第27話「一段落しました」
先生の胸と馬の揺れを感じながら城に帰る。
先生は俺を前に乗せて馬に乗り、その横にジャイルが馬を併走させる。
ウィールは村に残った。
「殿下は、こういう結果になることを見越していたのですか」
先生がそう口を開いた。
こうなることとは、ウィールが死刑にならずにすんだことだろうか。
うん……、どうだろうか。
そうだとも言えるし、そうだとも言えない。
色々な考えも、希望も、不安もあった。
でも結果までは分からない。
どんな結果になっても受け入れようと思っていた。
良い結果になったように感じるが、本当に正しかったかと言われると自信が無い。
ただ、今は、村が出した答えを尊敬している。
「ノアサ村の皆さんが決めたことです。しいて言うなら、ウィールさん自身が切り開いた結果です」
「そうでしょうか」
「そうです」
先生は腑に落ちない顔をしている。
「結果として、ウィールは昔の心を取り戻しましたし、村の人たちは彼が生きることを許しました。命を奪うことよりも生きて罪を償わせることを選んだのです。双方にとって、これ以上ない結果になっています。……最近の殿下は、私の想像を遙かに超えたところにいるような気がしてならないのです」
「先生の考えすぎです」
先生の過大評価に拍車がかかってきたな。
未だにどうも期待されることに慣れない。
「良い結果……。果たして、そう言えるのでしょうか」
ジャイルが突然会話に割って入ってきた。
「どういう意味ですか?」
先生が鋭くジャイルにそう問い返した。
「村人はウィールを許してはいません。ウィールは人間です。しかも普通よりも弱い。彼が村人達の前で常に善人で居続けることができるでしょうか。村人は、ウィールに対して憎しみの炎を再燃させないでいられるでしょうか。罰を被害者に決めさせるというのは愚行です。冷静な神の視点が必要です。それは王、もしくは王に委託された法務官のみであります」
ジャイルの言葉は今までになく多弁で、熱を帯びているような気がした。
俺がしたことが、彼の正義を侵していたのだろうか。
「村の人たちがウィールさんを心から許す日は来ないと思っています。それはウィールさんも分かっていることでしょう」
先生が何か話す前に、俺はそう答えた。
説明する義務が俺にはあると思った。
「冷静な神の視点、はたしてそれは、現場を知らない、被害者や加害者の声すらも聞かない王や法務官でしょうか。被害者である村の人たちに委ねたのは正しくなかったかもしれません。けれど、村の人、一人一人考え、答えを出した。村の人たちはウィールさんに対して、死んで償うよりも生きて村に貢献して償ってもらうことを選びました。僕は、村の人たちが下したその判断をただ信じるよりほかにないと思っています」
「結果論ですし、その判断を信じる根拠を感じられません。被害者が加害者に抱く感情は並々ならぬものがあります。それが時に、加害者に対して過剰に罰を加えたり、もしくは、盲目的な道徳心ゆえに過剰に罪を許してしまうこともあります。偏った視点は、双方にも、いえ我が国にとって良い結果を生み出しません」
ジャイルはそうまくし立てたあと、ハッと我に返った。
「……申し訳ありません。貴方様がどのような断罪をされようとも従うと誓ったはずであるのに、余計なことを申し上げてしまいました」
ジャイルは馬上であるのに、胸に手を当て頭を下げた。
速度があまり無いとは言え、前を見ない運転は危険だ。
それだけに、ジャイルの謝意を感じる。
それと同時に、ジャイルが誓いを破ってしまうほどの俺の判断への疑問、いやジャイルの信念を感じた。
「余計なことではありません。僕は僕なりに考え、答えを示しました。正直、今でも不安だらけです。ジャイルさんの考えを聞けることはとてもありがたいです」
「……ひとつだけお聞かせください。貴方様はこれからどうするおつもりですか。これからも、このようなことを繰り返していくおつもりですか。今回はこのような結果になりましたが、法を外れた行いの多くは、余計な悲しみと混乱を生み出す元凶となります」
「これから、ですか」
村の人たちのこと、ウィールのこと、村のことを考えて、これからのことなど考えてもいなかった。
いや、そうなのか?
