第35話「妹に会いました」

「妹……?」


 いやでも、こんな王女いるか?

 百歩ゆずって地下にすんでたとして、ベッドの下に潜んでないだろ。

 かくれんぼをしているようには見えないし、浮浪児が迷いこんだか?


 ベッドの下から出てこようとしない。

 俺のことを家主だと思って警戒しているのだろうか。


「ほら、何にもしないないからおいで。そんなところにいると体に毒だよ」

 俺のセリフにも反応せず、むしろ態度を硬化させているようにすら見える。

 

 このまま放っておいて、先程の女性に任せるという選択肢もある。

 けれど、妹という可能性もゼロというわけではない。

 母親の留守に女子部屋に侵入した変態男という誤解を幼心に植え付けてしまったとしたならば由々しき事態だ。

 誤解は解かなければならぬ。


「怖くないよー優しいよー出ておいでー」

 自分で言うとしらじらしい事この上ないな。

 もちろん反応はない。

 しかたない。

 なだめてダメなら押してみよう。


「おらあ! 出てこいやあ! いつまでも俺がおとなしいと思ったら大間違いやでえ!」

 ベッドを音が鳴るように大げさに蹴ってみた。

 ガンガンガン。


 ……俺、人んちの部屋でなにやってんだろ。

 改めてベッドをのぞくと、女の子はベッドの下で震えていた。

 ……うん、逆効果だね。

 もうめんどくさいから、手引っ張って引きずり出しちゃおうかな。

 いやいや、さすがにかわいそうだな。


 そうだ。これがある。

 アリスにあげようと思ってたパン。

 ヘンゼルとグレーテルばりの配置でちぎったパンを置いていく。

 このパンを一つずつ食べていくうちに、いつの間にか俺の目の前に現れる算段だ。

 ……いやいやいや、こんなパン食べるの小鳥くらいだわ。

 と思ったら、出てきていた。

 わお。


「やあ、はじめまして。だいぶ食欲旺盛だね?」

 ほっぺたにパンを詰め込んでむさぼっている食欲全開な女の子に内心狼狽ろうばいしながらも挨拶する。

 まったく聞いちゃいないが。

 それにしても、すごい身なりをしているな。

 上下の服ともボロボロで、ヒザの部分なんか布地が擦り切れて、ヒザ小僧がこんにちわしてる。

 しかもすごく痩せている。そりゃ食欲全開にもなるわ。

 

「………!」

 食べ終わって状況が分かったのか、オドオドし始めた。

 目を泳がせて、頬を赤らめて、手をせわしなく動かしている。

 背が低いから小動物みたいだ。

 身なりで気づかなかったが、すごくきれいな黒髪だ。

 あんなベッドの下にいたら、髪の毛がホコリまみれになりそうなもんだが。

 ただ、髪が伸びすぎてて目元まで隠れ気味で、表情が分かりにくい。


「なんだ、アンタまだいたのかい」

 自称、妹の母親が帰ってきた。

「まだ妹に会えていないので……。どちらにいるんですか?」

「そこにいるじゃないか」

 へ? この子以外に人の気配がないけどな?

 もしや、この子は妹とかくれんぼをしていたのか?

 もしかして? 本当にこの子が妹? 


 女の子は猛烈な早さで、自称妹の母親に抱きつき後ろに隠れた。

「メアリ。この人は第三王子だ。お前の兄さんだよ」

 兄さんだよ…兄さんだよ…兄さんだよ…。

 女性が発したその台詞が、頭の中でエコー気味にリフレインした。


「その子がメアリ、妹……?」

「そうだよ。他に誰がいるんだい。……ああ、そうか。この子が王女だなんて、普通は誰も思わないか」

 その通りだ。とても王女には見えない。

 農民なんかより、よっぽどひどい生活を送っているように見える。

 俺なんか王族扱いされていないと思っていたけど、この子の足元にも及ばない。


「この子が人前に姿を現すなんて珍しいね」

「もので釣ったなんて言えない」

「すでに口に出てるぞ。……そんなところにいつまでも隠れてるんじゃない」

 妹の母親は女の子――メアリを引き離して席に座った。

 胸元からパイプタバコを取り出し、指に火を点してパイプの底をあぶり始める。

 幼い子どもの前で喫煙なんて、なんて前世の常識を持ち出すのはナンセンスだな。

 それでも、この親子関係はなんだか見ていて寂しいものを感じる。


「タバコが珍しいかい?」

 しばらく眺めていたら、そう母親に聞かれた。

「いえ、妹が……なんというか……」

「王族にしては、みすぼらしい……かい?」

「あ、いえ、まあ、そのような感じです。王族なのにこんなところにいるのは珍しいなと」

「こんなところ? 子どもは素直だね。アンタたちにとってはこんなところかもしれないけど私には天国さ。屋根付き食事付き、それ以上望むのは罰があたるよ」


 なるほどな。食事付きの割には妹は痩せすぎてる感はあるが。

「……言いたいことはわかる。私もかつて豪華な生活を夢見ていた。でも所詮は農民出のメイドの身でそんな夢を見ちゃいけなかったのさ。ましてや、王に女として愛される夢なんて……」


 おう……、父親め、メイドを手籠めにしやがった!

