第29話「いなくなりました」

 武道会。

 舞踏会ではなく、武道会。

 踊るんじゃなくて、戦う。


 武道会がどういうものかは想像にたやすい。

 幼いころに度肝を抜かれた天覧試合と似たようなものなのだろう。

 あの中に放り込まれたらごく普通に死ぬだろう。


 そう、死ぬ。


 例えるなら、真冬の北海道にて、極寒の猛吹雪の中で雪合戦が行われている。

 その中で、全裸で生まれたての子鹿のように震えている俺。

 対戦相手は全身、防寒具に包まれているうえに、動きは3倍速で雪球を投げてくる。

 十倍くらいか?

 いや…、雪球どころじゃないな…、一発もらったらほぼ死ぬからな……。


 マジカを使う相手への対策をまったく考えなかったわけじゃない。

 水源発掘作業に追われて頓挫してしまってはいたが……。

 

 対策が実現できるとして、死のリスクが高すぎる。

 向こうもバカじゃないから、俺の策への対策も練ってくるだろう。

 


 王は、なんでそんなの勧めてきたのだろう。

 どうにかできるという期待なのか、それとも死んで欲しいのか……。

 どちらにしても、やりたくないな……。


 いや、別に強制されているわけじゃないんだよな。

 俺が王族になりたいって言い出したから王がそう言っただけだ。

 やらなければいい。

 いいのか?


「なにか、悩み事があるの?」

 母親が食事中の手を休ませずに聞いてきた。

 思ったよりも考えて込んでいたらしい。

 朝食をとる手が止まっていた。


「いえ、なんでもありません」

「そう」


 なんでもないことはないと分かっていると思うが、母親はそれ以上立ち入らない。

 母親なりの気遣いだ。

 だからなるべく言うようにしているが……、今回の件はどうだろう。

 王から武道会に参加するように勧められたなんて言ったら……、

 王から武道会に!? なんて名誉なこと! ぜひ参加しなさい!

 なんてことになりかねない。

 俺がそれで死んでも、名誉な死とか、美談っぽく母親の思い出の1つになりそうだ。

 

「王から武道会に出たらどうかと提案されました」

「王が!? ジャンにそんな提案を!?」

 静かな食事にガタッと机が揺れ、椅子が転がる。

 言っちまった。

 言わないで黙っているの苦手なんだよな。

 母親は予想通りの反応だ。デジャヴすらも感じる。


 だから、聞き間違えかと思った。


「やめて」


母親はくちびるを震わせ、呼吸を落ち着かせようと胸に手を当てている。

「やめて、お願い」

もう一度、繰り返した。


「やめる、ですか?」

「そうです。マジカが使えないあなたが出場したら、どうなるかわかるでしょう」

 さすがに、母親もそう思ってくれていたか。

 ちょっとうれしい。


「でも父様がせっかく提案してくれたのに、むげに断るのも」

「むげに断ってよいのです!」

 今までにない声の荒げ方にびっくりした。

 母親ははっとなって、うつむいた。


「ごめんなさい…」

 沈黙が流れる。

 気まずい。

 何かいうべきだろうか。


「最近、思うの」


 母親がぽつりと言った。


「私が生きている意味を…」


 おおおい! またこの人、なんかこじらせちゃってるよ!?

 やっぱりあれだな、引きこもりは精神上よろしくない!

 これからは一緒に散歩でもするか!


「私にとって、それは王の子を生み、王族として恥じない子に育てることだったわ」

 ここらへんはご期待に応えられなくて申しわけない。

「でも違った」


 母親は顔をあげ、俺をしっかりと見つめた。


「ジャン、私は貴方に背負い込ませすぎてたわ。王に認められなくても、王族でなくなっても、どんなことになっても、私は貴方を幸せにしてみせる。その決意がようやくできたの」




