第44話「マルク」

「強くありなさい」


 母は何かとこのセリフを言っていた。


「王族は強くなければなりません。弱きものに民はついてはきません。強くなければ存在する意味がないということです。第2王子である貴方もそれは変わりません」


 俺には弟がいたが、稽古中に事故死した。

 弱いやつだったが、真剣に稽古に打ち込み、俺によく教えを乞うマジメなやつだった。

 俺が王を継承し、傍らにあいつがいて、というのを考えていた俺はショックだった。

 あいつはあいつで、兄様と僕の軍で三カ国を統一する!なんて言っていたからな。


 俺は大泣きしたが、母は涙ひとつ見せなかった。


 稽古中に死ぬということは、王族の器ではなかったということ。

 遅かれ早かれそういう運命にあったのでしょう。

 むしろ、戦時にこういうことになって国に迷惑をかけることにならずホッとしています。


 母がそういうセリフを吐いたとき、強くなければ俺も死ぬのだと思った。


「王家の血を継ぐ者は、王家の威厳と品格を損なってはいけないのです」


 庭園のバラに、アブラムシがたかっていたのを見かけたことがある。

 バラの茎に群がり、必死にバラの体液を吸っている。

 そのアブラムシを、一匹ずつ、いとも簡単にテントウムシが食いつくしていく。

 そうしてアブラムシが全滅したころ、カマキリが現れてそのテントウムシを捕食する。

 その食事中に小鳥が現れ、カマキリをさらう。

 数日後、その小鳥と同じ種が何者かにハラワタを食い散らかされていた。


 弱肉強食なのだ。

 自然淘汰されるのだ、命は。


 世界のルールがそうなっているのだ。

 人間だけが違うというのは、ただのおごりだ。


 獅子はなぜ百獣の王なのか。

 それは強いからだ。

 馬はなぜ獅子に食われるのか。

 弱いからだ。


 その馬も、人間に守られている間は命が保証される。

 利用価値があるからだ。

 民も同じだ。

 王が管理しなければ、民は生きていけない。

 その代償として、民は税をおさめる。


 だから王族は、強くなければ存在価値がないのだ。

 力のない王族は、税をおさめる民より遥かに価値がない。

 いいや、それでは民に失礼だ。

 無価値だ。お前は。


「兄様の望むとおり、ここまでやってきましたよ」

 

 第3王子、いや、王族というだけで国に寄生してやがるアブラムシ野郎だ。虫けらだ。

 そいつが、身の程を知らないセリフを吐いてやがる。

 一回戦に勝利したくらいで勘違いをしているようだ。


「ああそうだな。お前を公式に処刑できることを神に感謝するぜ」


 虫けらは、全身を鎧で覆っている。

 自信がない証拠だ。

 そんなので自分の力のなさを補えると思っているのか?


「兄様、約束は果たしてもらいます。母様の安全と解放を」

「約束は守る。それより自分の身を心配したらどうだ」

「十分心配してきました。お気遣いありがとうございます」


 ふざけたセリフだ。


「……じゃあ、何があっても恨むなよ。俺は勝負で手は抜かない」

「はい。それでは兄様もいいですか? 何があっても恨まないでくださいね。こちらも手を抜けません」


 こいつ……。


「……審判、始めろ。じゃないと試合前にこいつを殺しちまう」


 審判にそう言うと、すぐさま試合開始の合図をした。

 始められるんだったら最初からそうしろよ。


「始め!」


 地面を蹴った。

 その瞬間、風が後ろに流れる。

 瞬時に高まる高揚感。

 すべてのまどろっこしい思考を吹き飛ばしていく。


 やつは瞬時に盾の後ろに隠れた。

 盾の上からクロスボウを出し、銃口を向ける。


 左に避ける。

 弾が頬をかすめ、背後で破裂音が響く。


 ……。

 いい読みだ。

 左に避けるのが分かっていたかのようだ。


 それにクロスボウのスピードを上げてきたか。

 一回戦のそれじゃ、俺に通用しないということくらいは分かるか。 


 だが、つまらんやつだ。


 接近完了。

 やつの盾の後ろ側に回り込む。

 この程度では、俺の足を止めることすらできない。

 クロスボウのスピードをあげるということは、弦を引くのに時間がかかるということ。

 2発目を打てると思うなよ?

