、ただのモイの単刀直入の質問だ。


「今日はこれを試しに来ました」

 そう言って荷台にあるプラウを見せる。

「なんだ、これは」

「これを畑に置いて引けば、簡単に畑を耕せます」

「わかった」

 

 モイはプラウを両手で持ち上げて畑に置いた。

 割と普通に持ち上げられるのか。マジカ怖い。

 それでも片手で軽く持ち上げたアリスには及ばないが。


 モイはプラウを地面に置き、片手で引っ張り出した。

 人力車みたいに体で押して引くのをイメージしていたのだが、力があるって便利だなぁ。

 これならわざわざ家畜に引かせる必要も無い。


「……これで終わりか?」

 モイは数メートル引いてから、そう聞いてきた。

 思ったよりも地面が削れているが、ムラがあるな。

 地面が固いせいかなんなのか。


 それでも何度かやれば、いい感じになるだろう。

 うろ覚えで作ったわりには良くできてる。

 それなりに試作したけど。


「どうですか?」

「……、何がいいのか良くわからないな」

 何がいいのか分からない……。

 包み隠さないストレートな意見でわかりやすくて助かるが、心にくるものがあるな……。


「こんなの、マジカでやったほうが早いじゃない」

 アマリリスにそう言われて気づいた。

 目の前が暗くなり、雷鳴がとどろいたような気すらした。


 土魔術で簡単に耕せるじゃん……!


 農作物を植えたあとに土を耕すのに、この国でもクワは有用だ。

 土魔術では、農作物を傷つけずに耕すのは相当な高レベルになるからだ。


 でも、農作物が無い状態では遠慮なく土魔術が使える。

 つまり、プラウはいらない。


「わい、アホやってん……」

 崩れ落ちた。


 この世界に来て、何年経ってんだよ俺……。

 ぐうの音も出ないほどアホだ。

 この数週間をムダにしたわ……。


「ワイアホ? 何言っているか分かんないけど、あんたの浅知恵じゃこの程度ってことよ。これで良く分かったでしょ。こんなところで遊んでいるヒマがあったら」

 アマリリスのありがたいお言葉が途中で止まった。


「何よ」

 アマリリスがドスのきいた声でそう言ったので、顔をあげた。

 アリスがアマリリスの肩をつかんでいた。


 すごい形相で。

 ど、どうしたんだろう。

 アリスさん、目、据わってますよ?


 今この状況ですが、ここで簡単に2人の関係をお話ししましょう。


 まずはアマリリスサイド。

 アリスを俺の奴隷だと思っている。

 身分をわきまえない無礼者で、言葉が話せないから王族の奴隷にふさわしくないという発言を繰り返している。


 そしてアリスサイド。

 アマリリスを俺がやろうとすることなすこと、けちょんけちょんに貶める悪者だと思っている。(推測)


 そんな感じなので、2人の仲がいいわけがありません。ええ。

 おまけに、アマリリスは王族のくせに文字が読めない。

 この国の識字率は高くないので、貴族や王族であっても文字を読めない人は多い。

 そんな国だから、ただでさえ脳筋のアマリリスが文字をたしなもうなどと思う機会はなく。


 火文字がわからないので、アリスと会話ができない。

 まあ、いろいろと無理だよね……。

 以上、説明終わり。


 そして今、奴隷のアリスが王族のアマリリスの肩をつかんでしまっている。

 わあおって感じ。

 奴隷が貴族や王族に触れるってだけでも、この世界ではまずいのに。

 ただでさえ沸点低いアマリリスは、もう歩くケトルですよ。瞬間湯沸かし器ですよ。


「その汚い手を離しなさいよ……」

 アマリリスがアリスの手を払おうとするが、離れない。

 アリスが怒ってる。

 な、なんでこんなに怒っているんだろうか?


「わかった…。一度アンタには身の程をわきまえさせたほうがいいみたいね……」

「………」


「ストップ! なんでこんな雰囲気になっちゃてんの!? ケンカいくない! 両成敗!」

 慌てると言葉がおかしくなる俺のクセは未だに健在だな!


