第4話「決断を迫られました」

 住む部屋が変わった。


 前の部屋と違って、簡素な作りだ。装飾品なんてなにもない。

 でも、暖炉もあるし、テーブルとイスもあって、ベッドだって大きい。

 窓から陽光が射し、壁は淡いクリーム色が夕暮れ色に染まる。

 メイドもいない、ノワさんもいない。

 俺と母親の2人きりの部屋。

 前の部屋が高級すぎただけで、この部屋だって十分に良い部屋だ。

 出入りは自由みたいだし、食事も運ばれてくるから、そんなに境遇的に悪くなったわけではない。


 ただ、母親は毎日すすり泣いている。


 俺の顔を見る度に、申し訳なさそうにごめんねと言ってくる。

 それが、すごく腹が立つ。


 なんでアンタのせいになるんだよ。

 それに、今の状況に何か悪いことでもあるのか?

 そんな目で見るなよ。

 これならまだ、罵ってくれたほうがマシだ。

 俺は、そんなにアンタをがっかりさせるようなやつなのかよ。

 食事をもってくる給仕すら、俺を哀れんだ目で見てくる。


「失礼します」

 聞き慣れた声だった。凛として、落ち着きのある声。

「先生」

 先生は胸に手を当ててお辞儀をしていた。俺はそれを返した。

 このやり取りが、とても久しぶりに感じた。

「元気そう……ではありませんね」

 母親は何しに来たという目で見ている。

 俺もたぶん戸惑った顔をしていると思う。


「何しに来たの? この子への任は解かれているはずだけど」

と、母親はそう言い放った。

 声は憔悴している。

「仕事を途中で放り投げることは性に合いませんので。王妃様、殿下が一人前になるまでお任せいただけませんか?」

 母親はまぶしいものを見るような目で、先生を見ていた。

 きっと母親も心細かったのだろう。

 でも母親はすぐにその顔を崩し、顔を曇らせた。


「でも貴女はたしか、第4王子の教育を任されているはずでは」

「辞退しました」

 先生の言葉に、母親は目をまるくした。

「辞退? なんということを! 王に背いたということじゃない……!」

「王に背くのと、自分の信念に背くのと、それらを天秤にかけたということです」

「王に背くなんて、ただで済むはずがない」

「そうですね。追放にはなりました」

「そんな! 追放!?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、今、ここを誰かに見られでもしたら……貴女は……」

