《祝福》

 5


 【セントラル】に戻ってくるとキョウヘイはついて来いとでも言うようにプレイヤーやNPCが溢れている大通りや商店通りではなく、あまり、人影のない裏路地に位置するバーのような店に入る。

 そこのマスターと話しをして、一番奥の席へと向かう。


「まあ、座れよ。ここならあまり人は来ないし、マスターも信用に足る人物だ」


 ハヤトはキョウヘイに促され、その席に座る。見渡すとキョウヘイの言う通り、マスター以外の人影が見えない。


「それで、どうして黒騎士について知りたいんだ?」

「最近、知り合いが意識不明に陥った。病院に運ばれた時に、【アイズ】をつけて、このゲームをプレイしていたみたいだ」

「成る程な」


 ハヤトは口を開く。


 その噂という範疇を出ない信憑性に欠ける話ではあるが、黒騎士の噂が単なる噂とは捉えられない。

 ゲーム内での事が現実に影響し、意識不明となるなんて現象は現実的な考えではないと思う反面、絶対にないとは現状では言えないのは事実だった。


「だが、黒騎士が関与しているという根拠はあるのか?」

「……確かな証拠がある訳じゃない。いや、それを見つけに来たんだ。それに無関係とは思えない。だから俺はこの世界に来た」


 根拠はない。けれど、ハヤトには確信めいた何かを感じていた。

 直接的ではないにせよ、意識不明となる要因の一つだという事は考えている。

 その話を聞いていたキョウヘイは思考する。ハヤトの言葉を全て信用するのは無理だ。しかし、嘘をついているとも思えない。それに現状、ハヤトに嘘をつくメリットがない。


「そうか、だが俺も黒騎士についてはあまり知らないが、俺もその噂に真偽については気になっている。遊びであるはずのこの世界。いや、企業としてもそんな噂が広まるのはマイナスだろう。けれど、《ラーク》からはなんのアクションもないのは気になる」


 黒騎士が実在すると仮定し、その噂が真実だとするのならば、運営がそれを対応しないのは可笑しい。

 少なくとも、プレイヤーには何かしらのアクションがあっても良い。


 しかし、現在にかけてなんのアクションもなく、何かしらの対応をしている様子も見られないことにキョウヘイは疑問を感じた。


「今のところ、黒騎士の目撃情報はない。このゲームの攻略サイトにも載った事があるが、それはすぐに消去されたらしい。そちらは確認出来ていないが、運営側が絡んでいる可能性は否定出来ない」


 キョウヘイの話は現段階では憶測の域を出ないものではあるが、絶対にないとは言い切れない。仮にその話が正しいとしても、運営側がそれを行なった理由が不明瞭だ。


「それに、黒騎士について調べるとは言っても、運営側が絡んでいるのならば妨害工作をしてくる事は十分に考えられる。いま、こうやって話しているのだって見られているかもしれないしな。この世界はゲームではある。だが、一度殺られれば再ログインするのに、1ヶ月は時間が必要になる。まだ、始めたばかりの初心者じゃ力不足なのは否めないだろう」


 キョウヘイは辛辣な言葉を並べる。


 だが、それは事実であり、今のハヤトでは誰にも勝てはしない。

 熟練度とかではなく、経験として蓄積されるものが存在しない。

 真っさらな状態。


「それでも……俺は黒騎士について知らなきゃいけないんだ‼︎」

「だが、もし噂が本当ならば、お前も同じように……」

「覚悟はある」


 ハヤトはキョウヘイの言葉に被せるように言い放ち、血を出さんばかりの力で拳を握り締めていた。

 その言葉は覇気を纏っていた。

 キョウヘイはそれだけの覚悟を決めているのなら何を言っても無駄だと理解し、口にする。


「なら、まずは強くならなきゃ駄目だ。この世界で生きる為に……」

「……なら、俺は強くしてくれ」


 キョウヘイはまずハヤトがするべき事、手にしなければならないものを提示する。

 この世界を生き残れるだけの力だ。

 現状、ハヤトにはそれだけの力がない。それも理解している。だから悲願するように頭を下げる。


「頭を上げろ。そう簡単に頭を下げるな!」


 ハヤトはキョウヘイに促され、頭を上げる。けれど、その目だけはしっかりとキョウヘイの瞳を見据える。

 その目を見たキョウヘイは言葉を繋げる。


「強くなりたいなら、俺と一緒に来るか? それで強くなれる保証もない。だが、少なくともアドバイスはしてやれる。それに黒騎士については俺も調べなきゃいけないんだ。一人で行くか、俺と共に来るかはお前が決めろ」


 ハヤトはPKプレイヤーとの戦闘を間近で見て、キョウヘイの実力を見ている。

 他のプレイヤーを見た事がない為、一概には言えないが、キョウヘイは少なくともこの世界に於いて実力者であると感じていた。

 そのキョウヘイから、自分について来るかという提案がされたのならば、ハヤトは考えるまでもなく、頷いた。


「よし、なら受け取れ」


 キョウヘイはシステムメニューを自分の視覚上に出し、右手でそれを操作する。

 最もハヤトから見れば空中で右手を動かしているようにしか見えない。

 操作を終えるとハヤトの視覚上にキョウヘイからのPT申請通知が現れる。

 それを迷う事なく承認し、PTに入った。そのシステムメッセージがキョウヘイにも届く。


「俺はキョウヘイ。よろしくな」

「俺はハヤト。よろしく頼む」


 実際に名前は名乗るまでもなく、認知出来る。PT内では視界左上のHP——体力を示す横線ラインの下に表示される。だから、あくまで気持ちの問題なのだが、互いに自分の名を告げる。


