第43話「褒められました」
「殿下」
聞き慣れた声が聞こえた。
聞き間違えかと思った。
だって、ここには来ていないと思っていたから。
振り返ると、やっぱり先生だった。
「先生!」
マスクをつけ長いマントを羽織ったお忍び姿ではあるけど、間違いなく先生だ。
「先生、見ていらしたんですか!」
「ええ、やりましたね」
先生はそう答えてくれた。
その声から、マスクの裏側に優しい微笑みを感じた。
やりましたね。
先生のその言葉が心の中でリフレインして心がはしゃいだ。
「ええ。僕なりに、やれました。先生の目から見てどう見えましたか」
明らかに声まではしゃいでしまっている。
先生に褒めてもらいたがっているのがバレバレだ。
「素晴らしかった、いえ、感動させていただきました。殿下は一人前になられました。少し寂しく感じてしまうほどに」
「いえ、そんな……まだまだ半人前です」
あいかわらずの過剰な持ち上げっぷりだ。
でも今は心地よい。
「観客の大きな歓声が聞こえましたか? 殿下の戦いには華がありますからね」
大きな歓声……、まったく気づかなかった。
思ったよりも緊張していたのだろうか。
「同時に、殿下を見る目が変わるということです。良い方向にしろ悪い方向にしろ」
「1試合でそのように変わるものでしょうか」
「見てる人は見ているものです。特に、第2王子にはお気をつけください」
「それはだいじょうぶです」
さすがの俺でも、同じ手が通用すると思っているほど甘い考えは持ち合わせていない。
そう考えると、1回戦を7号だけで倒せたのは大きいし、第2王子に2回戦であたるのも運が良かった。
「それと、何か嫌な臭いがするのです」
「嫌な臭い……ですか」
お年頃の俺としては、自分の体臭を気にしてしまうな。
「こういう人が多く集まる場所には、様々なものが集まるものです。今日は警護もしっかりしてますし、招かざる客がいたとしても大きな動きを見せたりすることもないでしょう」
「警護といえば、先生がここに来てもだいじょうぶなのですか?」
招かざる客なら、まさしく先生だろうに。
仮にも国から追放された身だ。
宮廷魔術師としてのキャリアと、マスクでも隠し切れない容姿は、熟練者や先生と関係が深い者が集まりそうなこの場所では、見る人が見れば分かるものなんじゃなかろうか。
「出場選手の容姿身なりを全て把握している者などいません。選手のふりをしていれば安全でしょう。私の変装は完璧ですからね」
かん、ぺき?
マスクかぶってマントを羽織っただけにしか見えないが。
「それと」
と、先生が思い出したように口を開く。
「アリスも来ています」
先生のマントの中から、キョロキョロしながら顔をひょこっと顔を出すアリス。
巣から顔を出して鼻をひくひくさせているハムスターに似ている。
アリスも来てくれていたんだ。うれしいなぁ。
よく来たねとか言ってさりげなく頭なでたりしたら怒られるかなぁ。
そんなことを考えている俺をよそに、アリスは手のひらを上に向けて、火を灯す。
「んん?」
なんだろうか。火を使う場面ではないが……。
そんなふうに思いながら見ていると、炎が何かをかたどっている。
何かの図形のような……、マークのような。
あれ!? これ文字じゃん!
その文字は、
’だいじょうぶ’
’?’