目の前のことに夢中で考えていただけだけど、そこから感じたことがある。
「この国の司法制度を変えます」
思わずそう口にしてしまっていた。
行きすぎた言葉だったろうか。
けれど、そう思ったのは確かだ。
この国では、罪を犯した人に更正の余地が与えられていない。
現場を見ていない王が、罪状を決めることができてしまう。
弁護士がいないどころか、被害者の言葉すら聞かない。
『もし犯人が出てこなくても、犯人を作りだせ』
……王としては正しい意見だったかもしれない。
この国にとっては、それが良い判断なのかもしれない。
けれど、間違っている。
そこに民の幸せは絶対にない。
「司法制度を、変える……?」
ジャイルが確かめるように、俺の言葉を繰り返した。
「それは、この国が築き上げてきた制度を壊すということですよ。前にも述べましたが、王族である貴方様が、そのようなことを軽々しく口にしてはいけません」
「壊すわけではりません。制度や法も完璧ではありません。時代や人の考え方とともに、足りないところを
今回の一連の事件で、俺は思った。
この問題は、軽々しく立ち入ってはいけないものだと。
でも、だからといって立ち入らないわけにはいかない。
あの氷山の一角であったウィールの件以外に、どれだけの報われない事件があったのだろうか。
「殿下の言うとおりです」
沈黙を守っていた先生が口を開いた。
「ジャイルと言いましたか。私からは貴方の思想について何もいうことはありませんが、殿下は軽々しく考えるお方ではありません」
ジャイルは押し黙る。
擁護してもらってなんだが、割と普段は軽々しいので恥ずかしいな。
「ともかく、殿下には感謝しなければなりません。ウィールは、だいぶ遠回りをしてしまいましたが、また昔の輝きを取り戻すことができました」
こうして大きなトラブルがあったものの、水源発掘作業は展開を広げていった。
今度はちゃんとした国の後ろ盾も得て、展開スピードが段違いに早くなっている。
それと、王に水級魔術師の雇用の確保をお願いした。
そもそも、土地の半分くらいの水源が発掘されなかった。
水道事業を考えていたが、わざわざ雇用を奪う必要もない。
のちのち水道事業をやるにしても、マジカで水路は造れても、平らなこの土地で水流を作るのは難しそうだ。
この国に、まだ水級魔術師が必要なことは変わりがない。
今回の事業で思い知らされた。
この国のためになると思って進めたことも、一部の人が割りをくう。
すべての人が満足できる、そんな施策は無いのかもしれない。
けれど、もっと上手くできたんではないか。
今回の事件で言っても、もっと俺が配慮していたら……。
もっと違った結果になっていたはずだ。
新たな事業で奪われる雇用、そういう視点も必要だったんだ。
甘えるな他の仕事をしろと言ってしまえば、それは正論だ。
正論が常に正しいとは限らない。
雇用を奪うことによって、その家族は路頭に迷うこともある。
そういう配慮が、まったく俺の頭になかった。
そうだ。
事業に対して村にも国にも、ちゃんと説明していればこんなことにはならなかった。
その一件以来、とくに事件らしい事件もなく、事業は進んでいった。
自分の時間が使えるようになってきた。
役人にノウハウを伝え、俺なしでも事業が進むようにしていったからだ。
アリスと一緒に勉強して遊んで、羽を伸ばしている。
ここしばらくは働きづめだった。
でも悪い気は全然していない。
むしろ充実していたと言ってもいい。
前世では味わえなかった感覚だ。
そんなわけで、のんびりした時間を過ごしている。
そういえば、マジカの代わりになるものを考えていたことを思い出した。
でもすぐやらなくちゃという感じではない。
まあ、もう少し落ち着いてからやろうかなという感じだ。
今回の件で、だいぶ王に認められたのではないかと思う。
それなりの結果は見せられたのではないだろうか。
わざわざマジカに代わるものを探さなくても、こうして役に立つことができることを証明したんだ。
だから、まあ、そんな急がなくてもいいだろう。
そんな中、王に呼ばれた。
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