第4話「1から始めます」

「ということがありました」

 先生に報告のような相談のような、農村であった役人たちの暴挙を話す。


 アリスは隣で「そうなんですよ!」という顔をしてうなづいている。

 先生はカップに入れられた何らかのお茶をかき回しながら、俺の話を聞いていた。

 先生の住居は相変わらず木の上にあって、草の香りを漂わしている。


「ただ増税を突きつけるのではなく、先手を打ったわけですね」

「反乱を起こさせないためにはその施策もありなんでしょうが、収穫高があがらなければ元も子もありません。あまりに愚策ですよ、これは!」

 怒りのあまりに、真っ先に死にそうな軍隊長のようなセリフになってしまっている。


「ええ。殿下の努力が実を結んできただけに、残念ですね」

「僕の努力はいいのですが、ギリギリだった生活にやっと少し余裕が出てきたと思ったら、重税と農具没収のダブルパンチですよ。人をなんだと思っているんですかね!」

 しゃべっているうちに余計腹立ってきた。


「殿下、今日はめずらしく熱くなられていますね」

「これで熱くならずにいられませんよ!」


 そう言い放って止まる。

 この話を聞いても感情的にならずに淡々としている先生との温度差に気づいた。

 ここでわめいても何も解決しない。

 それに、こうして相談に乗ってくれている先生に失礼だ。


「だから……、農具に頼らない方法を考えないとダメですね」

 声を落ち着かせて、先生にそう言う。


 俺が腹立てたら終わりだ。

 貴族院はどうでも良くても、この国をどうでもいいとは思えない。

 この問題が解決できるのは、もう俺くらいしかいない。

 俺がしっかりしないと。


「農具に頼らない……、以前に殿下がされていた土の改善がまず頭に浮かびますね」

 先生と話しているときに思い出した紫陽花あじさい


 酸性とアルカリ性で花の色が変わる。

 それである考えが浮かんだ。


 ここで農作物が育ちにくいのは、土に問題があるのではないかと。

 肥料を使えば、ぐっと収穫高はあがるのではないか。


 肥料。

 土に足りない栄養素を追加する目的で作られたものだ。

 前世では小学生でも知っているものだが、この世界にはない。


 驚きだが、しょっちゅう場所を変えて定住しなかった(できなかった)人族にとって、土を変える必要性があまりなかったのかもしれない。

 

「それしかないと思っています。けれど、実用には程遠いですね」

 肥料なんて、そう簡単に作れると思っていた。

 植物を適当に積み上げて腐らせれば腐葉土だしね。


 だけど、この国にはその植物がそもそも少ない。

 他の方法を考えなければいけなかった。


 なら、化学肥料を作ればいいじゃない。


 とはいえ、土に関してはまったくのシロートなので、いろいろと実験をしてみた。

 メアリに手伝ってもらいながら色んな金属粉を混ぜてみたが、あまりうまくいかなかった。

 これについては、まあ想像がついた。


 鉄分が豊富なドリンク剤!と謳われていたとしても、そこに単体の鉄が入っているわけじゃない。

 それでも土がうまく分解してくれて肥やしになると思ったのだが、植物の育ちは悪かった。


 だから、金属化合物を混ぜてみた。

 その中で反応が良かったのが、カルシウム系の化合物だった。


 パックンフラワーを生やすために析出せきしゅつさせたやつと同じものだ。

 けれど、パックンフラワーや一部の植物には良かったものの、主食の穀物や野菜は逆に育ちが悪くなった。


 難しいもんだ。

 農業は奥が深い。

 

 ちなみに実験に関しては、先生があっさり植物生やしてくれるので、短期間でいろいろ試すことができた。

 結論は、馬糞が一番効果的だった。

 次点で鶏糞。


「やはり、馬糞をまくしかありませんね」

「馬のフンをですか……。それでできた作物を食べるというのは、なかなか複雑な気持ちになってしまいますね」


 遠回しに言っているが、排泄物で育った作物を食べるのは抵抗があるということである。

 これがこの世界の通常の反応だ。これに関しては、魔族も人族も同じ。

 アリスも隣で心底嫌そうな顔をしている。


 これが育った文化の違いというヤツか。

 とはいえ、馬のクソで育ったトマトです!と書かれたらさすがの俺でも引くからなぁ。

 有機肥料で育ったトマトです!と書かれたら、同じ意味でも美味しく食べられる不思議。


「それに、普通の農家では馬を飼っていません。家畜として一般的な牛も限られた農家だけです」


 家畜がいないなら、人糞があるじゃない。

 そう言いたくなったが、さすがに言えない。

 本当に一番効果的だったのは、そう、人糞です。


 とはいえ、馬糞でこれだけの反応なんだから、人糞を、だなんて言い出したらドン引きされてしまう。

 特に、この手の話に露骨に拒否反応を示すアリスの前では絶対に言えないな。

 せっかく良好になった関係が、俺の排泄物のことで崩れてしまったら、一生のトラウマになると断言できる。

 

「しかし、先生。背に腹は変えられません。騎士団が所有している馬小屋や、畜産を営んでいる農家から、糞を回収し、天日干しにしてから堆肥化させます。そうすれば臭いもマシになるでしょうし、カルデラ外の肥沃な土を配布するとでも言っておけば喜んで受け取ってくれるしょう」


 たぶんね。

 堆肥化のやり方も良く分かってないし、臭いが抜けるかも分からないし、いろいろと抜けている部分があると思うが、やれることをどんどんやっていくしかない。


「分かりました。糞の回収は私とアリスでやりましょう。殿下は殿下のできることをなさってください」

「いいんですか? 体力的にも精神的にもつらい作業だと思いますよ?」

「それで民の生活が良くなるなら、大したことではありません」


 さすが、先生。話が分かる。

 と思ったが、いつの間にか巻き添えをくっていたアリスは、心底複雑そうな表情を浮かべていた。



「それじゃ、僕は化学肥料の実験を再開します。これは以前のようにメアリと協力してやっていきます」

 有機肥料と化学肥料の両輪でやっていけば、どちらかがダメだったときに持ち直しも効くだろう。

 どちらもダメになるという可能性は高いが。


 前までのように、やみくもに訳の分からない化合物を作って土に埋め込んでもしょうがない。

 今までの結果をちゃんと整理して、きちんと考察し直せば、新しい糸口が見えてくるかもしれない。

 化学肥料で唯一うまくいったカルシウムがなぜ、パックンフラワーに良くて他の植物ではダメだったかも謎のままにしてしまっている。

 

 そんなことを考えている俺を、先生はじっと見つめてきた。


「すみません、つい考え事を」

 俺がそう言うと、先生は首を振った。

「さすが殿下です。他人のために感情を露わにし、それでいて冷静に物事を解決しようとされている。まさしく王の器です」

「そんなたいそうなものじゃありません」


 先生のあいかわらずの持ち上げっぷりに頭をかいてしまう。


「しかし、殿下は既に気づかれていると思いますが、農業を発展させるだけでは根本的な解決にはなりません」

「はい。どんなに農業を発展させていっても、増税されるばかりで民たちの生活はいっこうに良くなっていません。国を変えなければ」


 そう言いかけて、パーティのことが頭をよぎる。

 今の状況を変えなきゃいけないことは分かっているし、原因は貴族院の政治なのは分かっているが、どうしていいのか分からない。

 正直、もう関わりたくないとすら思っている。


 俺は、農村と関わっていたほうが楽しい。

 前世で学んできたことが生かせるし、ものづくりに没頭している時間は嫌なこと全部忘れられる。


 それに対して、あいつらと話すのは苦手だ。


 モイやアリスは素直だから俺がどう話しかけても気にしないし、先生に至っては俺の言うこと為すこと全て好意的に受け止めてくれる。


 それに対して、貴族たちに対してはどう話しかけても煙たがれる。

 普通に話しかけてもアクセサリーや料理の話や下ネタばっかりでよく分からんし、さすがですねー知らなかったですーすごいですねーセンスありますねーそうなんですかーとか言って適当に持ち上げても気持ち悪がられる。


