第34話「見学に行きました」
東塔に着いた。
6階建てで、下の数階は窓が多くついている。
塔というよりは工房のような感じだ。
工房にありがちな金属を叩く音は聞こえてこないが。
ふらっと入ってもいいのだろうか。
入ろう。
「てめええええ!
「すみません!」
入ったらいきなり怒号が聞こえた。
マジこええ。昔のバイト先で怒鳴り散らされた記憶が
どこの時代でも、工場とかでは怒鳴り声が響くもんなんだろうか。
失敗は損失だからな。
とりあえず、おじゃましますと小声で言いながら中を歩いてみる。
職人は上半身裸でハチマキ姿みたいなものを想像していたが、マスクして白衣にエプロンというような、食品工場みたいな身なりをしている。
窓は多く空いているが、熱を逃がすというよりは臭いを取る目的なのだろう。全然暑くない。
内観は、割と中世ヨーロッパの工房のイメージに近い。いや中世ヨーロッパ知らないけど。
レンガ造りの壁に、大鍋、鋳造の型なんかが所狭しと置いてある。
「おい、ガキ。こんなところで何してる」
呼び止められる。
「私は第3王子のジャン=ジャックです。社会科見学に来ました」
この世界に社会科見学があるかどうかわからんが。
「見学か。ここは王族であろうと貴族であろうと特別扱いはしない。俺たちのジャマになるようだったら、即刻追い出すからな」
ジャマにならなければいいということだろうか。
普通ならどうケガするかも分からない子どもを自由にしたりなんかしないと思うが。
まあ、お言葉に甘えて見て回ることにする。
それにしても王族も貴族も特別扱いしないってことは、上位の金級魔術師はかなりの厚遇なのかもしれない。
大釜のところに行く。
鉄鉱石の発掘で作業していた男たちに似た人たちが、次々と鉱物を投げ込んでいく。
職人と思われる男が、その大鍋に手を当て目を閉じている。
釜を覗くと、圧巻だった。
放り込まれた鉱物が溶けていく。
やがて表層に液状のメタリックシルバーが浮き出てくる。
金属だ。しかも見た目からして純度が高い。
これが製銑か。
日本だっていろいろステップがあってようやく純度が高い金属ができるはずなのに、こんな短時間で……、マジカまじ恐ろしい。
それに金属が
マジカで分離しているから温度とか関係ないのか。
すんげーエコだな。燃料がいらないんだ。
鍋からパイプが出ていて、融けた金属が鋳型に流れ込む。
冷えるまで時間がかかりそうなものだが、鋳型からすぐに取り出されている。
取り出されたのは剣だった。
剣にしては刃の部分がただの棒のように丸くなっていて、とても切れそうにない。
剣の形した鈍器かなと思っていたら、職人が刃を両手で包みながら根本から剣先までなぞると、薄くのばされ、刃先が鋭い剣になっていた。
ぎょえええ。
本当に魔法の世界だわ。
高炉もハンマーも高度な職人技術もいらない。
日本の職人が見たら泣くぞ。
いや、マジカのコントロールとかが高度なのかもしんないけどね。
それでいて分業して、マニュファクチュアなところが妙にリアルだ。
効率化されマジカだけに頼らないところが、工学系の心にグッとくるね。
他の階も見てみることにした。
1階と2階は鉄、3階は青銅やアルミを使った装飾品や美術品、4階より上は住居。
その上に上がろうとしたら、立入禁止だと言われた。
なんだろうか。気になるな。
まあ、よくよく考えれば予想がつくな。
金や銀などの貴金属がある部屋だろう。
工程もだいたい理解できたし、3階でこっそりアルミを拝借したし、ここに来る目的は達成したからいいだろう。
いや、妹に会ってないな。
会わなくてもいいかとも思うが、せっかくだから顔を見ておきたい。
妹というからには俺より年下なんだろうが、どういう人物か知っておかないといろいろと心配だ。
そう思うのも全ては第2王子のせいだが……。
できるなら、兄弟で仲良くしたいしな。
しかたないとはいえ、前世で幼い妹と弟を置き去りにしてきた罪悪感もある。
俺のような劣等遺伝子なんて、お兄様と思うだけで虫酸が走るとか言われたら、そっと帰って涙で枕を濡らそう。
1階に戻り、最後に妹に挨拶したいのですがと先ほどの職人に声をかける。
妹と言って通じるかと思ったら、無言で下を指さした。
あ、地下があったのね。
地下?
