第28話「提案されました」

 先生による歴史の授業を受ける。


「歴史とは過ちであり教訓であり智恵です。それらを紐解くことで私たちに正しい道を教えてくれます。いずれ国政に関わる殿下には、必須の知識といっても過言ではないでしょう」


 そんなかっこいい前振りから始まった。

 歴史にはそんな意味があったのか……。

 前世ではとにかく語呂合わせで覚えていたイメージしかない。

 これならモチベーションが全然違うね。

 ふと隣に座っているアリスを見ると、先生を見つめて過剰に頷いている。

 微笑ましい……。

 でもアリスは国政に関わるわけじゃないし、そんなに頷く要素が今の話にあったのだろうか。

 ……ん? あれ?


「僕は国政に関わるのですか?」

 そんな俺の質問に対して、先生は、今さら何言ってんだコイツみたいな顔をした。


「先の事業で大車輪の活躍をなされた殿下ほどのお人が、国政に関わらないのは国家の損失ではありませんか?」

 お、おう……。

「先生は、僕のことをだいぶ評価してくださいますね……」

「殿下以上に評価できる方は数えられるほどしかいませんね。それに、そもそも王族であることは国政に関わるということです」

「そうだったんですか!?」


 王族というだけで働かないで豪華絢爛な生活が送れるわけではなかったのか。

 まあ、王族というだけで政治家の座を約束されるようなものだから、それでも十分な特権だが。

 マジカを使えない俺みたいな落ちこぼれには、約束されてはいないみたいだけどな。

 それでも今回の活躍、かどうかは分からないが、それなりに評価されるのであれば、王族の一員として認めれるかもしれない。

 そしたら、母親との約束も叶えられるな。


 授業は進んでいった。

 マジカに秀でていて人を下等生物として扱う魔族と、好戦的でスピードと連携に秀でる獣族に、住む場所を追われる人族。

 魔族は住みたい場所に住み、獣族は森や谷などに住み、人族はその余った場所に住む。

 そしてカルデラに住む俺たち。

 あとはもう(海くらいしか)ないじゃん……。

 海には海で、すごそうな生物いそうだなこの世界。


 獣族より下だったのか。

 それでも生物界ピラミッドの上のほうなんだろうけど、立場が弱すぎるな。

 

 生きていくだけでも必死な人族。

 カルデラとはいえ、安住の地を手に入れられたのは幸運だった。

 幸運といっては失礼かもしれない。

 多くの犠牲と労力のうえに掴んだ幸運だ。


「魔族はゲームで人を狩りますし、食べるものもいますし、家畜とする者もいます。人族は、殺しても勝手にどこかで増えている。そんな感覚です」


 横を見ると、アリスが眉をしかめたまま口が開きっぱなしになっている。

 初耳でこんな話聞かされたらそんな顔にもなるだろう。

 驚いている顔もかわいいなぁ。


 とはいえ、このカルデラには人族の先住民がいた。

 向こうからしたらこちらは侵略者だが、こちらとしてもやっと見つけた魔族のいない土地だ。

 そして戦争。

 その戦争も落ち着いて和平したと思ったら、また人族がこの土地に入り込んできて戦争。

 カルデラを3カ国で分け合う現在の形になったわけだ。

 同じ人族どうし、仲良くすればいいと思うんだが、そう簡単な話ではなさそうだな。

 

「そういう歴史の中で、コミュニティのリーダーは王となり、王に次いで果敢に戦ったものは貴族となりました。王は貴族のリーダーです。とはいえ、貴族たちの反感を買えば王も危うい立場です。王はその点についてなかなか苦労されているようです」


 母親は貴族だったな。

 母親を見る限り王に心酔しているようだったが、みんながみんな、そういうわけではないみたいだな。

 父親も父親で苦労しているのか。


「そういえば、今日は王に呼ばれていると言っていましたね。そろそろ行かなくてもよろしいのですか?」

「夕食が済んだら来いと言われているのでだいじょうぶです」





 王室に入室する。

 王座の前に片膝をついて、父親…王を見上げる。

 王への謁見も少しは慣れてきた。

 

「お前は何を望んでいる?」


 王が前置きもなくそう言った。

 前置きがないのはいつものことだが、おかげで言葉にきゅうしてしまう。

 褒美ほうびのことだろうか。

 せっかくだから、普段は言えないような願い事を言いたい。

 褒美をもらえる機会はなかなかないだろうしね。

 かと言って、厚かましいことを言って王の機嫌を損ねるのもまずい。

 でも今回の事業の成功を考えれば、俺を王族として扱ってくださいくらいの事を言ってもいいよね……?


「王座を狙っているのか?」


 そんなことを考えて言葉が出ないでいた俺に、王は次の言葉を発した。

 俺が想像していた言葉の主旨とは違うようだ。


 王座を狙っていると疑われているのか?

 答え方次第では、不穏分子としてさらに不遇な環境に追い込まれかねない。


「めっそうもももありません。私のような落ちこぼれが王座などと、口に出すのも恐れ多いことにございまする」


 王は俺をじっと見つめた。

 へりくだり過ぎたか? 噛んだし口調も変になってしまった。


「子どもが建前など口にするな。予は建前と本音を使い分けるやつは信用しない」


 いやいや、一番建前と本音を使い分けなきゃいけない人がそんなこと言うか。

 とは言っても、本当に王位を狙っているわけではないからな……。


「今回の事業、よくやった。お前のおかげで水資源は確保でき、国力もつくだろう」


 唐突に褒められた。

 会話ひとつひとつに緊張してしまうな。

 気にしすぎだろうか。

 この人の考え方しだいで自分の処遇が変わるとなると、警戒し過ぎるくらいがちょうどいいとは思うが……。


「なぜこのようなことをしようと思った? 功績をあげたかったか?」

「僕はただ、困っている村人の力になりたかったんです」

「そのためだけに自分の時間と労力を削り、なんの見返りも求めなかったというのか」

「なんの見返りも求めていないというのは嘘になります」

「じゃあ、なんだ?」


 変に回りくどく言うのも逆効果だ。

 もう率直に言おう。

「僕を、王族として扱ってください」


 最初からこう言えば良かった気がしないでもない。

 王は、ふむ、と短く声を発した。


「今の処遇に不満か? 働かなくとも生活を保障されている今が」

「不満はありません。しかし、王族として生まれたからには、王族の使命をまっとうしたいと」

 ちょっとかっこよく言い過ぎた。

「それはお前の母親がそう言ったのか? あれの理想に付き合うことはないぞ」

 仮にも自分の妻を、お前の母親とかあれとか言いますかね。


「母から教わったことでもありますが、今は僕の行動理念でもあります」

「そうか」


 王は背もたれに寄りかかる。


「結論を言おう」

 王は言った。

「力なき者は王族として、いや人としても認められない。お前を生かしておくことは最大限の予の配慮だ」

 

 ……そうはっきり言われると心に刺さるものがあるな。

 結構がんばったんだけどな。

 どう頑張っても、俺は人以下、奴隷以下なわけか。

 どっと力が抜けていく感じがする。

 ん、俺の配慮?

 王が、俺を配慮してる?


「逆に言えば、力を示せば良い。近々、武道会がある。もし力を示したいならそれに参加しろ」

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