第5話「決意しました」

 一度、剣術の試合を見たことがある。


 王の前で行われる天覧試合みたいなものだった。

 王の前で行われるくらいだから相当な実力者なのだろう。

 マジで速かった。

 剣先がとかいう話ではなく、動きすべてが。

 互いに礼をした瞬間、真ん中で打ち合っていた。

 遠くからなら、まだ動きは見えるが、目の前にしたら消えたようにしか見えないだろう。

第5話「決意しました」 マジカを使えるとこういう動きができるんだなと空恐ろしく感じた。

 こういう動きというか、動きが全然わからない。

 残像が残り、火花が散る。一見すると美しい光景だ。

 殺陣を早送りしているような滑稽さもあるな。


 ともかく、誰かが俺の命を奪おうと思ったなら、俺はわけのわからないうちに死ぬということだ。

 抵抗する間もないどころか、自分が死ぬことすら気づかないかもしれない。

 そして、この世界は程度の差すらあれ、誰しもがマジカを使える。

 世界が敵だらけに見えた。そんな日だった。

 ……………

 ………

 …


 そこで先生が可能性として示してくれた『予見眼』と言われる能力。

 予見眼があれば、どんなに速い相手でも立ち向かう方法はあるだろう。


 ……あるのか?


 相手の動きが読めたとして、体のさばきと攻撃ができないと話にならない。


 攻撃か。


 相手はマジカで防御力アップなんだよな。

 普通に剣当ててもはじかれそうだ。

 逃げるしかないな。

 それも無理か。相手のほうが速いんだから。


 それに、どれくらい予見できるかは、これもまた向き不向きによるらしいが数秒程度らしい。

 動きの可能性が全て見えるらしいので、動きが多彩な熟練者になるほど多くの動きを予見してしまう。

 正直、微妙な能力だな……。

 

 待てよ。使えないなら、使える人にお願いすればいいじゃない。

 人は城、人は石垣って言うしな。

 前世の戦国時代では、武将も武芸の達人だったりするが、徳川家康みたいに智略に秀でたほうが、長く世を治められる。ような気がする。

 武力で制圧するよりかは、幸せな人生を歩めそうだ。

 家康は天ぷらの食い過ぎで死ぬくらいだからな。

 俺も寿司かステーキを死ぬほど食って死にたい。プリンでもいい。


 待てよ、そういや家康は武芸もすごかった。

 剣も弓も馬も水泳も射撃も達人級とかいうチートだった……、そして多趣味。

 なんだよ……、頭もよくてスポーツもできて趣味も充実してるって、リア充すぎる。

 気分が沈んできた。


 まあ、俺は俺なりにやっていくしかないか。

 よく考えたら、王を目指さなくたって生きていけているんだよな。

 マジカが使えないと判明してしまった今でも、三食昼寝付きの優雅な生活だ。

 次の後継者が第一だか第二王子だかは分からないけれど、兄たちに今から仲良くして事務作業でもこなしていれば、邪険に扱われずこのままの生活を許してくれるかもしれない。

 札束のお風呂はあきらめるにしても、十分な生活だ。


 そんなこと思いながら、部屋についた。

「おかえりなさい」

 母親がにこにこしながら待っていた。

 ん……、なにか過剰な期待を感じる笑顔だ。


「先生は何かおっしゃってた? マジカ使えるって?」


 そういうことか。先生が俺にマジカをつかえるようにさせる秘策があると思った訳ね。

「マジカを使えるようになるのは諦めたとのことです」

 代わりに予見眼を……という話は内緒だ。

 先生が魔族だとバレると、これから先生のところに通うのにめんどうそうだ。


「……え?」

 母親の表情が、一瞬にして真顔になった。

 表情って、こんなにもすぐに変わるもんだなと感心してしまうほどに。

「そう、なの……」

 母親は力なくその場にへたり込んだ。


 いやいや、そこまでショック受けちゃうの!?