なんで王族であるはずの妹が地下にいるんだ?
そういえば、そもそも東塔にいること自体おかしい気がしてきた。
地下に行く階段を見つけて中を覗いてみる。
地下だけあって薄暗い。
ロウソクに照らされた階段を下りて地下に着くと、甲冑がところ狭しと並んでいた。
ここは倉庫か。
ここだけ夜かと思うレベルで暗い。
倉庫だから灯りがあるだけマシなのか。
歩いていると、チュッと泣き声が聞こえた。ネズミがいるらしい。
こんなところ、人が住むような場所ではなさそうに見えるが、ここに妹がいるのだろうか。
「誰だ?」
急に女性の声がして驚いて声がでそうになった。
「わ、私は第3王子のジャン=ジャックです。社会科見学に来ました!」
本日2回目の自己紹介だ。声がうわずっているが。
「第3王子……。お前がそうか。ここには武器と防具しかない。見学なら他に行きな」
その女性は、この口調のわりに高校生くらいの子どもだった。
身なりはなぜかメイドの恰好をしているが、ご奉仕してくれそうな性格はしてなさそうだ。
この子が妹だったりして。
いやいや、前世では年下だが、現世ではかなりの年上だ。姉だとしても妹ではないだろう。
「ここには私の妹がいると聞いたもので。ついでと言ってはなんですが、一度お会いしたいなと」
「会ってどうする」
やはりここにいるのか。
「妹に会いに来るのに理由なんて必要でしょうか」
そう答えると、その女性は意外そうな顔をした。
「おい、何やってんだ」
今度は後ろから男の声だ。
「アンタ、今日も早いね」
「早くお前に会いたくてさ」
「調子のいいこと言って。……子どもはさっさと帰んな。娘に会うなら、そっちにいるから勝手に会うといい」
娘? 母親だったのか。
こりゃまたかなり若いな。
妹が何歳だかしらないが、下手したら12歳くらいで妹を生んだんじゃないか。
俺の母親とはキャラがだいぶ違うな。
貴族……には見えないな。
貴族しか結婚しちゃいけないってこともないのか。
なんにしても今は王族なんだから、身なりも口調ももうちょっと王族らしくてもいい気がするが。
それに、妹は王女になるんだよな。
勝手に会えって、扱いがぞんざい過ぎないか?
しかも幼い子どもだぞ。
誘拐しちゃうかもよ。しないけど。
「失礼しまーす」
いかにも立て付けが悪いですというような音を立てて扉が開く。
何回かノックをしても返事がないから開けてしまった。
テーブルとベッドしかない簡素な部屋。俺たちの部屋と似てる。
ただテーブルもベッドも年季が入ってるというか、古めかしい。
虫もはってるし、地下という環境のせいもあって牢屋みたいな場所だ。
っていうか、
「誰もいないじゃん…」
子どもだと思って適当なこと言いやがったな。
そりゃそうか。上の階に住居があるのに、こんなところに住む理由がない。
わかりやすいウソにだまされちゃったな。
まあいいや帰るか。
冷たい言い方だが無理に会う必要がない。
第2王子みたいなヤブ蛇突いたら大変だ。
まあ、あれは勝手にわいてきたが。
と思って立ち去ろうとしたらガタッとベッドが揺れてビクッとなった。
「なんだ……?」
のぞく必要はない。人の部屋だし。
でも気になるのが人の
手で顔をガードしながらベッドの下をのぞいてみた。
そしたら人がいた。
「うぇえええええ!!!」
ネズミか蛇くらいのを想定していた俺には予想斜め上の存在にびっくりした。
だってベッドの下に人がいるとは思わないじゃん!?
アメリカだったらベッドの下に間男がいるのが日常茶飯事かもしんないけどさ!
思わず飛び上がるようにして距離をとった。
静寂。
なんのリアクションもない。
何かの間違いかもしれない。枯れすすきが幽霊に見えるあれさ。オバケなんてウソさ。見間違えたのさ。
そう自分を思い直して、もう一回のぞいてみる。
やっぱり人だった。
小さな、5歳前後の女の子?
ちょっと動いてる。生きてはいるようだ。
ちょっと冷静になってきたので、考えてみると一つの推論に行きつく。
「妹……?」
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