「だいじょうぶです。ここらの兵で私を見つけるのは困難でしょう」

「いや、でも、貴女、宮廷魔術師としてのキャリアは…?」

「キャリアなんていりませんし、後任に譲りましたので心配ありません」

「今の私には、貴女に給金も、お茶すらも淹れてあげることはできないわ……」

「お金には困っていませんし、お茶は欲しくなったら自分で淹れます」

「貴女はどうして……」

 母親は涙に声をつまらせた。

「私たちにそこまでしてくれるの」


 母親の問いに、先生は優しくほほえんだ。

「たいそうなことではありません。自分のためです」

 母親は泣いていた。嬉しいんだろうなと思う。


 今までは、ノワさんをはじめ、いろんなメイド達が母親と育児を支えていた。

 今は1人で俺を育てなければいけない。

 心細かったんだと思う。母親とはいえ、まだ俺と年はそう変わらない。

 心のよりどころが欲しかったんだと思う。


 しかし、俺はホッとしている反面、不安はぬぐえなかった。

 逆に不安は増したと言っていい。

 俺がマジカを使えないということは変わらない。

 それに、母親のみならず、先生まで巻き込んでしまった。

 まだ見放されていたほうが気が楽だ……。


………

……


 城外の森の中にある小屋に先生と待ち合わせすることになった。

 そこで先生の教えを請うことになっている。

 今さら、何を教わるというのか……。

 先生にとって、時間と労力の無駄にならなきゃいいが。

 しかし、どこに小屋なんて。

 全然見あたらないが……。


「よくおいでくださいました」


 声がしたと思ったら、目の前に何かがふって現れた。

「……!」

 びっくりして声が出なかった。

 それどころか、足に力が入らず、しりもちをついていた。

「これくらいで驚くとは、少し情けないですね」

 先生だった。

 前世の死に際の記憶からか、上からふってくるものに恐怖を感じるんだ。

 しかたあるまいよ。


「ここは巡回の目から離れているといっても、見つからないとも限らないので、上に小屋をつくりました」

 先生は上を見上げた。そこには、シダで覆われた原始的な小屋があった。

 あんな小屋、アマゾンの民族ドキュメンタリーで見かけた気がするな。

「つかまってください」

と言われたので、遠慮なくつかませてもらう。

 いいにおいがするお。

 そんなこと思ってるうちに、空を飛んだ。

 小屋が目に前に現れる。


「さあ、おりてください」

 下を見ると、俺の足下で木が土台になっていた。

 俺は木に持ち上げられていたのか。


「先生、マジカはエネルギーの変換だとおっしゃっていましたが、先生はこんなにもエネルギーを持っているのですか? それともみな、これくらいは普通なんですか?」

「良い質問です。この状況でも、好奇心を忘れていない。いいことですね」

 先生はにこりと笑った。

「これはすべて私のエネルギーが生み出したものではありません。自分のエネルギーでは限りがありますので、この世界から力を借りています」

「力を借りる?」

「この世界にはエネルギーが充ち満ちています。自然に感謝し、力を借りるのです」

 ピンとこないが……、ここに俺がマジカを習得できるヒントが隠されているのかもしれない。


「私の場合は、さらに少し特殊ですね」

「特殊?」

「私の場合、他の人より、自然に依存する割合が高いのです。私のエネルギーは、他の人と比べて1/1000に満たないでしょう」

「1/1000!? 先生が??」

「昔は劣等生で、いろいろ苦労しましたよ。まあ、今の殿下ほどではありませんが」

 今の俺って、そんなに苦労している状況なのか。

「殿下は1/1000どころか、まったくの0ですからね」

「0……」


 まあ、そうだろうなと思う。

 先生もあらゆる方法でマジカを習得させようと思ったが、少しも何も出てこなかった。

「さあ、立ち話もなんですから、中に入ってください。」

 中に入るように促された。

 でも、俺は立ち止まった。


「どうしたのですか?」

「先生は、なんでそこまで面倒をみてくださるんですか。先生は1/1000でどうにかなったかもしれませんが、僕は0で、今更どう努力しても、もうどうしようもないじゃないですか」

 少し、言葉が感情的になっている。

 思ったよりも俺は、今の状況をつらく感じているらしい。

 前世でもそうとう落ちこぼれ扱いだったのに、生まれ変わって心機一転!のはずが、またも落ちこぼれだからな。

 前世の記憶もあいまって、感情的にもなるか。


「僕は先生のようにはなれません」

 八つ当たりだ。先生は善意で言ってくれているのに、自分の感情をぶつけている。


 情けない。


 見放されるのは慣れている。

 こうして同情されるのは、慣れてないんだ。


「そうですか…」

 先生は驚いた顔をしていた。

 そういえば、この世界にきて、感情をあらわにしたのは初めてかもしれない。

「申し訳ありません。私は殿下に私の勝手な期待を押しつけてしまったようです」

 先生はそう言って、顔を曇らせた。


 期待……?


「期待とは、どういうことですか? マジカが使えるようになると思っているんですか」

「いえ、マジカはあきらめました」

「え? それじゃ?」

「ところで殿下、私は何歳に見えます?」

「え? え?」

 なんだろう。いきなりのこの質問。

 年上の女性にこういう質問されてしまうとドキッとしてしまうじゃないか。

「20歳くらいでしょうか」

 本当は20代中盤くらいに見えるが、若く言ったほうがいいと思った。


「惜しい。320歳です」

「さんびゃく…!」

 全然惜しくなかった。


 寿命なんて気にしたことなかったけど、この世界は長寿なのだろうか。

「母君も、300歳くらいなんでしょうか」

「あははっ! そうですね、殿下はまだ5歳でした。殿下と話していると、つい殿下の年を忘れてしまいます。殿下の母君は、普通の年ですよ。たしか、20歳だったと思います」

 前世の世界と同じくらいだった。

 20歳ということは、母親は俺を15歳で生んだのか…。

 前世の俺より年下じゃないか。

 感慨深いものがあるな。あらゆる意味で。


 ん、5歳ということは、前世から合わせると俺は22歳になっているわけか。

 知らないうちに成人していた。大人になった実感はない。

 まあ容姿は5歳児だからしょうがないかもしれない。

「じゃあ、なんで先生は?」

「そうですね。ひとことで言えば、私は人間ではないからです。実は魔族です」

「魔族!?」


 先生の授業であった。この世界には3つの人種がいると。

 人族、魔族、獣族。

 ただ単に生まれた場所が違うだけなのかと思ったら、本当に別の生物なのか。

 別起源の知的生物か何かなのだろうか。


「人間族と魔族は争っていると聞きましたが」

「おおむねそうですね。しかし、すべてがすべてそうではありません。まあ、私のように人間として暮らそうとしている魔族は少数派でしょうけどね」

「なぜ、人間と暮らそうと思ったんですか?」

「殿下は猫がお好きでしたね?」

「はい」

 今世の猫は、前世の猫とは少し違うが。

 顔は猫でも、ハムスターくらいのミニマムサイズでミーミーなくし、ぽっちゃりな体型をしている。

 とてもキュートな生き物だ。かわいすぎてズルい。


「自分も猫になって、猫の世界でくらしたいと思いませんか?」

「まあ、それはそうですね」

 否定できない。

「それと同じです」

 同じなのか。

「人の、短い人生を燃やして何かを成したがる。そういう煌びやかなまたたき、それに魅せられてしまいました」


「先生は、先生からお聞きした、魔族の特徴とはだいぶ違うような気がしますが」

「魔族としての特徴は隠すようにしています」

「それで、先生が魔族であることが今回の話と何か関係があるんですか?」

「いいですね。殿下は度胸が座っていますね。魔族と聞いてどうじないことといい、マジカが使えないと言われたときに殿下が言った一言も衝撃的でしたね。『それがなにか問題あるんですか』ですからね」

