《初心者狩り》

 4


 立花隼人/ハヤトは驚愕した。

 視界の隅、細部に至るまで景色が鮮明に見えており、時折大きな声が耳に入る。

 【セントリア】の商店街を通るとプレイヤーとNPCが混在し、そこで生活していた。


 ハヤトは自分の姿を確認する。


 ハヤトは始めたばかりの初心者(ニュービー)の為、初期装備らしき衣服を纏って、背中にキャラメイクで選んだ初期スキルである片手直剣を背負っていた。

 街中でも剣は抜けるようでその背中の剣を引き抜き感触を確かめる。


 その両刃直剣の刃に陽光が反射し、眩しさを感じさせる。


「……軽いな」


 始めて握る本格的な武器に抱いた感想はその程度の事だった。

 その片手剣を背中の鞘に戻し、辺りを見渡す。そこにはゲームとしてのこの世界を楽しんでいるプレイヤーが多く存在し、ハヤトは若干、不快な感情が芽生える。


 そこから逃げるようにして離れる。


 誰かに声を掛けて、黒騎士に関する情報を集めなければならないのだが、生憎ハヤトはそれに慣れておらずなかなか話し掛ける事が出来ない。


「お? もしかして初心者?」


 ハヤトに向けて声を掛けたのは男女の二人組プレイヤーだった。

 一人は大剣に金属鎧で身を固めた壁戦士タンクの男とそれとは対照的に軽装で腰には片刃の短刀をチラつかせている女。

 急に話し掛けられた事でハヤトはその二人組に対して警戒心を露わにする。


「そんな警戒しなくても……。俺はダッカー。こいつはエルメ。これでも開始当初からやってるから他の奴よりかは色々知ってるぜ」


 ダッカーはあからさまに警戒しているハヤトに苦笑を呈し、自分が何者かを告げる。

 身分を晒したダッカーに対し、多少は警戒を弱め、見据える。


「俺は……ハヤト。色々な事を知ってるって言ったな?」

「ああ、言ったぜ。何か知りたい事でもあるのか?」

「黒騎士について知っているか?」


 "黒騎士"の存在について尋ねる。


「ああ‼︎ 知ってるぜ」

「なら、教えてくれ」

 ダッカーは自信ありげに告げ、その言葉を信用し、ハヤトはそう口にする。

 この一連のやりとりの中でも軽装短刀使いのエルメは沈黙を貫く。


「ああ、良いぜ‼︎ それにまだ入ったばかりであまりよく分からないだろう。少し圏外に出てレクチャーもしてやるよ」

「ああ、頼む‼︎」


 ハヤトにその申し出を断る理由はない。

 初対面でここまで親切にして貰っている事で警戒心は次第に薄れていく。

 ハヤトはダッカーに促されるままに圏外エリアへと足を運び、【セントラル】から離れていく。

 この世界の地理もハヤトはまだ知らず、ダッカーの後に着いて行く事しか出来ない。


 けれど、かなり圏内エリアである街から離れているのは理解し、ダッカーへ声を掛けた。


「……もう、良いんじゃないか? 街からだいぶ離れたけど」

「確かに、此処まで来れば大丈夫かな」

「大丈夫ってなんーー」


 そこから先の言葉を紡ぐ事は出来なかった。ダッカーは背中に差していた自分の背丈よりもある大剣を一気に抜き、その勢いのまま、ハヤトを向けて、振り下ろす。


 咄嗟に背中から直剣を引き抜き、その大剣を受ける。


「初心者にしてはなかなかの反応だ。でも、受けるべきじゃなかったな」


 ダッカーは大剣に力を込め始め、それは次第に力の差を顕著にする。

 ハヤトはその大剣によって、身体ごと飛ばされる。

 なんとか体勢を立て直し、ダッカーを見据える。


「なんのつもりだよ!」


 ハヤトは突然、武器を向けられた事に怒りを露わにする。けれど、ダッカーはその反応を見ると楽しそうに表情を緩め、大剣を肩に担ぐ。


「何のつもりって見て分からないのか? とんだ馬鹿だな‼︎」


 ダッカーは蔑みを含んだ笑みをして表情を歪める。

