2章

第1話「国は腐敗しました」

 ダン!


 擬音語にすると、そんな感じの音が自室に響いた。

「お、おおおお…?」

 俺は牛にひかせるプラウ(農耕具)の模型作成に没頭していたはずなのに、目の前にあるのは足だ。

 その下にはひしゃげたプラウだった何かがある。

 メアリに作ってもらった鉄製だ。


 そう簡単に踏みつぶせるもんじゃない。

 ファッション不良が、「俺、スチール缶だって踏みつぶせんぜ」と言っているのとわけが違う。

 それが同い年の女子だというのだから、性質(タチ)が悪い。


「今日こそ言わしてもらうわ! いい年した男が、昼間っから何やってるのよ! 錠前作りだなんて! 根暗! もやし! ほんっと王族なのに情けない!」


 その女子はそう俺に向けて言い放った。

 目がつり目気味なので、余計きつく感じる。

 見た目が和服が似合う系の黒髪ロング美人だから、なじられるのも我々の業界ではご褒美です!と言いたいところだが、こいつに対してはそういう感情が一切わいてこない。


 身長が俺より高いせいもあるかもしれない。

 威圧感がひどい。


 いい年したって言っても、ここでの俺は12歳やぞ……。

 今日こそって、お前はここに来るたびに罵声浴びせてるじゃないかよ。


 そもそも錠前作りじゃないぞ……、と脳筋のこいつに言ってもわからないだろうからって説明してない俺も悪いんだろうけども。


 それにしたって人が心血注いで作っているものを目の前で踏みにじるって、人としてどうなのよ。

 泣くぞこのやろう。

 すでに半泣きですけども。


「あのリアム王子の弟だというのが信じらんないわ……」

 深く深くため息をついている。

 ええそうですよ。第一王子の弟ですが何か。


 こいつの名前はアマリリス。

 俺の父親(王)の弟の娘。つまり、いとこ。


 獣族の一件以来、名目上だろうけど、俺に護衛がつくことになった。

 それが12歳の女子なんだから、俺へのぞんざいな扱いぐあいが垣間見えるというものだ。

 獣族にも貴族どもにも命を狙われるようなことが起こらなかったのが幸いだ。

 その代わり、俺の自室に現れて時々こういった暴挙に出るが。


「俺はお前の行動が信じられないわ」

 俺はそう捨てセリフを言い放って席を立つ。


「ちょっと! どこ行くのよ!」

「お前がいない安息の地」

「なによその言い草! せっかく護衛してあげてるのに感謝がない! それに、あんたの護衛のせいで別邸に住まなくてはいけなくなったのよ! ちょっとはあたしに悪いとか思いなさいよ!」


 別に俺が頼んだわけじゃないと言いたいところだが、それはちょっと申し訳ないと思ってる。

 ただ、叔父一家が別邸に住むことになったのは、他の理由があるんだろう。

 あの一件以来、王族は貴族院どものせいで冷遇されている。

 その一波だろう。


 そうなると別邸に住むことになったのも父親のせいなんだから、俺を恨むのも当然か。


 あの一件とは、もちろん、王は議会と反目たあの事件だ。

 議会で決議された内容をふいにしてしまったんだ。

 そりゃもう、王に信用なんてない。


 信用なんてなくても権力があれば問題はなかったのだろうけども、残念ながら権力は貴族院のほうが上。

 王って、もっと好き放題できるのかと思ってたんだけど違うようだ。

 王は、なんでそうまでして俺をかばったんだろう。


 ……庇ったのか?

 それとも何か狙いがあったのか?

