第51話「助けがきました」

 ここの獣人ごと自爆してやるわ!


 この時はそう決意していた。

 ヤケになっていたというほうが正しいか。

 あと1秒でも遅かったら2度目の死を迎えていたと思う。ほぼ確実に。

 人間追い詰められると、何をしでかすか分かったもんじゃない。


 そんなヤケを止めたのは、獣人だった。


 ぼぼぼ


 長老獣人が窓の外を指さして短くそう言った。

 するとすぐに2匹とも地面に突っ伏す。

 何だ?

 獣人たちは腕を口に当てて、空気を吸わないようにしているように見える。


 まさか……。

 毒ガス!?


 俺も獣人たちと同じように口元に手を抑えようとする。

 手が動かない。


 そういや、両手両足とも縛られているんだった。

 ヤバい。

このまま死ぬのか?


 死にたくない。

 ようやく、ここまで生きてこられたのに。


 よし!

 死ぬまで息止めてやる!


 ………

 ……

 …



 長い。

 苦しい。

 限界だ。


 俺が緊張しているから長く時間を感じるのか、それとも実際に長い時間が流れているのか。

 足の痛みが、思い出したかのように痛みだしている。

 目の前の二人は、突っ伏したまま動かない。


 待てよ。


 これ息を止めたままなら、逃げられるんじゃね?

 というか、毒ガス?は獣族なのか?

 なんで獣族が倒れてるんだ? 内紛か?

 それとも、他の種族の襲撃なのか?

 

 そんな考えが頭の中を回っている時だった。

 扉が開いた。

 その隙間から、見知った顔があらわれた。


「殿下! いらっしゃいますか?」

 先生の顔が、扉から少し顔を出した。

 自衛隊が突入する際にやっているような、扉に体をぴたりと貼り付け、腰をかがめてこちらを伺っている。


「先生!」

「殿下!」


 た、助かった!

 先生が来てくれた!

 よかった……!


 いや、おかしい。


 先生はガスか何かを仕掛けて、俺を助けに来てくれた。

 獣人たちは何かに気づいていた。

 そして、自分から身を伏せた。


 つまり、獣人たちは見破っている!


フリ・・です! 先生! 倒れているフリ・・をしています!」


 そのセリフが終わる前に、先生の体が吹っ飛んでいた。

 

 血の気が引いた。


 もう獣人は二匹とも小屋の中にはいなかった。

 外では激しくぶつかり合う音が聞こえる。

 戦っているのか?

 先生……!


 体をくねらせ小屋の外に出ようとすると、小屋がミシミシ言い始めた。

 小屋が、傾いてきてる。


 もしかして、倒壊しちゃうのこれ?

 ここどれくらいの高さなの?


 え、せっかく先生が助けに来てくれたのに、こんなんで死ぬの俺?

 体動かせないから脱出できないし!

 落ちる! 落ちる!


 そう思ったら、何かに抱えられた。

 獣族の感触ではない。

 先生が獣族をしとめて、俺を助けてくれたのだろうか。

 とにかく助かった……。


 顔をあげると、先生は遠くで、巨木の枝に立ち、獣人二匹と戦っているのが視界に入った。

 え、じゃあ誰?


 視線を移動すると、第二王子がいた。


「なんで!?」

 思わずそう叫んだ。


 そらそうだろ。

 俺を虫けらのように殺したがっていたやつが、俺を助けようとしてる。


「あいかわらず、とろいやつだ。足を引っ張ることしかできないのか」

 第二王子がそう言う。


 はい、ごめんなさい。

 もう虫でいいいです。

実際、虫けら以下ですし。

 

「こんな虫けらめを救っていただいてありがとうございます!」


 そんな俺のセリフに、第二王子が心底いやそうな顔で俺を見つめる。


「別に、お前を助けようとしたわけじゃないからな。王族としての使命を果たしているだけだ」


 前に、弱い者の駆除も王族の使命とか言ってなかったか?

 まったく真逆のこと言ってるんですけど?

 映画版ジャイアンなの?



 地鳴りのような音が、耳を打った。

 木が倒れた音だ。しかも大きい。

 俺がいた獣族の巣があった木じゃない。


 先生が生やした木だ。


「先生!」


 思わず叫んだ。

 あんな巨木が倒れるなんて、どんな戦闘したらそうなるんだ。

 先生は無事なのか!?