 

 回り込む時の回転を殺さず、そのままやつの首を最短距離で狙う。

 やつは腕でガードしようとする。

 それを見計らって、斜め頭上から剣を振り下ろす。

 首筋をとらえた。

 と思った。

 

 金属と金属の衝突音。

 痺れと重い衝撃が手に伝わってきた。

 剣がとらえたのは、やつの首でもなく、鉄仮面でもなく、盾だった。


 勘のいいやつめ。

 盾の下に潜って防いだか。

 なかなか虫けららしい防御方法だ。

 みじめだな。

 反撃も何もできない、ただ丸まって事が収まるのを待つだけのダンゴムシだ。


 こいつが同じ王族だと思うと吐き気がする。

 弟は死んだのに、なぜこんなやつが生きているんだ。


 盾を蹴り上げる。

 盾から出てきたやつはクロスボウを構えていた。


「虫けらが!」


 射線から体を反らして、弾を避ける。

 そのまま体を回転させ、無防備になっている首筋を狙う。


「死ね!」


 瞬間、破裂音が響いた。

 体に何かが降りかかる。

 同時に、皮膚を小針で突くような痛みと、火であぶるような熱が襲う。

 剣の軌道がそれ、弱弱しく鉄仮面を弾いた。


 なんだ!?


 やつの腹を蹴りつけ、弾き飛ばす。

 自分の体に視線を走らせた。


 水……?

 皮膚が透明な水にぬれ、その箇所の皮膚が赤黒く変色している。

 痛みが燃えている。

 熱い。熱せられた無数の針で皮膚を刺すような痛み。

 あわてて振り払う。

 振り払えない。

 落ち着け。当たり前だ。水が振り払えるわけがない。

 そうこうしているうちに、のどにまで焼けるような熱さを感じるようになってきた。

 見れば、剣も煙を立てている。


 音の方向を見ると、水蒸気が立ち込めていた。

 2発目の弾が着弾したところだ。


 ひどい臭いがする……。

 卵が腐ったような……。


 いったい何が起きているんだ。

 こいつは同時に火と水の2系統のマジカを操るのか?

 こんな魔術は聞いたことも見たこともない。

 いや、だからなんだというんだ。

 この程度で俺をどうにかできるわけがない。


「兄様、僕は貴方が嫌いです」 

 俺に蹴り飛ばされ、まさしく虫けらのようにはいつくばっているやつが、そうほざいてくる。

「人を一面でしか判断できない兄様に、王になる資格はありません。ここで僕が引導を渡します」

「なんだと……?」


 なぜ、そのセリフが出てくる。

 頭が沸いているのか?

 もしや、勝った気になっているのか?

 マジカが使えないというのは哀れだな。

 俺にとってはこれくらいの痛み、どうってことはない。

 無知な身の程知らずは、害悪だ。害虫だ。

 やはり俺が始末しなければ。


「虫けらふぜいが……、ふざけるな!」


 距離を縮め、首めがけて剣を薙ぐ。

 やつは甲で受け止めたが、受け止めきれずに無様に転がった。

 頭上に剣を振り下ろす。

 クロスした腕で受け止めようとしたところを、隙ができた胴を薙ぎ払う。

 すると、その動きがわかっていたかのように腕で剣を止めた。


 ここまで持ちこたえたのも、俺にダメージを与えたのも認めてやろう。

 

 だが、こんなので、この俺をやれるとでも思っていたのか?

 ふざけやがって!

 お前が遊んでいる間、俺がどれだけ努力したと思っている!


 ガードを剣で無理やりはじいて、のど元を突く。

 それをずらされて、胸のプレートに当たった。

 それでも虫けらの体は浮いて、地面に転がる。

 ゴホゴホとせき込む。


 情けない……。

 弟は、お前の何十倍も強かったぞ!


 首筋を狙うと腕でガードする。

 空いたわき腹を足で蹴り上げる。

 またガードされるが、体ごと吹っ飛ぶ。


 何回も何回も攻撃をくらわした。

 それにもめげず、虫けらは何度も致命傷を避ける。

 それでも、体はボロボロのはずだ。

 なぜあきらめない。

 この鎧も軽いくせにやけに固い。


 虫けらは虫けららしく死ね!

 

 剣を振り上げた瞬間、膝が地面についた。


 何が起きたかわからなかった。


 足が動かない?

 なぜ?

 今まで、俺の思うがまま動いてきた足が、鍛錬に鍛錬を重ねてきた足が……。


「兄様、僕の狙いは硫酸ではなく、硫化水素による中毒だったんです」

 そうやつが言った。


 なに?

 と言おうとしたが、もはや言葉は出なかった。

 りゅうか…?

 こいつは、なにをいっているんだ?


「ようやく、ここまできました。これで僕の勝ちです。安心してください。僕は第1王子の右腕となり、この国を変えて見せます。すべての者が自分の個性を生かし活躍する社会へ。僕のようなマジカが使えない虫けらでも、ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る