第55話「第一章・完」
「遅かったな」
第二王子部隊と獣族が戦闘したという場所に着いて、第二王子からそう言われた。
散らばって倒れている。
眠っているうちに、獣族はとどめをさされたのだろう。
どれも心臓をから血を流し、ぐったりしていた。
多くの兵がうずくまっている。
ひどい傷を負っている。
体を動かせる者は、何か作業をしていた。
穴を掘っているらしい。
その近くには、死体となったと思われる兵たちが並べられていた。
「マルク王子。気持ちは分かりますが、いつ残党が襲ってくるか分かりませんよ。早く立ち去りましょう」
先生が第二王子にそう忠告した。
「気持ちが分かるというのなら」
第二王子が、語気を荒げた。
自分の語気に驚いたらしく、口元を押さえた。
「……分かるというなら、火葬くらいさせてくれ。もし残党がいるなら、俺がなんとかする。お前たちは先に帰れ」
第二王子に、兵への思いを感じた。
その方たちは、俺を救うために、亡くなられた。
「誰かの命を犠牲にしてまで、僕に生きる価値はあったんですかね?」
思わず、そう漏らしてしまう。
「生きる価値というのは私には分かりません。ただ、生き残った者はその命を大切にするべきと、そう思います」
そう先生は言った。
第二王子は、穴に並べられた遺体に向けて火を放った。
第二王子は火級魔術を使うらしい。
目を背けることなく、じっと、人の形を失っていく遺体を見続けた。
火級魔術を使える他の兵も火葬していくが、遺体の数に対して火力が足らないように思えた。
第二王子もマジカ不足なのか、魔術のほうは苦手なのか、火力は乏しい。
アリスが、おそるおそる歩き始めた。
どこに行くかと思ったら、第二王子の隣に立った。
「なんだ?」
第二王子が聞くと、アリスは第二王子を見つめたまま、遺体に向けて手を向けた。
「……好きにしろ」
アリスはしゃべらなかったが、第二王子はアリスの思いをくみとり、そう言った。
アリスは火を放つ。
みるみる肉が溶け落ちていった。
アリスは何を思うのだろか。
亡くなった兵士への哀悼だろうか、それとも自分の手で火葬した家族のことか。
火を出している間、アリスの頬の涙が乾くことはなかった。
火葬が終わり、埋葬が終わるころには日が傾き始め、城につくころには暮れていた。
月が夜道を照らしてくれた。
アリスも、他の火級魔術師も、ぐったりしていた。
見張りの兵に事情を話すと、土作りの簡素な小屋に通される。
そこには第一王子がいた。
「ジャン! お前!」
第一王子がそう言って、俺を抱きしめた。
「よかった、よかった…!」
どうやら泣いているようだ。
普段はひょうひょうとしているのに。
おおげさな表現だな。
そう思ってたのに、俺も泣いていた。
あたたかいな。
俺の周りにいる人たちは、みんなあたたかいよ……。
「兄様、ありがたいのですが、それより今はマルク兄様とその兵を」
俺がそう言うと、
「マルク! マルクは無事なのか?」
ひどく心配した声でそう言う。
「俺はだいじょうぶだ。まずは兵を頼む」
第二王子は第一王子の前に立って言う。
「勝手な行動をとってすまなかった」
第二王子が謝った。
第一王子に対しては素直なのかしら。
「いいさ。お前が行ってなかったら俺が行っていた。ちょっと意外だったがね」
第一王子はホッとした顔で、笑った。
第一王子はすぐ医療班を呼び、第二王子とその私兵を運び込ませた。
「ジャン、よかった。帰ってきてくれて」
第一王子はお茶を注いでくれた。
この小屋は第一王子の宿泊場所なのだろうか。
とても簡素だ。
「兄様、すみません。ご迷惑をおかけしてしまいました」
「ほんとだよ。俺がどれだけ心配したか。……なんてな。心配したのは本当だが、さらわれたのはお前のせいじゃない。それに、お前を助けることを迷惑だなんて思わないさ」
第一王子は本当、人ができているよな……。
第一王子から、俺がいなかった間の話を聞いた。
父親が俺の奪還と獣族の討伐を宣言してくれたらしい。
俺を守ろうとしてくれたのか。
ちょっと、嬉しいな。
王と王子とはいえ、親と子だ。
父親も人並みに父性があったらしい。
「なぜマルク兄様は僕を助けようとしたんでしょうか」
ずっと抱いていた疑問が、ふと口をついて出た。
「それは分からないが…、マルクがどうしてお前を嫌っているかは知っている」