 倒れた巨木から芽が生え、獣人目がけて貫こうとする。

 同時に地面からツタが生え、獣人たちの足の自由を奪う。

 獣人は、先生の2方向の攻撃にも動じず、それを切り裂き、枝をいなしている。


 先生の姿は見えないが、木級魔術が発動しているということは無事なのだろう。

 さすが先生だ。


 巨木が倒れたさいに舞った、砂ボコリが落ち着いた。

 先生の姿が見える。

 先生は巨木に身を隠しながら、魔術を発動させていた。


 血の気が引いた。

ここから分かるくらいに、肩から腹部にかけて、袈裟懸けさがけに傷があった。

 普通の人間なら、致命傷だ。


 地面に降ろされる。というか投げ下ろされた。

 俺を縛っていたヒモが切り落とされる。


「お前も王族の端くれなら、使命を果たせ。お前が俺に言った言葉は、ただの口先だけなのか?」

 第二王子はそう言って、木の幹や枝を蹴りながら獣族に向かっていった。


 俺が、第二王子に言った言葉……。

『この国を変えてみせます』

 そうだ、俺はそう言った。


 国を変えたいのに、ここでひるんでいてどうする。

 大切な人のために戦えなくて、いつ戦うんだ。


突如、轟音が鳴り響いた。

地中から、巨大化したパックンフラワーのような、食虫?植物が現れ、獣人一匹を飲み込んだ。


これも木級魔術なのか……。

見た目がもう怪獣映画だよ。

昔の映画で見たことあるよ。

スペクタクル過ぎる。


 いや、これ、無理だろ……。

 国を変える以前に、ここから無事に生きて帰れるイメージすらわかない。


 いわんや、こんな中に入っていける気もしない。

 変に割り込んだら、確実に足手まといになる。


 花弁があっさり切り裂かれ、その中から獣人が出てきた。


 これでも仕留められないのか。

 これが獣族……。


先生が獣族に見つかって、攻撃を受ける。

枝がすんでのところで防御した。


 先生はやはり、近距離は不得手なのだろうか。

 それとも長老獣人が強すぎるのか。

 長老獣人との距離をあけられずにいる。


 もう一匹のほうは第二王子が応戦しているが、こちらも苦戦している。


 今は2匹だからなんとかなってる。

 一匹増えただけで、このバランスは崩れるだろう。

 これが群れで襲ってきたら……、考えるだけで恐ろしい。


 いや、今も十分恐ろしいだろ。

 ここは獣族の村。

 いつ援軍が来てもおかしくない。


 こんなところで、手をこまねいてる場合じゃない。

 早くなんとかしないと!



 倒壊した小屋をかき分ける。

 体を動かすごとに痛みが走る。

 でも、そんなのにかまっている場合じゃない。


 ボウガンと弾と盾を見つける。

 どちらも無事だ。


 これで何か、何かできないか?

 先生を助けられる何か。


 その時、長老獣人のところに火柱があがる。


 あれは。

 アリス!


 巨木の根元にアリスが立っていて、そこから火を放っていた。


 アリスも、来てくれていたんだ。

 こんな危ないところに。


長老獣人は先生の近くから消え、後ろに跳んでいた。

 すごい。

 こんな手の出しようもなさそうな戦闘で、先生の手助けるになる一打を打てるとは。


 そう思った。

 長老獣人のほうばかり見ていたから、もう一匹の獣人が消えたのに気づかなかった。

 

 遠くから見ても、目で追えない獣人の攻撃だ。

 アリスには何も見えなかったと思う。

 アリスは吹っ飛ばされた。


 吹っ飛ばされたと思ったら、アリスはツタに絡められていた。

 アリスを攻撃から逃がしたのか。

 それと同時に、パックンフラワーがその獣人を襲う。


 そこを、第二王子がパックンフラワーごと串刺した。

 何度も刺す。

 パックンフラワーから獣人が現れない。

 第二王子は終わったと判断したのか、長老獣人のほうに向かった。


 本当に倒せたのか?

 硫酸弾を装着し、パックンフラワーのほうに向ける。

 そこから飛び出してきたなら、俺が仕留める。


 消化液なのか、粘液が傷から漏れ出している。

 それが、獣族の色に染まってきた。


 消化、されたんだ。


 仕留めた……。

 やっと一匹を。


これで2対1になった。

 がぜん優位になった。


 先生に視線を戻した。

先生は片膝をついていた。

 いや、違う。


 目まいがした。

 先生の右足がなかった。

 切断されていた。


 それでも先生は攻撃し続ける。

 攻撃というより、防戦一方になっている。

 先生は動けない。


 第二王子が攻撃に入って、ようやく長老獣人と互角に渡り合えている。


 獣人は、第二王子の攻撃を受け流し、攻撃はもっぱら先生に向けていた。

 手負いの先生を仕留めようとしているんだ。


 獣人に硫酸弾を向ける。


 ……ダメだ、動きが速すぎて狙いが定まらない。

 そもそも着弾に時間がかかるこの武器は使えない。


どうすればいい。

ちょっと何か間違えば、きっと先生は死ぬ。


そんなのは嫌だ。

先生が……。

 考えたくない。

俺を助けに来たせいで、先生が死ぬなんて。


 先生は呼吸をするのもつらそうだ。

 きっと、そう長くもたない。


「兄様」

 メアリの声が近くで聞こえたような気がした。

 動揺しすぎて幻聴でも聞こえたのかと思った。


 声がするほうを振り返る。

 黒い塊が俺に覆いかぶさろうとしていた。


「うわああああああああ」


 後ずさろうと体を動かす。


「兄様、動かないで」


 黒い塊から、メアリの声が聞こえた。

 え? ええ?


「メアリ?」


 黒い砂が上の部分だけ落ち、顔が見えた。

 メアリだった。


 メアリが、来てくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る