「ものを知らないだけですよ」


 実際、今はそれなりに事の重大さを認識している。

 まず、この日常生活ではだいたいマジカを使っている。

 たとえば火を使う場面、前世ではライターやガスコンロを使っていたところを、マジカで解決する。

 そして、マジカは身体能力を強化する。

 ここの世界では、マジカの能力が高ければグーで殴れば岩も破壊できるし、ウサインボルトも真っ青な走力を手に入れることもできる。

 そこまで有能な能力だと、それで人の優劣が決まるのもしょうがない。

 前世では学校の成績の善し悪しだったからな。それに比べたら、説得力もある。


「長く生きて、人間世界に関わっていると分かってくることもあるのです。殿下、あなたは王になってください」

「え? どうしてですか?」

「今まで多くの人間と関わってきましたが、殿下には今までにない可能性を感じるのです」

「どういう部分に……?」

「そうですね、思わず頭に猫耳カチューシャをつけたくなるところですかね?」

「つまり、相手に好かれる容姿ってことですか?」

「そこをマジメに返されるとは思いませんでした」

「先生、だいぶキャラ違いませんか?」

「失礼。今日は2人きりなのでテンションがあがってしまっているようです。暗く沈んでいる殿下を勇気づけようと思ったのですが……、気分を害してしまったようで申し訳ありません」

「いえ……、気分を害したわけではないのですが、勇気づけようとしてくれていたんですね」

 まったく感じられなかったが。


「殿下に以前、国を治めるために必要なことは何かと伺ったことを覚えていますか?」

「うっすらと…なんて答えたかは覚えていないのですが」

「『民1人1人が活躍できる環境を作ること』と答えたのです」

 先生の顔は、いつものマジメな顔に戻っていた。

 いや、いつもより、しっかり俺の瞳をとらえていた。

 いや、そんなたいそうな答えか、それ。

 前世のどこかからパクってきただけだぞ。


「私は驚きました。この乱世において、そのような答えを持っている方がいらっしゃったとは。それもまだ年端もいかない殿下が、です。私は殿下を王にしたいと心から思いました」


 先生は今まで、俺に対していろんな質問をしてきた。

 5歳児に対してする質問ではないものも多かった気がする。

 前世の記憶から答えたのもある。

 それが5歳児の答えるような内容ではないため、先生に期待を持たせてしまったのか。

 見た目は5歳児でも17歳+αだし、前世ではごく当たり前な内容だ。


「殿下、この人間界では絶えず争いが起きております。

たしかにマジカの優劣は、戦いにおいて決定的な差を生みます。

しかし戦いは戦いを生みます。

力を持った王は老いとともに衰え、若き力を持ったものが成り代わる。

 それの繰り返しです。

 殿下には、その争いの時代を終わらせる力を持っている。そう信じております」


「買いかぶりすぎです」

 本当に買いかぶりすぎだと思う。

 5歳児としてはすごいかもしれないが、年相応の年齢に達したら凡人に、いやマジカが使えない分凡人以下になっている可能性もある。


「とはいえ今のままですと、裸の赤ん坊のような状態です。ですから、殿下には一つ能力をプレゼントしましょう」

「能力をプレゼント?ですか?」

 剣術とか体術とかだろうか。

「はい。予見眼を授けます」

「はい?」

「未来を見る能力です。欲しいですか?」

「未来を見る? そんなことできるんですか?」

そんなのがあれば、欲しいか欲しくないと言えば欲しいに決まっている。


「できます。ただし、体に慣れるまで数日かかり、苦痛や錯乱を伴います。それに、体に合う合わないがあります。合わない場合は、ずっと慣れないまま一生を過ごすことになります」

「慣れないまま、ということは、一生苦痛を感じ錯乱したままということですか?」

 先生はうなづく。冗談を言っている顔ではない。

 おい、5歳児にこんな重い決断をさせる気なのか。

 よく言えば大人として扱ってくれていると言い換えることもできるが…。


「体に合う合わないは、魔力の属性によります。

 私と似た形質や、魔力が弱いものは比較的なじみやすいです。

 よって、魔力0の殿下には抵抗が少ないのではないかと思います。

 ただ、予見眼を授ける能力、これは人間には誰にも明かしたことがない能力です。

 つまり、人間で予見眼を授けるのは初めてということです。

 どういうことになるかわかりません」

「…………」

「殿下がお決めください」

「……今すぐに?」

「いえ、しかし早いほうが良いでしょう」

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