第53話「帰途につきました」

「さすがに死ぬかと思いましたね」

 先生はそういいながら、さくさく先頭を切って歩いている。

 道は山道もいいところで、時には背丈以上の段差を超えることもあったが、それをものともしていない。


「それはこっちのセリフですね……、さすがの先生でもダメかと思いました」

 心配して損したとまでは言わないけれど、すっごい悲しんだ俺の気持ちはどこにもっていけばいいのか。


 とはいえ、先生はさっきまで、片足が切断されてたんだぜ……。


 寝てる間に、足が生えた。


 タコの足だって再生するんだもん。

 先生の足が再生したっておかしくないね!(現実逃避)


 魔族ってすごいんだな……。

 先生が魔族で良かった。

 人間なら間違いなく死んでただろう。


 そんなことより、みんなの先生への反応が気になるな。

 足が生えてるのを見たのは、俺だけじゃない。


 ウィールもアリスもメアリも見ている。

 魔族だと知って、先生へ恐怖心や人間じゃないことへの失望がなければいいけども……。


 でもウィールは、先生が生きてることに、涙と鼻水をまき散らしながら喜んでいた。

 先生の足が生える驚きより、先生が生きていることの喜びが勝ったらしい。


 そりゃそうか。

 俺だって、そうだ。

 メアリもアリスもそうだろう。


 一番、魔族に対して反応しそうな第二王子は、今、ここにいない。

 そして戦闘直後、力尽きたのか、第二王子もぶっ倒れた。

 心配したが、マジカの使いすぎらしい。


 おかげで、先生の素敵な生足が生えてくるシーンを見逃している。


 20分くらいしたら目を覚まして、今は、自分の隊を救出しに行っている。

 そこでは、大勢の獣人が眠っているらしい。

 危ないから一人で行くと、第二王子は言った。


 先生が魔族だと知ったら、先生にとどめを刺しかねない。

 タイミングが良かったな。


「マルク第二王子は、殿下を助けにきたのですよ。あとでお礼を言わなければなりませんね」

 先生がそう言った。


 そう、第二王子は俺を助けた。

 俺を殺そうとした、あの第二王子が……。


「どうしてでしょうね?」

 俺がそう聞くと、

「私にも、検討がつきません」

 ですよね。


 第二王子のセリフを思い出す。


『お前も王族の端くれなら、使命を果たせ。』


 あの第二王子が、王族の一員として俺を認めた。

 心境のほどは分からないが、少なくとも俺を奮起させようと持ち上げたりするような人ではない。

 きっと本心で言ってくれたものだろう。


 やべ、ちょっと嬉しいな。

 喜んでいいのかな。



 とはいえ、まだまだ弱すぎるよな。

 今だって、俺はウィールにおんぶしてもらっている。

 皆の満身創痍ぐあいに比べたら、ほんとに軽傷なので恥ずかしい。 


 とはいえ骨折だ。

 しゃれんならないくらい痛い。


 戦いの最中も痛かったが、今はさらに痛い。

 じっとしているだけで痛い。

 ウィールの歩く振動すら痛い。


 そんな俺をおぶっているウィールは、ニッコニコしながら先生の後ろについてきてる。

 俺、重くないのかな。

 子どもとはいえ、7歳児はけっこう重いと思う。


 マジカが使えるウィールにとっては苦にならないのか、先生が元気になって嬉しすぎてテンションがあがりすぎているのか。

 どちらにせよ、ありがたい。

 今でもこんなに痛いのに、歩いたら地獄だった。


 俺が子どものせいか、ウィールの背中が大きく見える。

 一般的な大人としてはチビでデブだが、子どもの俺よりかははるかにでかい。

 こんなにウィールの背中をたくましく思える日が来るとは。


 ………。


 一度はこの人を殺そうと思ったんだよな。

 人って、変わるもんだな。

 俺もウィールも、変わっていっている。


 そういや、俺って前世も含めておんぶしてもらった記憶がないな。

 あたたかい。

 なんか、涙出てきた。


 後ろを振り向くと、黒い塊のメアリ、右肩をかばうアリスが続いている。

 ……アリス。

 アリスは眉をしかめて、痛みをこらえて歩いている。


 メアリは、麻袋の中に入り、先生に背負われている。

 マジカ切れで、自分を囲んでいた砂鉄が落ち、視線をせわしく動かしたあと、パニックになって倒れた。

 まだ外の世界が怖いらしい。

 今も麻袋が震えている。


 俺のために、メアリは恐怖をおして、外に出てくれた。 


 そうだ。


 みんな、俺を助け出すために無理してくれた。


 あたたかい。

 本当に、心があたたかく感じる。

 こんな気持ちは知らなかった。


 ありがとう。

 人生って、こんなにあたたかいもんだったんだ。

 俺はこの世界に生まれてきて、本当に良かった。

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