「母様、だいじょうぶですか!」

「あ、ごめんね、心配かけて」

「マジカの習得を諦めたからといって、先生は私たちを見放されたわけではありません」

「ええ、ええそうね」

 母親に俺の声は届いていないようだった。


「ジャン、大切なお話があるの。聞いてくれる?」

「……なんでしょうか」

 いやな予感がする。

「私のような取り柄のない王妃は、立派な跡継ぎを育てることが唯一で重要な務めなの。私には、それができなかったみたい」

 母様は寂しそうな顔をして

「これからずうっと王族の荷物として生きていかねばなりません。そんな恥の多い人生、私には耐えられません」

「母様はまだ子が生めるのではありませんか?」

「マジカが使えない子を生んだ私が、もう二度と王の子を授かれるはずがないわ。それに、なぜだか私は子が授かりにくい体質のようです」

「王は……、父はなんと言っているのですか?」

「王から直々に言われたことです」


 やっぱり俺のせいで母親が不遇な目に遭っているのか。

 この母親はなんで俺のことを責めないんだろうな。

 それにしても、おかしいのは王だ。


「父は王である前に、母様の夫であるはずです。

 障害児が生まれたり、不妊であるなら、なおさら妻の心に寄り添うべきではありませんか?

 逆にこのような処遇にするとは、父は冷たすぎると思います」

「ジャン! めったなことを言ってはいけません!」

 母親が、急にしっかりした声で言った。

「王がこの国を護るためどれほど身を削っているのか、貴方は分かっていないでしょう。

 分かっていないことを思い込みで簡単に判断してはダメよ。

 国政とはきれい事ではないの。私たちは、誰よりも孤独な王に寄り添ってあげないと… …」

 母親の目から涙がこぼれた。

「ごめんね。私は王の期待に応えられなかった。ジャンを幸せにしてあげられなかった。ごめんね……ごめんね……」


 母親は俺を抱きしめた。

 そして、耳元でこう言った。


 ”一緒に天国に行きましょう。”


 背中がぞわぞわっとした。

「母様! 早まってはいけません!」

 俺は母親を突き飛ばすようにして離れた。


 俺がマジカが使えないことで母親まで役立たず扱いだったり、

 王に役立たず扱いされたから死ぬことになったり、

 意味が分からないことだらけだけど、俺はまだ死にたくないぞ!


「僕にチャンスをください」

「チャンス?」

「そうです。僕はまだ自分の人生を諦めていません。

 今すぐにとは言いませんが……、そうですね、5年ください。

 5年あれば、王に認められるようになってみせます」

 母親の目をじっと見つめる。

 こういう時に目をそらしてはいけないと前世のどっかの本に書いてあった気がする。


「王の負担になりながら、5年もの間を過ごさなければいけないのよ。それに5年後といっても貴方はまだ10歳じゃない」

王の負担といいながら、2人分の食事と住む場所くらいじゃないか。

とか言ったらまた怒られそうだ。


「5年という月日が短いと思わせるほど、いずれ王の恩に報いてみせます。……どうしてもというなら、外で生きていきましょう」

「王族であるあなたに庶民のような生活をさせることなんてできないわ。

 それに……、今まで働いたことがないの。あなたにひもじい思いをさせてしまうわ」

 死ぬくらいならひもじい思いをするほうがはるかにマシだな。

 ひもじい思いには慣れてる。

 王妃なんだから、一生暮らせるだけの慰謝料でももらえばいいのに。

 慰謝料とかそういう概念はないんだろうけどさ。


「僕はどんなつらい状況でも耐えて見せます。母様、お願いです。共に、生きていきませんか?」


 昔の俺だったら、死ぬんだったら一人で死んでくれと言っていたところだけど、この母親のことは結構好きだ。

 この母親はちゃんと俺を好きでいてくれるし、俺のせいでこんな状況になっても俺の味方で有り続けてくれる。

 前世では親なんてクズだったし、親の愛なんてウソとまでは言わないが、半信半疑だった。

 老後のめんどうを見てもらうためだったり、みんながそうしているからそうしているんだろうなと思っていた。

 でもこの母親は、本当に、なんの見返りもなく、俺を育ててくれている。

 いろいろどうかと思う部分もあるが、母親なりにがんばっているのだ。

 親孝行してあげたい。


「信じても、いいの?」

 母親は弱々しく口を開いた。

「信じてください」

 何の根拠もないけどな!

 もうやるしかない。


「さすがあの人の子だわ。自分の子に励まされるだなんて……情けないわね」

「家族とは、支え合うものだと先生から教わりました。情けないこととは思いません。それに僕は母様の子です」

 ありがとう。母親は顔を両手でおさえながら何度もそう言った。


 気づいたら、俺も涙を流していた。

 びっくりした。

 泣いている? 俺が? なんで?

 

 ああ、そうか、と思った。

 この人のことを護りたいんだ。

 こんなに俺のことで一生懸命な人を、他の誰でもない、俺が幸せにしないと。

 報われるべきだ、この人は。


 そう気づいた瞬間。

 俺は、王族に返り咲くことを決意した。

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