 徹底的に貴族という人種が合わないんだと思う。

 ウィールもアマリリスも貴族寄りだからか、あまり仲がいいとは言えないしな。

 いや、ウィールは農村出身だったっけか。


 つくづく、俺ってば実はコミュ障だったんだなって思う。

 今になって考えてみれば、前世で人間関係が良かったとはいえなかったしな。


 それに、今や王族というだけで鼻つまみものだ。

 コミュニケーションもへったくれもないか。



「国を変えるのは、王や第一王子が動いてくれています。僕は僕にしかできないことをやっていくだけです」

 殿下には殿下にしかできないことを、と先生は言っていたが、それは政治を変えてほしいということなのを知っていて、こんなことを言ってしまっている。


 俺にはできませんと宣言したあげく、他人任せ。

 でも、しょうがないよな?

 俺にできることはやってきた。

 その結果は、あのパーティだ。


「すべてを変えることはできません。少しずつ変えていきます」

 さらにそう付け加える。

 さっきのセリフにあまりにバツの悪さを感じたからだ。

 あまりに空っぽな言葉だ。

 それでも先生は、そうですね、とうなづいてくれた。





 そう、俺にできることはやっているはずだ。


 家に戻る道中で、先生とのやり取りを思い出しながら、そうぼやいてしまう。


 そうだよ、こんなに頑張ってるし。

 しょうがない。

 人間には得手不得手もあれば、できることとできないことがある。

 ここまで頑張ってだめなら、しょうがない。


 ………。


 いや、でも本当にそうなのか?



『成果も出ていないうちに“頑張ってる”なんて、社会じゃ通用しねえんだよ! お前は学生かもしれないけど、金をもらっているならプロだ。お前の努力に金を払ってるんじゃねえ、できた製品に金払ってんだ。ここは学校じゃねえ!』


 ふと、前世のバイト先で工場長に言われた言葉を思い出す。

 だったらもうちょっと給料あげろよ、と心の中で毒づいたが、妙に腑に落ちたのを覚えている。

 成果が出ないんだったら、出るように工夫するのがプロ。


 そうだ。

 俺はこの5年間、ただ飯食って暮らしていたわけじゃない

 