 よく分からないな。


「あら、ジャン、お出かけ?」

 扉を開けて外に出たら、戻ってきた母親…母さんと鉢合わせした。


「伯母様から言ってあげてくださいよ! こい…ジャンは昼間っから部屋に引きこもっているんですよ!」

「それは困ったわね」

 母さんもこいつも貴族寄りの考え方しているので、二人は仲がいい。

 ああ、ここに俺の安息はないのか。


「でもね。ジャンは何を考えているかわからないところがあるけど、それは私たちの理解の及ばない世界を見据えているからなのよ。だから、見守ってあげましょうね」

「そ」

 母さんの言葉が意外だったのか、アマリリスは言葉をつまらせた。

「そんなふうに甘やかすから、こいつがつけあがるんですよ!」

 ぎゃあぎゃあわめきちらす。


 うるさいな……。

 年端もいかないガキが、人の教育方針にいちいち口を出すんじゃないよ。

 つきあってられないので、外に出る。

 でも母さんの言葉は、ちょっと嬉しかったな。


 別邸から本邸に向かう道のりの半ばほどまで来て、アマリリスが追い付いてきた。

「あんたも懲りないわね」

 アマリリスがそう言う。


 脳筋のこいつでも、俺がどこに向かっているかは分かっているようだ。

「そうだね。懲りないね」

 そう答える。

「バカよね、ほんと」

 そう吐き捨てながらも、俺のあとをついてくる。

 たぶん根は悪いやつじゃないんだよな。


 今日は国会がある日だ。


 議会室は本邸の中心部に位置する。

 ここで法律も予算も国の方針も決める国家の中枢だ。

 そこに向かっている。




 本邸にたどり着いて議会室に入ると、酒の臭いと人の雑談がやかましい。

 なんで議会室で酒の臭いがするんだよ。

 ここは居酒屋か。


「お、変わり者王子が来たぞ」

 そいつらが入室してきた俺を見て、そう笑った。


「おい、農耕王子! 今日の畑の調子はどうだい?」

「ここに社会科見学来るより、畑を見に行ったほうがいいんじゃないか?」

「親の情けない姿を見るよりよっぽどいいだろう!」

 ヤジと笑い声が響く。


 もう慣れた。

 慣れても腹立つのは変わらないが。


「あんたがそうだから、あたしたち王族はいい笑いものよ」

 アマリリスは追い打ちをかけるように俺をやじった。


 ヤジを無視して王族席に視線をうつすと、第一王子が座っているのが見えた。

 その隣に座る。

 アマリリスは俺の隣じゃなく、なぜか俺とは反対側の第一王子の隣に座る。

 なぜか30㎝ほど距離をあけて、隣に座ったくせに顔を背けて。

 よく見ると耳が少し赤い。

 おい、俺の護衛はどうした。


「よおジャン、お前も懲りないな」

 第一王子はさわやかさとアンニュイさを合わせもったセクシーな笑顔で、俺にそう声をかけた。


「兄様まであおらないでくださいよ」

「煽りじゃないよ。素直に感心しただけだ。議会に反発してるのは王とお前くらいさ」


 それは兄様もでしょうが、と言おうとして口をつぐんだ。

 会話がどういうふうに聞かれて、どういう影響があるかわからないからな。


 それとも、本当に諦めてしまったか。

 最近の第一王子が貴族院にすり寄る姿が、演技なのか本心なのか分からなくなる。

 5年の月日は、国を腐敗させるのも人を諦めさせるのも十分な時間だ。


「議会を開会する」


 執政官が開会を宣言する。

 この執政官という役職、この国の成り立ちと大いに深い関係がある。


 この国の歴史と政治を簡単にまとめるとこうだ。


 この国の一族は、魔族も獣族もいない平地で細々と暮らしていた。

 しかし、魔族の移住区拡大に伴い、住居を追われる。

 逃走しながら闘争し、現在のミュージリア山と呼ばれる巨大死火山のカルデラ内部に落ち着く。


 そのカルデラ内部に落ち着くまでの移動期間、魔族や獣族の攻撃に耐えたのは、リーダーとその兵士によるもの。


 そのリーダーが王となり、兵士たちは貴族となった。

 その王族と貴族院が、政治を主導してきた。


 貴族院も、国の草創期から成長期を迎えた辺りまでは、王が何十人も集まっているようだと言われたくらいに彼らは誇り高かった。

 その貴族院のトップが執政官だ。


 執政官は、王の独裁政治にならないように王と同等の権力を持っている。

 つまり、この国のトップは王と執政官だ。

 王は、政治を行う者の不在と権力争いが行われないように世襲制になっており、後継者の任命権が与えられている。


 執政官は一年間のみの任期制であり、大臣のキャリアを経た者しか被選挙権を有しない。

 うまく考えられている制度だと思う。

 しかしどんな制度も法も、人によっては良くも悪くもなる。

 これは悪くなったほうの見本だ。


「第一の議題は、増税について。財務大臣」

「はっ」

 財務大臣が返事をして、中央に立つ。


「それでは申し上げます」

 財務大臣の口上が始まった。


「ひっ迫した財政に鑑み、……」

 財政がひっ迫しているのは誰のせいだよ。


「民には負担を強いてしまうのは申し訳なく、……」

 申し訳なく思っているんだったら、まずはお前らが負担を担えよ。


「今年は収穫高が上がっているという情報もあり、……」

 国民ががんばった成果だろうが。横取りすんなよ。


 長い口上だが、誰も聞いていない。

 相変わらずおしゃべりに夢中だ。

 居眠りこいているやつもいる。

 やる気がないにもほどがあるだろ。

 高校ん時の俺の授業態度のほうがまだマシなレベルだよ。


「以上から、収穫高の1割の増税を進言する」


 はあああああ???


 思わず俺は立ち上がった。


 1割だと!

 10%の増税じゃんか!

 日本は数%の増税でも連日ニュースになって社会現象になるレベルだぞ!

 現状よりさらに10%増税とか、正気の沙汰じゃない。

 国民が、どういう思いをして税を納めているかわかってんのか!


