第31話「できました」
硫黄。
黄色いダイヤ。
火薬の原料。大気汚染の原因。温泉のにおい。
俺とアリスと先生しかいない城内の森で、硫黄に向けて石を振り下ろす。
硫黄はもろく砕け散った。
外見はくすんだ黄色だったのに、中はきれいな透き通る黄色。
きれいな結晶だ。純度が高いのかな。
「ふぅ…」
アリスの口から、ため息のような感嘆の声がもれた。
これから何をしようとしているのか一切の説明がないのに、アリスは俺のほうに身を寄せ、俺のすることを見守ってくれている。
アリスの瞳には硫黄の黄色が反射して見えた。
黄色いダイヤの異名通り、乱反射して不思議な光を放っている。
水晶のような透明な輝き、見惚れるのもわかる。
それらを丁寧にすりつぶしていく。
アリスはえっと驚いた顔をして、俺の顔と硫黄を交互に見つめる。
こんなにきれいなのに粉々にしちゃうの、という顔だ。
乳棒が欲しいな……。
粉状にするのが大変だ。
すりつぶし終わると、アリスがうらめしそうにこちらを見ていた。
よっぽど硫黄の結晶が気に入ったらしい。
「いっぱいあるから。次きれいなのあったらあげるよ」
そう言うと、恥ずかしそうに顔をそむけた。
別に欲しいって思ってない、ということだろうか。
「アリス、手伝ってほしいことがある」
アリスが顔をあげて、じっと俺を見つめる。
くるくるとした瞳がなに?って聞いている。
「まず、ちょっと離れようか」
硫黄から、十分な距離をとる。
この森に戻る途中に寄った部屋で、母親のジュエリーボックスから拝借した、プラチナのネックレスを硫黄の上に置く。
「母様、ちょっと使わせてもらいます」
ネックレス相手に謝っておく。
プラチナだから、錆びたり腐食したりしないよね、たぶん。
でも変形はするだろうな……。
「あれに向けて火を放ってほしい」
アリスは俺の目を見つめたまま頷いた。
「あれは、王妃様が大切にされていたネックレスですが……、そんなことをしてだいじょうぶなのですか?」
今まで聞きたいこともあっただろうに、沈黙を守ってきた先生が、たまりかねたのか聞いてきた。
「母様を取り戻したあと、ちゃんと謝ります」
謝って済む問題かどうかわからないけど……。
アリスは手のひらにろうそくの火のような灯りを乗せた。
これでいいの?と目で聞いてくる。
「そのままの大きさで、なるべく火力を大きくしてほしい」
イメージはバーナーの青白い炎。
でもアリスは頭がクエスチョンマークのようだ。
「集中して、その大きさのままエネルギーを詰め込むイメージで」
マジカが使えない俺がこんなアドバイスして通じるかな……。
ふとそう思ったが、アリスは目を閉じ集中し始めた。
オレンジ色のチョロチョロとした火が、まっすぐ立ち上る。
「そう! そのまま火力をもっと大きくして! でも炎はなるべく小さくして!」
アリスは俺の指示の通りにやろうと、顔を赤くして、頬を膨らます。
やがて、オレンジ色から黄色へ。
青まではいかないが、やや白っぽい炎に変わった。
飲み込みが早いな。
火力は十分だろう。
「アリス、あのネックレスに向けて撃ってくれ」
アリスが力を込める。
アリスの手から火玉が離れ、硫黄に向けて発射された。
着火。
「……わぁ」
アリスが感嘆の声をあげた。
青い炎が、土台の石をなめるように燃え盛る。
「うん」
この世界だから、俺の知っている硫黄とは別のものなんじゃないかと思ったけど、”燃える石”は健在だ。
ちろちろと幻想的な紫紺が、硫黄を焼き尽くしていく。
「アリス!」
その炎にフラフラと近寄っていくアリスを制止する。
「あの煙は有毒なんだ。近づいてはいけない」
はっとした顔をして、うなづいて俺のそばに戻る。
毒と言われると、ウィール事件を思い出すな。
やがて炎が沈下し、煙が収まったのを十分に待ってから近づいた。
めちゃくちゃ臭い……。
臭いというより、痛い。鼻の粘膜がヒリヒリするレベル。
アリスは、その匂いが分かった瞬間にダッシュして距離をとった。
鼻をくしゅくしゅさせながら、こちらをうかがいみている。
猫みたいだな。
俺もなるべく空気を吸わないように、袖の中に手を引っ込め、袖を口に当てて近づいた。
プラチナの周りには、ドロッとした白色の液体がついている。
ベルトに下げていた水筒を持ち、振りかぶってその液体に振りかけた。
その瞬間、爆発音が響いた。
液体が急激に沸騰して気化する音だ。
たっぷり油を敷いたフライパンに、うっかり水をかけたときに似ている。
音以上にすごいのは、その風景だ。
コーラをめっちゃ振って、缶が間違って手から滑り落ちてアスファルトに叩きつけられたときのような水しぶきと水蒸気。
水が蒸発するような音と同時に、シュワシュワーっと音がする。
瞬間、ツタが体に巻き付き、背景が前に下がって地面にたたきつけられた。
「なにごとですか!?」
先生が爆発音に驚いて、俺をマジカで引っ張ったようだ。
さすが先生。すばらしい反応だ。
地面に頭を打って、鈍い痛みがするが。
「先生、だいじょうぶです。これが今回、僕が考えた秘策です」
「秘策?」
「ツタをほどいてもらえませんか」
おきあがり、反応が収まった場所を口元をおさえながら近づく。
「おわあああ!」
思わず叫ぶ。
「だいじょうぶですか!?」
「だいじょうぶです!」
だいじょうぶじゃないが、そう答える。
目が、目の粘膜が焼けるように熱い。
蒸気がないから油断していたが、”あれ”はまだ空気に充満していた。
涙が大量に出てくる。
これだけでも目的のものはできていると確信できる。
石の上には、透明な液体と、熱で変形したプラチナのネックレス。
小指でそっと触れると、小指が焼けるように熱い。
小指の皮ふのたんぱく質が、煙をたてて溶けていく。
間違いない。
できた。
硫酸。
「この“秘策”はなんですか? さっきから何が起きているのです? 殿下は何を知っているのですか?」
先生が、信じられないものを見ているような顔で、俺を見つめている。
その表情には、恐怖が混じっているような気がした。
無理もないと思う。
でも、先生はずっと俺に優しい目を向けてくれていた。
こんな先生の目を、見ることになるなんて……。
「これは、硫酸とよばれるものです」
どんな時も味方でいてくれる先生に、ずっと隠しごとをしてきた。
俺は実は転生者で、先生が好きでいてくれている純粋な第3王子ジャンではなく。
先生が褒め称えていた知識は、ただの前世のパクリ。
先生を心の中で裏切っていたようなものだ。
だから、ずっと言おうと思ってた。
でも何故だか、言えなかった。
だからこんな、言わざるを得ない状況でようやく……、恥ずかしいな俺は。
「先生、今まで黙ってて申しわけございません。僕は、この製法を知っている民族の生まれ変わりなのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます