第3話「魔法はじめました」

 本を読んでも何も言われないお年頃になった。


 最初のころは、やれ学者のような偏屈になりはしないだろうかとか、やれ女の子のようにか弱く育ってしまうじゃないか、とか。


 どうやら母親はネガティブらしい。


 そんなネガティブな母親をノワさんがたしなめる感じのやりとりが多い。

 そんなふうにマイナスな言葉を、赤ちゃんのころから投げかけていると、すくすく育たなくなってしまうよ。

 まあ、前世の母親みたいに、バカだのクズだのアンタさえいなければだの、罵ってくるよりはだいぶマシだな。

 俺を心配して言ってくれている言葉だからな。

 それに俺は王子様だからな。

 自分の子とはいえ、余計に神経質にもなるだろう。


 娯楽ができ、この生活にも退屈せず充実して過ごせている。

 まずは本だ。

 これをやめろと言われてやめられる気がしない。

 もう一つはメイドさんとのスキンシップだ。

 俺が王子様かつ幼児なだけあって、豊満なふくらみに顔を埋めたり、臀部の曲線美をなでてみたりしても、強く咎められたりしない。


 いや、権力におぼれて調子に乗ったりはしないよ?

 前世で、そういう権力者たちの末路がどうなっているかは知っているからね。

 まあ、ちょっとくらいならいいだろうとは思ってるけどね。ゲヘヘ。


 さて、そんな貴重な娯楽の一つである読書だが、本棚に置いてある絵本の内容は、ほとんどが冒険譚だった。

 魔王が突然現れ村人を困らせ、村の平和を取り戻そうと少年が奮い立つ。

 で、最後にその少年がカリスマあふるる英雄っぷりを発揮し、仲間とともに魔王を討ち果たす。

 実はその少年は王家の血を引いていて、王となってその土地を統べましたチャンチャン。


 完全に、神話がかった王族礼賛な本だな。

 民が王をリスペクトするように作られたプロパガンダ本ってところか。

 魔王が他国の王で、虐げられている村人が自国の民で、仲間が兵という感じだろう。

 かなりのファンタジー色にあふれているが、この世界ではつまり、こういう勇ましい王が好まれるということだろう。

 前世のイメージで何となく若かりしチャールズ皇太子を想像していたが、この世界はどうなんだろう。

 王子誕生のお披露目ができるくらいだから、そんなに殺伐とした世界ではないと思いたいが……。

 兵を引き連れて先陣切って、敵陣に突っ込んだりするんだろうか。

 またすぐ死ぬかもしれんね。

 

「先生が見えたわよ」

 母親はそう俺に呼びかけた。


 振り向くと、グラマラスな金髪の女性が俺に向けて、胸に手を当てお辞儀をした。

 俺はそれを見ると、すばやく立ち上がり、同じように胸に手を当てお辞儀をし返した。

「素晴らしい」

と、その女性は褒めてくれた。

 この女性は、家庭教師のアーリャ先生だ。


 このように、褒めるポイントをちゃんと褒めてくれ、あまりよろしくないポイントはできるまで指導してくれる。

 数歳程度の子どもにつけるのがもったいないくらい良い先生だ。

 母親と同じ金髪だが、色が濃くてボリュームがある分、ゴージャスに見える。

 目鼻立ちもはっきりしていて、姿勢もピシッとしていて、豊満な体付き。

 アーリャ先生のほうが王妃の風格を感じる。

 


「今日から、マジカの修得をしてもらいます」

と先生は言った。

「マジカ?」

 俺の口は、ようやく単語を赤ちゃん言葉じゃなく普通に発音できるようになっていた。

「マジカはまだ早いんじゃないかしら?」

と、母親は先生に言った。

「一般的にはそうですね。ですが、殿下はすべてにおいて習得が著しく早い。マジカの修得に移行して差し支えないと判断しました」

 うん、嬉しい評価だ。

 前世の記憶をもってすれば、先生の授業なんて簡単なものだ。

 それに今回はやる気が違う。

 王子とはいえ第3王子。

 他の王子がどんなのかは知らないけど、優秀なところをアピールしておかないとね。


「貴女がそう言うなら、そうしましょう」

 母親は先生に意見することはあっても、反対することはない。

 先生の説得力ある言葉遣いのせいもあるが、母親が先生に敬意を払っているのを感じられる。

「ご理解感謝します」

 先生は胸に手を当ててお辞儀をした。


 ……………


「マジカとは、もっとも必要とされている能力です。心して修得してください」

 と、先生は普段より強く静かに言った。

 俺はマジカという言葉を知っている。絵本でよく見かけた言葉だ。

 主人公やその仲間も使っていた力だ。

 それで魔王を討ち果たしていた。

 日本語に当てはめるなら、「気」や「魔法」という言葉がしっくりくる。

 それがもっとも必要な力?

 絵本の中での話じゃないのか?


「これからお見せします」

 先生は俺の前に座り視線の高さを合わせたあと、手のひらを上に向けて差し出した。

 俺は何もない先生の手のひらを見つめつつ、なんだろうと見続けていると。

 手のひらに芽が生えた。

 突然現れたように見えた。手品のように。

 でも白ヒゲのような根はしっかり手のひらに根付いていた。

 ほえ?と首をかしげているうちに芽はぐんぐん伸び、茎は幹になり、枝が生え葉が増え、1メートルほどの小柄な木になった。

 おもちゃでも作り物でもない、生命が宿る木。

 その木から赤く熟した実がなり、その実の自重で実が落ちた。

 慌てて、キャッチする。


「これは……なに?」

 まぎれもなく、実だった。リンゴのように赤々とし、すもものような大きさで、ゆずのような香りがした。

「これは私が創り出した木でございます」

「創り出した? どうやって?」

「マジカです」


 言葉が出なかった。

 こんなことありえるのか?

 手から発芽した。そして、その生長スピード。

 科学的にありえないし、手品にも見えない。

 幻覚か? マジカとは催眠術かなんかか?


「マジカ、とは、体内に流れているエネルギーを用途に合わせて具現化する”技術”です。

マジカには2種類、身体能力の強化と、魔術と言われる陰、火、水、木、金、土、陽の7つの元素を操るものがあります。

この2つは、技術を学んでいけば誰にでも習得できる能力です。

ただ、魔術は7つあるうち一つしか習得できません。これは生まれながらにして習得できる系統が決まっています。

そして当然、技術には優劣が存在します。それは生まれながらのセンスかもしれませんし、努力や姿勢なのかもしれません。

身体強化に特化した者を戦士、魔術に特化した者を魔術師と呼んでいます。

優れた技術マジカをもったものが、時に国を治める器量に直結します」


 そこまで言って、先生ははっとなった。

「失礼しました。むずかしい言葉ばかり使ってしまいました」

 先生はそう言ったが、精神年齢17+α歳の俺にとっては理解はできる内容だった。

 しかし、理解はできても納得はできようはずもない。

 こんな魔法のようなものが、いや魔法が誰にでも使える?

「つまり、殿下にはマジカを高い技術で使えるようになってもらわなくてはいけないということです」


 異世界。


 そんな言葉が頭に思い浮かんだ。


 ……………

 

 今までの勉強の時間は、礼儀作法、アルファベット、ちょっとした足し算引き算だったが、半分以上の時間をマジカの修得にあてるようになった。

 とはいえ、今のところ目を閉じて深呼吸をしているだけだ。

 なんでこんなことをしているか分からないが、必要と言われたらやるしかない。

 もちろん半信半疑だ。

 マジカってマジかよ!というツッコミ待ちなのかよと今でも思っている。

 ためしに母親やノワさんにマジカを使ってもらったら、ノワさんは手のひらで水芸するし、母親はゆらゆらと火の玉を灯した。


 マジカはマジだった。しかも、誰でも使えるようだ。

 ここはどんな世界なんだ。

 地球じゃないのか?

 先生に世界地図を見せてもらった。

 大陸が一つだけだった。少し小島があるていど。

「先生、この世界は丸くないのですか」

「おもしろい発想ですね。世界がまるいとは」

 子どもをあやすように褒めてくれた。うれしくはない。


 総合的に考えて異世界かもしんない、という予想は当たっているようだった。


 メイドさんに猫耳カチューシャがついているのは、王の高尚な趣味かと思っていたが、どうやらカチューシャではなく本物の耳らしい。

 この調子でいくと、王様の耳はロバの耳だったりするのかもしれない。

 にわかには信じられない。が、受け入れるしかない。

 魔法を使えるなんて、考えようによっちゃワクワクするしな。

 いや、今すでにワクワクしている。

 魔法が使えると聞いて、ワクワクしない男子なんているだろうか。


「体内に流れるエネルギーを意識してください」

 先生から新しい指示が出た。

 体内に流れるエネルギーとな? 

 ヨガやってる女子が、そんなことを言っていたような気もするな。


「殿下の胸にある、あたたかくゆらゆらとしたエネルギーがわかりますか? それを意識できたら、それが全身をくまなく巡るようにイメージしてください」

 うん、分からない……。

 どこにそんなものがあるんだろうか?

 心臓がゆっくり脈打っているが、それのことなのだろうか。


 とりあえず、言われた通りイメージしていれば、そのうちになんとかなるだろう。

 前世の俺ならともかく、今世の俺は、この世界に適応したものになっているはずだからな。



 そんな、俺の楽観的な憶測はものの見事に外れることになった。



 母親は泣いていた。

 親が泣く光景なんて、前世でだいぶ慣れたと思ったのだけど。

 今世の親には親孝行してやるぜ、なんて、張り切っていたせいなのかもしれない。

 俺は、何もない手のひらの上をぼんやりと見ていた。

「本当なのそれは? 本当に本当に本当のことなの?」

 母親はすり切れそうな声で、先生に尋ねていた。

「残念ながら、その可能性が高いでしょう」

「可能性が高いってことは、確定ではないんでしょ? そうでしょ?」

「たしかに、確定ではありませんが……」

 先生は、哀れなものに同情するような目で俺を見ていた。


 結論から言うと、俺はマジカが使えない体質のようだった。

 前世の固定観念が邪魔しているのかと思って、素直に先生の言うとおりに実行してきたつもりだ。

 しかし、何もでなかった。

 気づいたら、俺は5歳になっていたらしい。

 その年齢を、マジカ修得のタイムリミットとして見られていたらしい。

 その前からだいぶ、周りの目は変わってきたから、分かってはいたけどね。


「殿下は……、先天的にマジカを使えない体質です。まれではありますが、過去の事例からして、ほぼ間違いないでしょう」

 先生は知っていたのだろうか。

 知っていて、マジカの修得を急がせたのか。


「あの人には言ったの…?」

「王には、これから報告する予定です」

「お願い……言わないで」

「……そういうわけにはいきません」

「お願い…お願い…」


 マジカが使えないということは、だいぶ重いことらしい。

 前世の記憶のおかげで実感はないが、周囲の反応から、俺は欠陥品であるらしいということは十分に伝わってきた。


 またか、と思った。

 また俺は親をがっかりさせてしまったらしい。

 とことん俺は親を不幸にする星の下に生まれてくるらしい。


 いや、しかたないだろ。

 努力しても報われないときは報われないって知っていたはずなのに。

 なんでこんなに落ち込んでいるんだろうか俺は。


 学習しないな、本当に。

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