「異議なし!」

 今まで何の話も聞いてなかったようなやつらが、次々と異議なしと発言する。

 何が異議なしなんだよ。

 この議題も、お前らの存在自体も異議ありまくりだよ。


「異議“あり”!」

 異議なし連呼がやまない中、“異議あり”が議会室に響き渡った。

 静まり返る。


 その声の主は、王だ。

 真打ち登場、と言いたいところだが、残念ながらそうではないだろう。今日も。


「これ以上増税すれば、民の健康を損なう! そうすれば税を納める人口が減り、かえって税収が減少する! むしろ現状でもその兆しはある。今は耐えているが」


「採決をする」

 執政官が王の言葉をさえぎって、強引に決を採ろうとする。

「待て! まだ議論を尽くしていない!」

 王が反論するが、貴族院たちの「賛成」の声で王の言葉はかき消された。


 最初の頃の貴族たちは、一族を守り、建国し、国を治めてきたという誇りがあったのかもしれない。

 議会が理想的に回っていた時期があったのかもしれない。


 それが今はどうだ。

 国民のことを、無限に金がおろせるATMくらいにしか思っていないだろ、こいつら。


 しかし、最大の敵は執政官ではない。

 傍若無人にふるまい続ける貴族院全体の雰囲気だ。

 と言いたいところだが、それだけではない。


 この環境を作り上げた、影の独裁者がいる。

 そいつは、議会の端のほうの席で静かにニヤニヤと議会の様子を眺めていた。


 そいつの名は、バラン。

 見た目は70歳を超えて、白髪ハゲをフードで隠した、背の低いただのじじいだ。

 だが、くぼんだ眼孔に見える視線は鋭く、刻まれた眉間と目尻の深いシワが、ただ者ではない雰囲気をかもしだしていた。

 権力と、貴族の誰よりも気品のある服装がそう感じさせているわけではない何かを確かに感じる。


 こいつは俺が初めて議会に出席した7歳の時、俺を獣族に引き渡すかどうかで議会が荒れた際に、一発でその場を静まらせ意見をまとめた人物だ。

 それだけの権力と影響力を持っている。

 王と貴族院との決定的な決別の契機となった、バルコニーでの国民への王の演説のあと、議会での王の発言をことごとく封殺してきた。


 どういう経緯で、それだけの権力を得ることになったのかは分からない。

 ただ確かなのは、そのじじいに気に入られるかどうかで執政官をはじめ、公務につけるかどうかが決まる。


 しかも貴族どもを喜ばし飼いならすのが上手い。

 今ではじじい自体が発言しなくても、この通り。

 じじいのお望み通りの結果が得られているわけだ。

 貴族は喜んで喉を鳴らし、じじいの顔色をうかがって尻尾をふっている。


 ともあれ、増税は可決された。

 可決されてしまった。

 発議からものの数分で、国家の重要議題は採決された。


 そのあとの議題は、武勲をあげた兵士の昇格や、舞踏会の日程など。

 新貴族になった兵士の新しい名前という、心底どうでもいい議題で、増税の議論の数十倍の時間をかけられて国会は閉会した。


真っ先にじじいがお供を連れて、立ち去っていった。

一瞬こちらを見て、嘲笑っているように見えた。



「今日のパーティには出席するのか?」

 呆然と座りこけていた俺に向かって、第一王子がそう聞いてきた。

