第33話「金属を知りました」

 先生が住む、森の住まい。

 そのベッドに横たわる俺とアリス。

 暖かい春の日差しを感じる。


 死ぬかと思った……。


 昨日、先生に異世界カミングアウトして、すぐにぶっ倒れた。

 それから一晩たって昼になっているが、まだ動ける気がしない。

 気持ち悪い……。


 硫化物ガスを吸いすぎたんだな。

 しばらくは先生と話し込むくらいの余裕はあったのに。

 ああ、それがいけなかったのか。

 あんな硫酸が発生している場所で、話し込んだらこうなる。


 普通は臭くていられないはずなんだけど、鼻がいかれたな。

 それプラス、硫酸ができたハイテンションと、先生へのカミングアウトによる情緒不安定から、低濃度のガスに疎くなって、危機意識もなく、ずっと体内に溜め込んでいってしまったようだ。


 そしてリバース。

 それにつられたのか、アリスもリバース。

 2人しておろろろろろ。


「殿下、だいじょうぶですか」

「みずを……」

 先生が心配してくれてたのを即答する。

 体が動かせないくらいだるい。

 用意してもらった水を飲み干す。


「アリスはだいじょうぶでしょうか」

 アリスは寝苦しそうに隣で寝ている。

「問題はないと思われます」

「アリスには悪いことをしました」

 それと、顔が整っている子の吐いている姿は、めっちゃ興奮すると思ってしまってごめん。


「先生はだいじょうぶだったのですか?」

「かなり不調を感じています」

「それは、申しわけありませんでした」

 全然そうは見えないが。


「いえ、こういう毒もあるのだと勉強になりました」

「こういっては失礼かもしれませんが、先生はなんともなさそうに見えますね。やはり身体強化のおかげですか?」

「そうともいえますね」

「体の内部まで強化できるとなると、この秘策が効かない相手もいるということですね」


 飛散した硫酸は外面の身体強化、充満するガスは内面の身体強化で防御。

 マジカ、万能かよ……。

 これはイケる!って思ったんだけどな。浅はかだった。

 また振り出しに戻る、か。

 体調の悪さも手伝って、軽く絶望しそうだ。


「そうともいえません」

「? そうなんですか?」

「内部を強化といっても、毒の耐性があがるわけではありません。単に内部を防護することしかできません。つまり、今回のガスを吸収しないようにするということは、空気も吸収できないということです。経口毒も同じです。食物を取り入れるのも毒を取り入れるのも、体は区別がつきません。よって、マジカでできることは、肝臓と腎臓を活発化して、解毒を促すくらいです。つまり、戦士相手にも毒は効果的です」


 おお、それは良かった!

 ……のか?