「弱い王族には価値が無いからだというようなことを言っていましたが」
「うん。それだと説明が足らないな」
第一王子の話によると、第二王子には弟がいたらしい。
まじめで優しく、よく第二王子になついていたらしい。
その弟はなんと、第三王子と呼ばれていたらしい。
それが稽古中に事故死。
木刀による稽古で、防具をつけていたはずだったが、当たり所が悪かったらしい。
ともかく第三王子は空位になり、俺が第三王子になった。
「空位のままにしてお前が第四王子を名乗れたら良かったんだろうが、空位は不吉だとかぬかす貴族院のせいでそうはならなかった。マルクはずっと、お前を見る度に複雑な思いを抱えていたんだろうな」
第二王子が休んでいる療養所に向かった。
療養所と言っても、ベッドが並んでいるだけの簡素なものだ。
何人かは治療を受けている。
第二王子は窓の外をじっと見つめていた。
「兄様」
俺がそう声をかけると、第二王子はこちらを一瞥して、また窓の外に視線を戻した。
なぜ無視。
「助けに来てくださってありがとうございました。それだけ、言わせていただきたかったんです。それでは、失礼します」
「おい、待て」
立ち去ろうとしたら、呼び止められた。
「俺に勝ったんだから、死ぬなよ」
意味がよく分からなかったが、はいと頷いておいた。
第二王子があっさり負けを認めたことが意外だった。
それと、第二王子は俺のために助けに行ったわけじゃなくて、弟のためにそうしたのだと、なんとなくそう感じた。
「ジャン王子ですね」
声がしたほうを向くと、身なりが立派な強面のお兄さんが立っていた。
取り巻き?みたいな人が数人いる。
「今すぐ、議会に出席してください」
誰だろう、この人は。
議会って?
夜なのに?
そんなこと思いながら、案内される。
足が痛いから急かさないでほしい旨を伝えたら、取り巻きの人が速やかに骨折を治してくれた。
これが陽魔術ってやつか。
ほんと、マジカってすごいわ。
案内されるがままに着いた先には、朝のニュースの国会中継で映し出されるような光景が広がっていた。
国会中継をあんまりまじまじ見たことないけど、イメージとしてはそんな感じだ。
円形に席とテーブルが並んでいて、それぞれの席にいかにも偉そうな人が座っている。
その中央には、身振り手振りを交えて熱弁している人が立っている。
その人の言葉に耳を傾けた。
「獣族の狙いは第三王子です。目的は分かりませんが、取り戻しにくるでしょう。さらに獣族は仲間意識が強い。彼らが全滅していない限り、こちらへの報復は免れないでしょう」
んんん?
俺の名前が聞こえたような?
「第三王子を獣族に受け渡すべきです!」
Oh……
聞き間違いで無ければ、俺を獣族に受け渡すとか聞こえたんだけど…。
「異議あり!」
聞いたことのある声が会場に響いた。
「第三王子を受け渡すことは、デメリットしか無い!」
声のする方をみると、最上階の席で、装飾ごてごての高価そうなイスを背に立つ大柄な男が見えた。
父親だ。
赤いマントを羽織り、ライオンの毛のようにたなびく髪の上に、金色に光る冠をかぶっている。
「まず第一! ここで妥協をする姿勢を見せれば、奴等はつけあがり要求はエスカレートする! 第二! やつらの狙いはこの国の技術である! やつらの脅威を助長させるだけだ! 第三! これはチャンスである! 防衛戦ならばこちらに
思わず息をのんだ。
王の言葉は圧倒させる何かがあった。
静まりかえる会場。
しかし、それは一瞬だった。
「異議あり! そうやって戦を挑み、その度に壊滅的な痛手を我が国が負った歴史を忘れたのか!」
議員たちの異議に、王はすぐさま答える。
「その先人たちが流した血があってこそ、今の国があることを忘れてはならない!」
「異議あり! 先の戦で戦力を大幅に失ったという報告を受けている。今の戦力で、獣族の来襲に耐えられるというのか!」
「この国の
「異議あり! 獣族の狙いがこの国の技術というのなら、なぜさらったのが年端もいかない第三王子なのだ!」
「武闘会での毒ガスを忘れたか? あの直後に獣族が第三王子を攫った事実を考えれば答えは出るだろう!」
『静まれい!』
王と議員たちの議論が白熱する中、老人の声が響いた。