「なら、早速行くか」

「行くって何処に?」

「決まってるだろ。圏外にだよ。強くなる為に」


 キョウヘイは席を立ち、それについて行くように、ハヤトもこの洒落たバーを出た。



 【セントラル】を出てすぐの場所までやって来るとキョウヘイはハヤトに武器を抜くように促し、ハヤトは背中の両刃直剣を引き抜いた。


「抜いたな。じゃあとりあえず戦ってみてくれ」


 キョウヘイはそう口にすると、ストレージから一つの笛を取り出し、それを吹いた。

 その笛の音色に呼び出されるように緑色の肌をした小柄な人型mob。亜人種であるゴブリンが多数出現する。


「力を見せろってことか」


 ハヤトは呼び出した意図をそう捉え、|両刃直剣(ロングソード)を構え、そのゴブリンを見据える。戦力は完全に不利だ。

 だが、この程度のmobに手こずるようでは黒騎士に近づく事すらも出来ない。これがハヤトにとって、初めての戦闘。

 ハヤトは大きく呼吸を繰り返す。

 この世界のPCであるハヤトは呼吸を必要としないが、現実で幾度となく呼吸を繰り返している。心拍数も時を重ねるにつれてその速度を上げていく。


「ギィィィァァァア‼︎」


 ゴブリンが奇声を放ち、その手に持つ棍棒を乱雑に振り回しながら、ハヤトへと向け前進する。


「はぁぁぁあ‼︎」


 ハヤトも空に響かんばかりの声を出し、そのゴブリンへと向け、地面を強く蹴り出した。

 その手に持った直剣を上方に振り上げ、そのまま垂直に振り下ろす。

 そこまで早い訳ではないが、その一撃は先頭のゴブリンに直撃し頭部を割る。

 現実とは違く血飛沫が上がるという事はないが、それでも剣でゴブリンを切った感覚が手に残り、不快感を露わにする。

 ハヤトは無理やり呼吸を吐き出し、その不快という感情を押し殺し、先を見据える。

 そこにはまだ何体、何十体というゴブリンの集団が密集しており、さらには各々別の武器を所持しており、戦闘方法も大きく異なる。


(考えるな。今はただ先だけを見据えろ)


 ハヤトは口には出さず、何度もその言葉を繰り返す。

 身体が小刻みに震え、その瞳には不安が色濃く残っていた。

 これは恐怖だ。所詮ゲームでしかない。

 けれど、この景色や感覚は現実と同じように存在し、大脳はその景色を現実のものとして認識させていた。

 ハヤトにとって幸いだったのはゴブリンが大した知能を持ち合わせていなかった事だ。仮に知能を持っていたならば、統制され、一体を屠るのさえ、難しくなる。


 だが、この緊迫した状況で時間がかかるのも愚策だ。時間経過とともに心身は疲弊し、その疲労が大きなミスに繋がる可能性は否定出来ない。


「初心者にしてはやるな」


 その呟きは集中し、ゴブリンと対峙しているハヤトには聞こえていない。

 しかし、キョウヘイから見て、反応速度は上々でゴブリンという最下級のmobでも、多数いる状況なら苦戦を強いられるが、ハヤトは一体ずつ確実に仕留め、その数を減らしていく。


 およそ、30分が経ち既にゴブリンも残すところはあと3体ほどにまで減っていた。


 だが、そのゴブリンが持っている武器は鞭で変幻自在な攻撃に攻勢に出られないでいる。


「……イメージしろ」


 ハヤトは自分に叱責するような強い口調で口にする。思い描くのは相手に向け、一気に駆け抜ける事。

 まるでフェンシングのように直剣を構え、その剣が光を纏い、地面を蹴る。

 片手直剣突進剣技《ヴァイスアーク》。

 システムアシストにより、その速さはもはやゴブリン程度のmobでは目で追う事は難しい。その鞭は何発かハヤトに直撃し、HPを削られるが、剣技を中断させるまでのダメージにはならず、その剣尖はゴブリンへと突き刺さる。


「グェエエエエ⁉︎」


 苦しそうな奇声を上げ、そのHPを削りとり、その姿を霧散させる。

 ハヤトは息を切らしていた。

 全ての敵を倒したのを確認すると緊張が解れ、途端に足が震え出してきた。

 そのまま力なく、地面に座り込んだ。


「お疲れ。初めてにしては良くやったほうだな。それにその反応速度はなかなかだ。ハヤトは祝福持ちか?」

「祝福(ギフト)って?」

「ああ、祝福を知る訳ないか。って言っても俺が勝手にそう呼んでいるだけなんだがな。祝福は、この世界との適応性が高いプレイヤーの事をそう呼んでいる。つまり、反射速度や行動に移るまでのラグが少ないんだよ」

「なるほどな……」


 キョウヘイは説明しながら倒れているハヤトに手を伸ばす。その手に掴まり立ち上がる。

 その手は大きくゴツゴツしている感触がある。

 立ち上がり握手を交わしてから【セントラル】に戻り別れた。

 ハヤトは別れてからすぐに宿へと入り、現実へと帰還した。

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