 今回のガスは濃度によっては致死性あるから、量によっては人を殺してしまう。

 倫理的に、それはマズいだろ。


 いやいや、今さらそんなこと言ってどうする。やらなければやられる。

 だからと言って、人を殺していい理由にはならない。

 あくまで試合だし。

 試合じゃなくても殺したくないが。

 量を少なくしたら負けるし、強くしたら殺してしまうし、難しいところだな。


「硫酸と言いましたか。扱いに難儀しそうですね」

「改善の余地は大いにありそうです」

 しかも、扱い方を間違えたらこっちが死ぬ。

 うん……、マジでいばらの道だな。茨というか崖だな。道すら見えない。


「武道会の開催はいつなのでしょうか」

「まだ告知されていませんのでわかりませんが、例年通りなら半年後くらいですね」

 意外と結構あるな。

 少なくとも考える時間はありそうだ。


 さて、硫酸は接触法で作った。

 俺のにわか知識でも、なんとかそれらしいものができた。

 中学校の教科書にも載ってる。

 って、化学の先生が言っていたがまったく覚えていない。

 バイト先が硫酸工場でよかったな。


 硫黄を燃やして二酸化硫黄

 二酸化硫黄を触媒と接触させて三酸化硫黄

 水と反応させて硫酸


 触媒は何とかバナジウムだが、昔は白金でやったことがあるというのをなんとなく思い出せたのが良かった。

 バイト先での知識が役に立った……までは良かったが、さてどうするか。

 そもそも、火が必要なんだよな。

 火が使えなかったら扱い方以前の問題だ。

 ガスも硫酸も発生しないんだから。


 事前にアリスと一緒に硫酸をつくっておいて、持ち運べるようにしておくというのはどうだろうか。

 できるだろうか。

 前回の飛散しまくっている状況を見ると、硫酸を回収できる気がしない。


 じゃあ、三酸化硫黄ならどうだろう。

 水をかけるだけでハイ硫酸。

 硫酸生成のときに爆発するみたいだし、威力は倍増だ。


 とはいえ、あの有毒ガスの中から、三酸化硫黄を抽出するのは命の危険を感じるレベルだよな。

 それに、水と反応するレベルの酸を持ち運べるのか。

 湿気にも反応しちゃうだろうからな。


 やっぱり火が一番安全で簡単だ。

 マッチでもあれば、それで十分なんだ。

 この世界だってマジカ以外でちょっとした火種を起こす方法くらいあるだろう。


「マジカ以外に火を起こす方法はありますか」

 先生は少し考えてくれたが、首を横に振る。

「思いつきません」

 木を摩擦熱で燃やす方法すら思いつかないのか……。


 そりゃそうか。

 マジカで簡単に火がつくのに、木を摩擦して火を起こすなんて大変な行為をやるわけがない。

 前世で、俺がライターとコンロ以外で火を起こしたことがないのと一緒だ。

 ほかの方法なんて、なおさら思いつきもしないだろう。


 思い出そう。

 給料をあげるために必死で勉強した危険物取扱者試験を。

 勉強嫌いの俺が必死に勝ち取った知識を。


 ………。


 そうだ!

 ア…アルミニウム粉! アルミニウム粉があるじゃないか!


 いや……、ないな……、そもそもアルミニウム自体がない。

 アルミを作るためには、大量の電気が必要だ。

 どれくらい電気が必要かっていうと、電気の缶詰ってあだ名がつくレベル。

 電気の気配すらないこの世界で、どこにアルミニウムがあるっていうんだ。

 いや、ないよな? ないだろう? ないのか? あるのか? あったらいいな?


「先生、この世界で使われている金属は、例えばどんなものがあるのですか?」

「鉄、金、白金(プラチナ)、銀、銅、青銅、鉛、ジュラン、ミスリル。ざっと思いつくのはこれくらいでしょうか」

 けっこうあるんだな。

 最後の二つなんて知らないから日本語に訳せない。


「ジュランとミスリルとはなんですか?」

「ジュランとは、もっとも軽い金属です。柔らかいので武器には使われにくいのですが、加工がしやすく、芸術品や強度の必要のない建築物の材料として使われます。見た目は銀に似ています。ミスリルは至高の金属と言われ、鉄よりも固く、ジュランよりも軽く、プラチナのように輝き、しかも色あせることはありません。金以上の価値があるとされていますが、この三ヵ国では産出されたことがありませんね」

「先生はミスリルを見たことがあるのですか?」

「私の故郷では使われていると聞いていましたが、見たことはありません」


 へー、ミスリルなんて完璧金属が本当に存在するのかね。

 一方のジュランはこの世界では不人気そうだな。

 柔らかい金属なんて、使いどころに困りそうだ。

 前世だったら、柔らかくて軽い金属なんて使いどころいっぱいあるのに。

 柔らかくて軽い銀色の金属?


 ……。

 …。

 アルミじゃん!?


「先生、ジュランの装飾品をひとつ僕にくれませんか!?」

「いいですよ」

 ブレスレットを外して渡してくれた。

 軽いし、そこそこの強度もある。

 軽く叩いてみると、アルミ独特の軽い音がする。


「このジュランはどのように産出しているのですか?」

「赤灰石(しゃっかいせき)と言われる鉱石を、金級魔術師が金属部分だけを抽出するのです」

「金…級魔術師…だと……」


 そうだった。この世界はマジカという便利なものがあったんだ。

 おそらく間違いない。これはアルミだ。

 しゃっかいせきとか言われるやつは、ボーキサイト。


 じゃあ、なんでもっとアルミが流行らないんだ?

 アルミ合金の防具とか、鉄よりも流行っておかしくない。

 先生が青銅と言ったあたり、合金の概念がないわけではないと思うが…。


「お返しします」

 今すぐ粉末にして試してアルミかどうか確かめたいが、先生のアクセサリーをそんなふうに使えるわけがない。

「何か分かりましたか?」

「いえ、今はまだ確証はありません。鉱物学について知識をつけたいです」

 アルミを手に入れればそれでも十分だが、鉄より硬い防具が作れるなら俺の命が助かる確率も増える。


「それなら、金級魔術師に会うと良いでしょう」

「そうですね、ぜひ」

 生業にしている人に聞くのが一番よいだろう。


「東塔は国のお抱え金級魔術師の作業場と住居となっています。職人気質の人が多いと聞きますので、殿下が歓迎されるとは限りませんが」


 東塔がまるまる金級魔術師専用か。重用されているな。当たり前か。

 軍事力の要だからな。

 金級魔術師に今まで出会ったことがないが、腕がたつ金級魔術師は登用されやすいだろう。


「そこに、たしか殿下の妹君もいらっしゃったはずです。せっかくですから、お会いになったらいかがですか?」

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