しわがれた老人の声であるはずなのに、その声は王よりもよく会場に響いた。
響くというよりも、耳元で静かにささやかれているような。
あれだけの喧噪が、やんだ。
「王よ、そなたには大事な視点が欠けておる。それは、この国にどれだけの利益と損失があるかということじゃ。仮にそなたの言う通り防衛戦をしたとしよう。それでどれだけ国力が低下する? そなたが言う第三王子を受け渡した場合のデメリットとやらと、どちらが重いかもう一度よく考えてみよ」
老人がそう言うと、周りは一斉にそうだそうだとはやし立てた。
その声は重なりあって大音量になり、王を封殺した。
まさに四面楚歌。
北も南も東も西も、すべての声が王を攻撃していた。
「多数決の結果、第三王子を獣族に引き渡すことに決議いたします!」
周りから拍手が巻き起こった。
王はそれを鋭い眼光でにらみ続けていた。
結局、議会に呼ばれたはずの俺は、一切発言することなく議会は閉じられた。
どこの部屋かもわからないところに監禁された。
別邸のあの部屋よりも広くて、ベッドも豪華だ。
あの部屋より快適で、牢屋よりも不快だ。
先生やアリス、メアリが命をかけて救出してくれたことを思い出して、悔しくて涙が出てきた。
なんなんだよ、この国は。
俺を引き渡すとか、俺の話を一切聞かず、一方的に決めつけるのか。
あの戦いも、みんなの努力も、すべて無駄だったっていうのかよ……!
「王族が簡単に涙を流してはならぬ」
そう声が聞こえたので、声がしたほうを向く。
「王!?」
王だった。
「ど、どこから!?」
「静かにしろ。ただの陰魔術だ」
魔術? これが?
「上へ行くぞ。捕まれ」
言われるがままに、差し出された手を握った。
俺の体は吹っ飛んだ。
え?
もう高い高いされる年齢じゃないよ?
天井にぶつかる!
そう思った瞬間、違う部屋にいた。
きれいな絨毯に寝転がっていた。
何が起きたのかと思ったら、床から手が生えてきた。
「ひ……!」
王が床から現れた。
プールサイドから上がるかのようなしぐさで王は現れた。
「行くぞ」
王はそう言って、この部屋のバルコニーに向かった。
バルコニーの外には、なぜか多くの人が立っているのが見えた。
思い出した。
俺が幼いころ、国民の前でお披露目された場所だ。
はるか遠い昔のことのように感じる。
あれからどれくらい経ったのだろう。
俺はいつの間にか、7才になった。
王の後ろに立つ。
歓声が聞こえる。
状況が把握できない。
俺はどうしてここにいるのだろう。
この国民の皆様は、どうして集まってきているのだろう。
「愛する国民たちよ! 我々は第三王子の奪還に成功した!」
王がそう言うと、一斉に拍手が起きた。
中には、おかえりなさいと叫んで手を振ってくれる人までいた。
手を振り返した。
歓声が上がった。
なんだろう、結構うれしい。
「この成功は、民の皆が勤勉に働き、税をおさめ、この国と兵を支えてきたからに他ならない! 民よ! 予はこの国の代表としてそなたたちに感謝を言う! ありがとう!」
王がそう言うと、一斉に拍手が起きた。
「しかし!」
王はその拍手を遮るように言った。
「獣族は全滅したわけではない。獣族襲来の脅威は依然としてある。生き残りの獣族は今もこの国を狙っている!」
拍手がまばらになり、やがてやんだ。
先生がいう獣族アレルギーは、国民の中にもしっかり根付いてしまっているようだ。
「聞け、国民たちよ!」
静まり返った群衆に、王の声はよく響いた。
「あえて言おう。我々は強いと! 獣族はもはや我々の脅威ではない! その
歓声と拍手がまきおこった。
集まった国民の中には、熱心にこの国のバンザイをしている集団もある。
王は熱心に国民たちに手を振り続けた。
『王よ、やってくれたな』
声がしたほうを振り返ると、やつがいた。
議会の老人だ。
「自分がしたことを分かっているんじゃろうな」
「分かっている」
王は老人のほうを振り返ることもなく、そう言い放った。
老人はいまいましそうにその背中を見た後、
俺はこの時はよく分かっていなかった。
しかし、後々思い知らされることになる。
父親は、大きな決断をしたのだと。
そして俺たち一族は、大きな運命に
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