 とてもそういう気分になれない。

 けれど、


「出席します」

 パーティには多くの貴族や有力者が出席する。

 俺や王の考えに賛同して、支援者になってくれる人がいるかもしれない。


 まあ、5年経った今でも、まったくそんな気配すらないんですけどね。



「本当に行くの?」

 そろそろ定刻なのでパーティに向かおうと立ち上がると、アマリリスがそう声をかけてくる。

「あたしは行きたくない」


「別に来なくていいぞ」

「どうせバカにされるよ。いつもそうじゃない。さっきだって……」

「来なくていいって言ってるだろ!」


 はっとなって、口をつぐんだ。

 少し強く言いすぎた。

 今回はこいつは悪くないのに……。

 なんだ俺、けっこう気にしてるのか。

 情けないな、八つ当たりかよ……。


「あたしはあんたの護衛だから」

 ちょっと支度してくる。

 そう言って、アマリリスは引き返していった。


 夜。


 パーティ会場に行くと、もうすでにできあがっていた。

 高校の体育館くらいあるんじゃないかっていうだだ広い部屋に、大きな丸テーブルがいくつもおかれて、白いテーブルクロスのうえに、彩り豊かな料理とたくさんの花が色鮮やかに飾られていた。


 オーケストラ並みの楽団が演奏し、上はシャンデリア、下は真っ赤な絨毯じゅうたん、壁には描かれた天使が何匹も飛んでいる。


 目がちかちかする。

 目に毒なのは何も部屋の装飾だけじゃない。


 そこにいるだろう何十人もの貴族たちの、派手すぎる服装、髪型、装飾品。

 もう説明するのがめんどくさいレベルで、貴族たちは個性を主張しあっている。

 そんな貴族は、ワインのようなものを片手に談笑したり、ソファに寝転がって食い散らかしてたり、楽団の演奏に合わせてダンスをしたりと、思い思いに過ごしている。

 そんな姿を見ていると、食欲すらなくなる。


「おい、ここに農民がまぎれこんでるぞ」

 そんなセリフが聞こえてきたと思ったら、後ろから羽交い絞めされた。

 酒臭い。


「放せ!」

 そう叫んでふりほどこうと暴れるが、全然ほどけない。

「おいおい、暴れんじゃねえよ。反逆罪で牢にぶち込むぞ」

 執政官の声だ。


「執政官、いけませんね。仮にも王子なのですから、扱いを間違えてはいけません」

 一度聞いたら忘れない声。

 じじい。


「しかし、聞き分けのない子にお仕置きをするのは、どの身分であろうと変わりはありません」

 そう言って、じじいがバカでかいタワーケーキを1ホール、片手で持ち上げる。

 俺はこれから起こることを予想し、目を閉じ顔を伏せた。

 予想通り、ケーキは顔面から降ってきて、全身に降り注いだ。


「頭も冷えたことでしょう」

 そう言って会場中に笑い声が響いた。

 目を開けると、ドレスコードしたアマリリスと目が合った。

 けどすぐに、目を背けられた。


 これが、今の俺がおかれた現状か。


 そういえば、母さんと約束したこと守れてないな。

 5年後に、必ず王の恩に報いると。


 あの時の俺は5歳で、今は12歳。

 あれからもう、7年経っているんだな。

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