 男なら一度は憧れるシチュエーションだが、うらやましいなおい!

 いやいや、そうじゃない。


「身分がどうであろうと、王が夫で、妹にとって父親であることは間違いないのではないですか? こんな地下に押し込まれるのではなく、せめて別邸にでも住居を移すように願い出てもよいと思います」

 マジカが使えない俺がぬくぬくと別邸で暮らし、妹がこんな地下で貧困にあえいでいる。

 申し訳ないというか、この扱いの差はなんなんだろう。


「坊やにはちょっと早い話だったね。子ども相手に愚痴るなんてヤキが回ったもんだよ。本当なら国外追放だったのを、王が、メアリが金級魔術師としての才能があるとかなんとか理由をこじつけて守ってくれたんだ。私にはそれだけで十分」

 メアリには本当に金級魔術師としての才能があるのか、それともウソで彼女たちを守ったのか。

 それにしても、父親は愛されすぎだろ。

 それとも母親たちが奥ゆかしすぎるのか、封建社会がそうさせるのか。


「うちの娘を妹として訪ねてくれたのはアンタが初めてだ。いろいろあって娘はこんな性格になっちまったけど、時間あるときに構ってやってくれたら嬉しい」

 育児放置気味な母親かと思ったら、全然そんなことなさそうだ。

 誤解して申しわけない。


「そういえば、名乗ってなかったね。私はカシス。ジャン=ジャック殿下、よろしく」

 手を指し出されたので、握り返す。

 ……ゴツゴツしている。

 母親のもちもちしている手とだいぶ違う。


「カシス王妃、お目にかかれて光栄です」

 これで挨拶合っているんだろうか。

 と思ってたら大爆笑された。

「王妃なんて! 初めて言われた! 私が王妃! ははは! ……いや、ハハ、あの女の子どもとは思えないね」

「そ、そうですか? えへへへ……」


 あの人、この人になんて言ったんだ……。

 知りたくないな……。

 高すぎる貴族意識で、悪気なくヘイトスピーチしそうだからなあの人は。

 話題変えよう。


「メアリは金魔術が使えるのですか?」

 メアリのことを少しでも知って、今日は帰ろうと思う。

「知らないね。この子がマジカを使ったところを見たことがないから」

「そうなんですか?」

 マジカが使えないなら大事件じゃないか。


「何度かメアリにやらせてみたんだけどね。ダメだったよ。まあ嘘だって分かっていたけどね。金級魔術を使えるなら、ここに住まわせられる建前になるし、まだ赤子だったメアリに金級魔術を使えるかどうかを証明させることもできない」


いろいろと大変だったんだな……。

王は王なりに二人を守ろうとしたのか。

俺は母親が貴族出身だったというだけで、衣食住昼寝つき。

かたや、メイドというだけで地下に押し込まれる。

理不尽だな。


「メアリ、また来るよ。俺のことあんまり好きじゃないかもだけどさ」

 そう言おうとしたが、メアリはすでにいなかった。

 ベッドの下をのぞくと、やはりいた。

 仰向けに寝転がっている。

 まあ、メアリそっちのけで、俺とメアリ母との話が長かったからな。


 ……いや、おかしい。


 ベッドの下に潜りこんでいることじゃない。

 メアリはベッドの裏側で、何かせわしなく手を動かしていることが。


 もしやと思った。

 ベッドをひっくり返す。

 母親がびっくりしていた。

 メアリもびっくりしたまま、天井を見上げている。

 2人には唐突過ぎて驚かせてしまったな。

 でも一番驚いたのは俺だ。


 メアリがベッドの下でしていた、いや、作り上げていたものは。

 ベッドの裏側にあるわずかな金属を引き延ばして作った、

 今にも飛び出してきそうなドラゴンの彫刻だった。


 ドラゴンを細部までイメージできる頭脳にも驚きだが、それを実現できる金属の加工技術。

 先ほどの見学で装飾品担当の職人がいたが、メアリの作った装飾品のレベルは彼らと比較してもまったく引けを取らないトップクラスのものだと思う。

 並々ならぬ集中力と執念がないとできないのではないだろうか。

 末恐ろしいと思った。


「王はウソをついていなかった。メアリは天才です」

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