………

……


 月末になった。

 パーティ会場につき、とりあえずドリンクを手に取る。

 あいかわらず、目を覆いたくなるほどの豪華絢爛なパーティ会場だ。

 毎月こんなことやっていたら、そりゃ増税しなきゃ追い付かない。


 前回の執政官のあからさまなパフォーマンスのおかげか、くすくすと小さな笑いが起きている。

 動物園のサルを見ているような目つきだな。

 これだと話しかけても相手にされないだろう。


 あのジジイめ。

 小学生がやるようなイジメを、わざわざ貴族たちの面前でやりやがって。

 俺への釘差しだけじゃなく、俺の人除けという意味もあったんだろう。

 効果はばつぐんなようだな。笑えるほどに。


 アマリリスは来ていない。

 このまま来ないでほしい。

 あいつに、もうみじめな思いさせたくないしな。


 それに、また色々言われるだけだしな。

 懲りないとか、恥ずかしいとか、無駄だとか。


 ………。

 なんだ、まったくその通りじゃないか。

 そう言われても仕方ない。


 このまま成果が出なかったらね。



 化学肥料の実験で気づいたが、俺はダメだった原因をしっかりと追究していなかった。

 これがだめだったからそれ、それがだめだったからあれ、なんてやっていたら、いくつかは当たるかもしれないが、無駄が多すぎる。

 これに気づくまで5年間という月日は長すぎた感は否めないが、5年間の失敗データを積み上げたと思って前向きにとらえようじゃないの。エジソン理論で。


………

……


 工場長にこってり怒られたときに、仕事ができるやつを見習えと言われたので、同じラインにいる班長を観察したことを思い出す。


 その人と自分の違いは、『目的意識の違い』だと言われた。

 なんのことか分からないので見ていると、その人はラインをちょくちょく止めている。

 ラインを止めれば生産数はあがらない。


 今までの俺なら、「やったわ休憩だわ休める」とか思ってスマホを取り出していた。

 よくよく考えると、生産ラインを止めるなんてことは、工場長にとっては良く思わないはずだ。

 ラインを離れた班長は、工場長と談笑しながら帰ってきた。


 すぐにラインは稼働を再開した。

「班長、何の話をしていたんです?」

 手を動かしながら班長に聞いてみる。


「ああ、不良品が出たかと思ってラインを止めただけだ。まあ俺の勘違いで良かったよ」

「え? それって品質管理課の仕事じゃないんですか?」

 それに、勘違いで良かった?

 勘違いでライン止めたら怒られるんじゃ?

 あの怖い工場長が、なぜあんなにニコニコしていたのかが分からない。


「あのな、品質管理課に行って不良品が出たと分かってライン止めるまで、どれくらい不良品が出ると思ってるんだ? 1個の不良品が出たら、原価回収するためにどれくらいの製品を作らないといけないか考えたことあるか?」

「……ないです」

 考えもしなかった。


「俺たちは会社に利益を出すために金をもらってんだから、そのために品質管理課の仕事だなんだなんて言ってられないだろ」

「そうですね……」


「不良品が出てからじゃ遅いし、予防できるならそれが一番だ。それに品質管理課の仕事が楽になるだろ? 品質管理課の仕事が減れば不良品の流出も少なくなるし、品質管理課と余計なことでもめなくなるし、いいことづくめじゃないか」


 この人は目の前の作業じゃなくて、全体を見ているんだと思った。

 これが目的意識の違いってやつなんだと思った。


 

 目的。

 目的を考えるんだ。


 最終的な目的は、政治を変えて、民を守ることだ。


 ここの貴族を一掃できれば話は早いが、それができるんだったら、この国で有数の実力者である王がすでにやっていたはずだろう。


 いや、政治を動かしている連中を一掃することは愚策だな。

 政治が回らなくなり、結局、民の生活が悪くなりそうだ。


 どちらにしろ俺にはできないし、王の行動が把握できないからどうしようもできない。


 俺にできることを独自にやっていくしかない。


 それは、武力によらない民主主義による解決だ。

 うん、ちょっとかっこよく言い過ぎだな。


 貴族の中にいると思われる、今の政治に不満を持つ者を集め、その賛同者を増やし、無視できない勢力にする。

 王や第一王子には無理でも、農耕王子とか言われて軽視されている俺なら、接触しやすいはず。

 そう思って金とコネが集まる場所に来ているが、これはもう無理そうだ。

 この国の政治をほとんど知らなかったとはいえ、計画もずさん過ぎる。


 けれど、方向性が間違っているとは思えない。今のところ。


 ならば、現状がうまくいかない理由を洗いだそう。



①あからさまにジジイたちがつぶしに来ている王族の一員である俺に接触しようとは思わない。

②それに反抗できない俺に信頼を寄せられない。

③この状況を変えられる具体的な道筋がない。見せられない。

④貴族たちは、自国がどんなに危機的状況か分かっていない。

⑤そもそも貴族にとっては、現状に不満を持つ要素が少なさ過ぎる。



 思いつくだけでこれだけ出てくる。

 そりゃあ、ダメなわけだ。


 そしたら、俺のとる行動は3種類あるな。

 もっとあるかもだけど。


 1.このうまくいかない理由を消す。

 2.うまくいかない理由を払しょくできるほどのメリットを相手に提示する。

 3.他の方法を探す。


『すべてを変えることはできません。少しずつ変えていきます』

 先生に言った言葉がふと頭をよぎった。

 何の実感も根拠もない、言葉だけの言葉だ。


 OK.

 変えてみせるよ。俺も国もね。


 とりあえず、1.から行ってみますかね。

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