あ、アリスが俺を心配してくれている! しかも、
「文字、覚えたの!?」
アリスは少し困ったような照れたような顔をして、
’少し’
と、文字を作った。
なんということでしょう。
文字が書けないどころか読めもしなかったアリスが、火で文字を作っているではありませんか。
「すごい、すごいね!」
そう言うと、アリスはふるふると首を振る。
この世界の文字は、イメージとしてはアルファベットを丸っこくした感じだ。
この世界で”少し”のスペルは5文字。
それが火で表現されている。
前世のネオンのようでいて、激しさもあり、ゆらめき立ち上り、芸術的だ。
1文字だって作るのは大変だろうに。
’あなた’ ’もっと’ ’すぎょい’
アリスは少々スペルミスしながらも、そう文字を作った。
「ん? 俺、すごいの?」
アリスはうなづく。
「何が? あ、さっきの試合か」
またうなづく。
「といっても、今回は相性の良さと7号のおかげみたいなもんだからな。俺がすごいというとまた微妙だな……」
相手の動きが単細胞だから予見眼もうまく使えたし、動きが遅かったから狙いがつけやすかった。
多彩な動きをもつ熟練者か、動きが早いやつだったら、こううまくはいかなかっただろう。
そんな俺に、アリスは首をふって、’すぎょい’を出していた。
’でも’
「でも?」
’次’ ’危にゃい’
顔をあげると、先生もうなづいている。
誤字にはつっこまないのか。
「実際に戦いを経験してみて、分かったこともあるでしょう。頭で考えていたものと、体の反応は違っていませんでしたか?」
先生にはあの震えが見えていたんだろう。
恥ずかしいな。
「第2王子は、あの若さながらベスト16に入る逸材です。先ほどの相手とは比べるべくもありません。”兵士相手に実戦を経験し勝利した” 今回はこれで十分ではありませんか?」
先生がそう言ってくれる。アリスも。
第1王子のセリフが思い返された。
『周りの人は、本当にそれを望んでいるのか』
「心配してくださってありがとうございます」
まずは、俺のことをずっと心配してくれる2人に感謝を言う。
そのうえで。
「母様のことももちろんありますが、正直言うと、僕自身、第2王子と戦ってみたいんです」
そう答えた俺に、先生が少し驚いた顔をしている。
戦いたい、そう言ったのはおそらく生まれて初めてだ。
「自分がどこまで通用するかやってみたいんです。命の危険はわかります。それでも、何もしないで引き下がることはしたくないんです」
先生は少し押し黙ったが、すぐに
「そうですか、わかりました」
いつもの微笑みに戻ってそう言った。
「血のつながりとはすごいものですね。やはり殿下は王の子です」
父親に似ている、割と言われるがそうなのだろうか。
全然かすりもしていないと思うのだが。
「殿下は危険を承知で成長を望まれているのですね。浅はかにもそのご意思をくじくような発言、どうぞお許しください」
「いやいや! 浅はかなのは僕というか、いろんな意味で危険をかえりみないユーチューバーというか……」
「ゆーちゅ? なんですか?」
「いえ、こちらの話です」
そんなやり取りをしている俺を、アリスが不安そうな顔で見ている。
「やっぱりアリスも心配?」
アリスは不安そうな顔のまま、肯定も否定もしない。
そして、また手に火をともした。
’メアリ’
そう火文字をつくった。
「え? メアリも来ているの?」
アリスが申し訳なさそうな顔をして、ゆっくりと首をふる。
「アリスがメアリを連れてこようとしたようですが、断られてしまったようです」
と先生が補足した。
「アリスが、メアリを? なぜ?」
「妹であるメアリが応援しに来てくれれば、殿下の力になると思ったそうです」
しゅんとしているアリス。
そうか、アリスには弟がいた。だからそう思ったんだな。
「ありがとう、アリス。でもメアリは心の病気でね。外に出るのは難しいんだ。無理に連れてこようとしてはいけないよ」
引きこもりになったことはないというか、引きこもりが許されない環境に育ったせいでわからないが、引きこもりから脱却するのは並大抵のことではないのだろう。
これでメアリとアリスが不仲になってなければいいが……。
アリスはポケットに手をつっこみ、銀の指輪を取り出した。
差し出すので受け取る。
見ると、ドラゴンがあしらわれていた。
「できたんだ!」
思わずそう叫んだ。
まだまだつくりが粗いが、間違いなくドラゴンだ。
この細いリングに、しっかりと表情も体の動きも見て取れる。
’メアリ’ ’から’ ’がんばって’
「うん、がんばるよ。ありがとう。ありがとう、アリス、メアリ、ありがとう」
「うごおおおお」
そんな俺の中でトップ3に入るだろう感動シーンの最中に、いきなり救護室のほうから大きな叫び声が響いた。
アリスの体がびくっとなった。
「あれは……」
ハート様の声。
声からも察せるが、腕の火傷は重いものだろう。
テルミット反応が起こす熱量は、戦車の装甲をも溶かすものだという。
戦争で使われるような十数kg と比べれば 1/100くらいしかないけど、それでも高温なのは間違いない。
それだけではない。
缶の破片が突き刺さる。
無事で済むはずがない。
「対戦相手のことを気にしていますね」
「そうですね。自分がしたことですから」
「殿下、ひとつだけ申し上げさせていただきます」
先生がそう重々しく口を開いた。
「敵に情けをかけてはいけません。足をすくわれかねませんし、心が持ちません。多くの人が巻き込まれ、戦わなければいけない場面が出てくる、その度に、すべてを受け止めていくつもりですか」
先生の言葉には重みがあった。
きっと数々の経験から導き出された”真理”なのだろう。
「たしかに、そうですね……」
先生の言葉にそう返すのがやっとだった。
母様が以前言っていた、民に耳を貸す必要はないという言葉も思い返した。
第2王子は、弱い者は生きているだけで罪とすら言っていた。
みな、それぞれ信念をもって生きている。
俺はまだ、ふわふわなまんまだな。
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