第32話「お話ししました」
「生まれ変わり……?」
先生は、そう聞き返した。
アリスは首をかしげて俺を見てる。
「そうです。僕は一度死んでこの世界に生まれ変わりました。前世の記憶をもったまま」
これから先、どんどん前世の記憶を応用する場面が出てくるだろう。
もう正直に話した方がいいと思った。
いや、もう話さないでいるのがつらくなってきたんだ。
何より、手放しでほめてくれる先生を裏切っているような気がして……。
先生は黙った。
アリスは先生と俺を交互に見て、戸惑っているようだった。
この時間がなんの時間か分からない。
ただ、先生に嫌われないだろうか、なんて思った。
……俺って、先生に嫌われるのが怖いんだな。
ここに来てから、誰かに嫌われるのが怖いとか思ったことなかったのに。
「そうですか。分かりました」
先生は、たったそれだけ言った。
「わかった、のですか?」
「ええ、今までのことを振り返ると全てに合点がいきます。そのようなことがあるとは信じがたいですが」
「そうですよね。僕もいまだに信じられませんから」
「殿下、念のため確認したいのですが、その話は、この液体の製法の秘密を守るための嘘ですか? もし嘘であるならば、今すぐそうおっしゃってください。私に嘘をつかずとも、詮索するつもりはありません」
先生は言葉を続ける。
「ただ、これからずっと殿下に嘘をつかれることが寂しいのです」
やっぱりまるっきり信じたわけじゃないか。
先生の目は本当に寂しそうに見える。
先生には申し訳ないが、俺は少し嬉しく感じた。
「神に、いえ、先生に誓ってウソはつきません」
「そうですか」
先生は微笑んだ。
その笑顔を見て、なんだか不安になった。
「先生は、気持ち悪くないですか。僕のような子どもが前世の記憶をもっているだなんて。それに今まで先生がほめてくれたことは、前世の記憶を使い回したものに過ぎません。それ以外は凡人以下です。それが先生を……、がっかりさせませんか」
「がっかりなど、するわけありません」
「先生、先生までいなくなってしまったら、僕の味方はだれもいません。僕は、これから……」
こんなこと言うつもりはなかったのに、言葉があふれてくる。
今まで言わなかったことを言ったせいなのかな。
心のフタが外れたように、感情があふれ出る。
「殿下……」
先生は抱きしめてくれた。
柔らかくて優しい空間に包まれる。
「情けないですね。僕は本当なら17歳、いえ、あれから6年経ちました。23歳を過ぎた良い大人です。弱音をはいて情けないですね」
「300を超えた私からしたら、6歳だろうと17歳だろうと23歳だろうと、たいして変わりはありません。それに、いくつになっても弱い部分を誰しも抱えて生きているのですから」
「……ありがとうございます」
声がにじんでいた。
「殿下……。本当の故郷に戻れる日が来ない。それはいかほどの絶望でしょうか。王妃にも乳母にもなつかなかったのは、そのためだったのですね。よくぞ6年も耐えられました。力もなく、心許せるものもなく……、とめどなく故郷に思い焦がれる日もあったでしょう。せめて……、私でよければですが……、この世界の母親だと思ってください」
いえ、先生のおかげで、それほどつらい時間ではありませんでした。むしろ楽しい時間でした。
母様も、我が子として一生懸命育ててくれました。母様には感謝してもしきれません。
そう言おうと思ったら、言葉が出なかった。
自分が思っている以上に、気を張って生きてきたんだとようやく気付いた。
この世界に来て初めて、いや前世でもなかったと思う。
何もはばからず泣くのは。
先生は俺が泣き止むまでずっと、抱きしめてくれていた。
後ろから小さく抱きしめられる感触が加わった。
それがアリスだとわかったとき、また泣いた。
「それにしても、転生ですか。私が信仰してきたものと違うので、ちょっとしたカルチャーショックです」
先生は俺の隣に座って、話しかけてくれる。
いつもの雑談のような会話が心地いい。
アリスは隣に座って空を眺めている。
「先生はどのような宗教を信仰しているのですか?」
「私は、いえ、私たち魔族は、死した魂は、水に変わり、土に染み渡り、ミネラル(金属)を生み出し、火に溶け、大地の一部となり、草木を生やすと考えてきました。殿下のようなケースが本当であるならば、魂は不滅なのでしょう。獣族の魂信仰に近いものですね。人族の太陽信仰にも通じるものがあります」
「魔族の考え方はマジカみたいですね」
「そうですね。マジカはエネルギーであり、生命です。死生観や宗教につながるのも無理からぬことでしょう」
自分の信じている宗教なのに、だいぶ客観的に言えるんだなあ。
「僕がマジカが使えないのも、そこに何か関係があるのかもしれませんね」
「そうかもしれませんね。 ……殿下」
先生は僕を呼び掛けて、それっきり黙った。
何かを言いあぐねているようだった。
「何か言いたいことがあるのですか?」
「そうですね」
「言いにくいことがあるかもしれませんが、言ってください」
「殿下、この国から離れて、2人でのんびり過ごしませんか」
先生は。小さい声で、迷いながらそう言った。
「この国から離れる?」
「そうです。殿下がもとはこの国の生まれでないのなら、この国にとらわれず、自由に生きてよいと思うのです。衣食住は私が保証します」
びっくりして言葉が出なかった。
「……驚きましたか?」
「ええ……。今まで僕を王子として教育してくれていた先生から、そのようなことを言われるとは思っていなかったので」
「それは、殿下にとってそれが一番の幸せだと信じていたからです。そして、殿下の才能はきっと、この国を救うと」
「今は違うのですか?」
「今もそうです。しかし、茨の道です。殿下にとって今の道が正しいのかと、実は今までもずっと考えていました。その悩みを払しょくするくらい、殿下のご活躍は輝かしいものでした。ただ、それ以上に……」
「先生、ありがとうございます。でも僕は、ここを離れるつもりはありません」
自分でも驚くほどすんなりと言葉が出た。
「母様に孝行ができていませんし、アリスとの約束があります。何より、今はここが僕の故郷です。何もしないうちから離れるつもりはありません」
先生はこちらをしばらく見つめ、目を閉じ微笑んだ。
「殿下はいつも私に喜びと驚きを与えてくれますね。先ほどの行き過ぎた発言をお許しください。私は殿下を信じ、共に歩んでいきます」
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