 ごちそうさまでした! とか言って、思わず逃げるように出てきてしまった。

 もうしょうがないから、このままいつも通り、先生のところに行くか。


 この世界に来て、初めて本気で恥ずかしいと思ったよ。

 いや、恥ずかしさのあまり話の途中で逃げるなんて、前世でもやったことないぞ。

 ほんと、すごいセリフをもらっちゃったよ。

 俺のこと、本当の息子だと思ってくれてているんだな。

 いや、本当の息子だったわ。




「おや、顔が赤いですが、風邪でもおひきになりましたか?」

先生にそう言われて、思わず自分の頬を触る。

「いえ、ちょっと走ったからですかね」

「そうですか? 無理をなさらずご自愛くださいね」

 顔にも出ているのか。

 まいったね。 


 あんなに息子のことを思ってくれる親が、実在するんだな。

 もし俺が王族に戻れたら、美味しいものを買ってあげよう。




 帰り道。 

 俺が王族に戻れるような実績を積めるような何か……、ないかな。

 もちろん武道会以外で。


 そんなことを考えながら部屋に戻ると、母親がいなかった。

 外に出たか? 珍しいな。


 テーブルを見ると、書置きが置いてあった。

 この国では紙は貴重だから、レンジでチンして食べてねレベルのメモではないだろうことは想像がついた。


『ジャンへ。

 私は第2王子のもとでお世話になることになりました。

 直接、伝えられなくてごめんなさい。

 私がいなくても、今までどおりの生活が送れますので心配しないでください。

 母親なのに、そばにいてあげられなくて本当にごめんなさい。

 いえ、もとより貴方は私がいなくても、しっかりと生きてこられましたね。

 貴方は自分自身を信じ、貴方の望む生き方をしてください。』

 

 頭に文章は入ってきても、意味は第2王子までで止まっていた。

 第2王子って、あれだよな。

 マジカが使えないってだけで、弟の俺を殺そうとしてきたイカレ野郎だよな……。

 なんで、そんなところに母親が世話になっているんだ……?


 外に出て、あたりを見渡す。

 日は暮れかかり、すべてはオレンジ色に染まって人影はなかった。

 第2王子のところにいかなければと思った。

 母親がどんな理由で第2王子のところに行ったかはわからないが、どんな些細な理由で母親に危害を加えるかわかったもんじゃない。

 本邸に行けば、第2王子に会えるだろうか。


「よお、虫けら。久しぶりだな」

 その言葉は背後からした。

 会話したのは一度っきりだったと思うが、その声をよく覚えている。

 前会ってから一年くらいしか経っていないと思うが、声は以前よりも大人びていた。

 だけど、変わっていないざらついたような声は、俺の心にあの時の恐怖を呼び起こさせた。


「第2王子」

 後ろを振り返る。

「……」

 いなかった。


「こっちだよ」

 肩を叩かれた。

 さっきまで向いていた方向から……。

 振り返ると、第2王子はにやにやしながらこちらを見ていた。


「どうだ? 前に会ったときより、ちょっとは早くなっただろ?」

 

 早くなったなんてレベルじゃない。

 以前は全速力ママチャリレベルだったのに、声を聞いて振り向いている間に回り込んでいる。


「母様はどこにいるのです?」


 首筋から汗がたれているのが分かった。

 ビビっている。

 もう傷はとっくにふさがっているのに、剣が皮膚を切り裂いた痛みが鮮明に思い出される。


「お前さ、なんだか調子のってるみたいだな?」

 俺の質問を聞いていなかったようなそぶりで言ってくる。


「調子にのってなんか」

「地面を掘って、たまたま水がでただけで、役人や村をあごで使って政治家気取りか? 民はお前のことを救世主だとかぬかしやがる。よかったなあ。兄として鼻が高いよ」

「第2王子、僕は」

「お前さ、父君に武道会に出ろと言われたんだろ」

 口調が変わった。

 言い訳も何も言えない雰囲気を感じた。

 ただ、うなづいた。


「じゃあ、出ろよ。力を示せ。俺が、この国に代わって判断してやる」

 いつの間にか剣は抜かれ、頬に剣先が当たっていた。

「いいか、弱い者は強い者の糧になり、敗者は淘汰され、勝者のみが生き残る。それがこの世界の秩序だ。そこに情も思想もない。ルールだからだ。力のない者が生きていくのは罪だ。弱い者は社会の足を引っ張り、やがて国は亡ぶ」


 剣先がゆっくりと耳元に移動していく。

 その軌道に熱を帯びた。

 どうやら、切れているらしい。

 かゆみに似た痛みとともに、血がにじんでいく感覚がある。


「父君も兄君も甘い。俺がこの国を救ってやる。まずはお前の断罪からだ」

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