「アンタは黙ってなさいよ!」

 アマリリスがそう吐き捨てる。

 アリスは反応すらしないでアマリリスをにらみ続ける。


 アマリリスは剣を抜く。

 アリスはそれを見た瞬間、手を離して火を灯す。

 灯すっていうレベルじゃなかった。


 炎が立ち上っていた。

 アリスが両手を広げ、手のひらから炎が立ち上っている。

 もはや神秘的だった。

 世紀末に出てきそう。


 アマリリスは一瞬たじろいだように見えたが、剣を構えた。

 マジでやるの、これ。

 無理だろこれ。


 どっちが勝っても死人が出そう。

 止めなきゃ、しゃれにならん!

 先生! 先生なんで今日来てないの!?


 アリスの立ち上った炎が縮んで、色を変えていく。

 バレーボールほどに集約された青白い炎の球体に変わった。

 俺が教えたバーナーの炎じゃん。

 アリスったら、すっかりモノにしちゃってもう……。

 ……。こりゃ、やべえな……。


 アマリリスは大きく息を吸い込んだあと、姿を消した。

 早い!

 なんちゃって騎士だと思っていたが、あの早さは第二王子にひけをとらない。


 アマリリスがアリスの目の前に姿を現した。

 と思ったら、すでにアリスの足先がアマリリスのアゴにヒットしていた。

 アマリリスが宙を舞う。

 すごい……。

 アリス最強説。


 アリスが炎をたたき込もうとしている。

 気を取り戻したアマリリスが防御をするが、あの炎を受け流すことなんてできるのか?

 無理だろ!


 そう思って飛び込む覚悟をしたら、地面が揺れた。

 目の前で、2人が土に飲み込まれていく。

 アマリリスが跳躍して脱出しようとするが、土の手が地面から伸びて引きずり込まれた。

 2人とも最後まで這い出ようとあがいていたが、あっという間に首まで埋まった。


「ケンカは他所よそでやれ」

 そう静かに言い放ったのはモイだった。

 モイさんって強かったんすね。


 今まで生意気言っちゃってすみませんでした。

 でも他所でもケンカしてもらうと困るんですが……。


「モイさん、ありがとうございました。助かりました」

「たまたまだ」

「え?」

「土は火に有利だ。それに俺に注意が向いていなかったからできた。正面からやったら俺は死ぬだろう」

 で、ですよねー……。



「どうしたのアリス。なんでケンカなんてしたの」

 出しなさいよ!と叫ぶアマリリスをよそに、アリスに話しかける。

 アマリリスが第二王子でなくて良かった。

 第二王子だったら、肩をつかまれた瞬間斬ってた。


 アリスはバツの悪そうな顔をして目を伏せる。

 ああ、これじゃしゃべれないよな、と思い直して、モイにアリスだけ出してもらった。

 地面からアリスを引っ張りあげる。


 アリスは立ち上がっても、しばらく手をもじもじさせて、視線を手と俺を交互に行き来させていた。

 アリスは右手で俺を指さす。

 俺? 俺、なんかやったっけ?

 アリスはさらに左手を差し出して、

『がんばってた』

 そう火文字を作った。


 俺が、がんばってた?

 まあ、いつも俺はがんばっている、とは思う。そこそこ。

 それがどうかしたのだろうか。


 アリスが怒る前のことを考えてみたら、アマリリスの言動しかない。

 そうか。

 これ(プラウ)を作るまでの過程を見ているから、それをアマリリスに侮辱されたことに腹を立てたのか。

 俺のために怒ってくれたってことか。

 そうだとしたら、ちょっと嬉しいね。


「モイさん。アリスをもう一回埋めてください」

「わかった」

 え?なんで?って顔をしながら再び埋まるアリス。

 また首だけになったアリスに話しかける。


「アリスの力は、もう人を傷つけられるパワーがある。それをむやみに使ってはいけない。それが俺のためでもね」

 アリスは驚いていた顔をしゅんとさせ、頷いてくれた。



 最近のアリスはおとなしいけど、初対面で俺を殺そうとしたり、突き飛ばしたりしたし、けっこう激情タイプなんだよな。

 この2人、意外と似た者同士なのかもしれない。

 同族嫌悪ってやつか。


 いや、別にこの2人が特別ってわけじゃない。

 この国の人は、マジカが万能なせいか、すぐマジカで解決したがる。

 郷に入れば郷に従えで、俺がその価値観に従うべきなのかもしれないが、それが正しいとは思えないんだよな。

 俺の価値観を頑固に押し通しているだけなのかもしれないが……。


 そういえば、この国はマジカ――いや武力と言い換えてもいい――によって支配されているんだよな。

 この国の成り立ちから言ってそうなのだが、依然貴族が高い地位を誇っているのも農民たちが逆らえないほどの圧倒的な武力を有しているからだ。


 そう考えると改めて感じる、マジカが使えない俺の無価値さ。

 貴族に反発しちゃってるのも、農民の味方気取りなのも、俺が弱者だからなんかね。


「何をやっておる!」

 声がするほうを振り向くと、役人だった。

 後ろには何人もの護衛をつけて、馬に乗って高いところから見下ろしていらっしゃる。


 身に着けている鎧には、立派な鳥が彫られている。

 あのきめ細やかさはメアリ作かもしれない。

 だとしたら、そこらへんの役人ではなく高貴族レベルのお役人様か。


「子どものケンカを止めただけだ」

 モイが役人にそう答える。

「一揆を扇動しようとしているんじゃないだろうな」

「違う」


「ふん。まあいい。村長を呼んで来い」

 そう言われて何か分かった。

 増税の話だ。


「もうおります。どのようなご用件ですか?」

 村長が2人のケンカを聞きつけて来てくれていたのか、もう来ていた。

「王よりの勅令だ。心して聞くように」

 王からの勅令……。

 王がひとつも望んでいない勅令だな。


「親愛なる民に告ぐ――」

 そんな一文から始まる王の勅令は、俺の想像した通り、1割増税の話だった。

 一通り聞き終えた村長の手は震えていた。

「今よりさらに税を増やすというのですか…!」

「国のためだ」


「我々は限界です。これ以上の負担は耐えられない!」

「前もそう言っていたではないか」

「前回からどれだけ皆に無理をいてきたか!」

「それがお前の仕事ではないか。それよりなんだ。あの鉄の玩具は」

 いきなり話が逸れて、俺のプラウが指さされる。


「農具です」

 代わりに答える。

 役人は俺に目を向けた。


「おお、これはこれは農耕王子」

 面と向かってあだ名を言われる。

 一応、王子扱いされているだけマシか。マシなのか?


「貴重な国の資源を、こんなふうに持ち出されては困りますね」

「勝手に持ち出したことは謝ります」

「あなたも、もう子どもじゃないのですから、王族としての分別をわきまえていただきたい」


 役人はそう言ったあと、後ろの護衛に何かをつぶやいた。

 護衛が馬を降り、プラウを担いだ。


 おかしいと思った。


 プラウが回収されるのはしかたないか、とは思ってた。

 まあ、役に立たないしね。

 ただ、残りの護衛が四方に馬を走らせていった。

 どこに、何しに向かった?

 王からの勅令を伝えるため?


 それになぜか、台車がある。

 プラウを回収するのを、予定されていたみたいじゃないか。


「何をするのですか!」

 村長の声で振り返る。

 護衛は、脱穀機、じょうろ、クワなどを抱えていた。

 どれも俺が自作したものだ。

 たしかに鉄を使っているが、あれが回収されたら農作業の効率は落ちる。


「待ってください! プラウだけならまだしも、他を回収するのはやめてください! 増税のきっかけになった収穫高もあの農具によるものです。国の税収のためにも必要なものです!」

 あわてて、役人にそう訴えかける。

 役人は、やれやれという目で俺を見つめた。


「貴方も王族なら学んでください。農民から“武器”を奪うのも我々の仕事です。農民に過ぎたる力を持たせれば、余計なことを考える。農民には余計なことを考えさせぬようにして農業にまい進させるべきなのです」


 民たちをあるべき方向に導くことは、神から与えられた我々の大切な使命なのですよ。

 役人はそう言った。

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