 そこにいるのは初心者(ニュービー)を指導する熟練者ベテランではなく、殺戮によって得られる快楽の虜になってしまったPK(プレイヤーキラー)だった。

 PKと言えど、初心者を狙う利点がないように思えるが、スキルとして選択できるものの中に【暗殺の心得】というスキルがある。


 これはプレイヤーキル時にその他のスキル熟練度の上昇幅に補正がかかる。

 このスキルによって初心者狩りと呼ばれるPK行為が横行していた。

 そんなスキルを知らないハヤトにとってこの行為を理解する事は難しい。

 だが、この行為もシステム的に禁止されているわけではない。


「そうかよ‼︎」


 ハヤトはその片手剣を左手で強く握り締める。


「俺だけに集中してて良いのか?」


 刹那、ハヤトは殺気を感じその発信源に向け、片手剣を構える。


 ガキンッ‼︎ という金属音が鳴り響く。

 ハヤトの片手剣に重なっていたのは短刀だった。リーチはないが、懐に入られるまでその存在にハヤトは気づきもしなかった。

 エルメはかなりの俊敏性を有していた。短刀であるはずだが、その一撃は片手剣と張り合う程に重い。


「オラァア‼︎」


 エルメの短刀を片手剣で受けているハヤトはまともに動く事すらも難しい状況だ。

 そこに上方からの大剣が牙を剥く。

 "拙い"というのは直感的に理解するが、それを回避する術は今のハヤトにはない。

 HP総量も初期段階では微々たるものだ。


 ダッカーの大剣は直撃し、ハヤトの視界左上に表示されている横線ラインが減少する。イエローを通り過ぎ、危険域レッドゾーンにまで突入する。

 ダッカーの主メインスキル。武器カテゴリーに分類されている【大剣】スキル熟練度はそこまで高くはない。


 けれど、同じだけのダメージを喰らえばハヤトはPKされる。

 その圧倒的なプレッシャーに押し潰されそうになる。


「これで死ぬと思ったんだけどな。少し甘く見過ぎだか、それともこいつの運が良かったのか……まあ、どうでもいいかどうせ次で終いだ」


 ダッカーはこの一撃で決めるつもりだったのか、そう口にする。

 口では残念そうにしているが、表情では笑みをこぼす。


「そう、簡単に殺られてたまるか‼︎」

「初心者にしてはなかなかやった方だよ。それにエルメの初撃に対応するなんてね! だから見せてあげるよ! 【大剣】スキルの剣技を……」


 ダッカーはそう口にすると、その大剣を上段で構える。上段で構えた大剣は赤光する。

 容赦のない一撃を加えられる事を悟り、ハヤトは戦慄する。なす術はない。


 初心者であるハヤトがPKされたところで現状では然程デスペナルティは怖くはない。しかし、それで斬られるという恐怖がない訳ではない。

 剣技はこの世界に於いて唯一システムアシストが作動し、能力以上の動きを可能とする。


「くたばれ‼︎」


 ダッカーは吠え、力を貯め終わった大剣は更に光を強め、ハヤト目掛け振り下ろされる。

 上段大剣剣技《スカイバッシュ》。

 その一太刀の速さは先程の比ではない。

 回避する事もままならないハヤトは覚悟を決める。

 だが、その振り下ろされる大剣に合わせるように白光した刀がその大剣を弾き返した。

 ダッカーは弾かれたのとほぼ同時に大きく後方へとジャンプし、距離を取る。

 エルメも形勢は不利と見たか、ダッカーのいる場所まで退がる。


「なんだよ‼︎ お前は」


 ダッカーは声を荒げ、血走った目で邪魔をされた人物へとぶつける。

 その視線の先にいるのは武士然とした装備に両手で刀を握り締める男だった。


「俺はキョウヘイ。初心者狩りなんてしてるやつには負けるつもりはない」


 キョウヘイは口を開く。

 その言葉に含まれる意味を理解し、ダッカーは余計に怒りを露わにする。


「なら、手前てめぇから殺してやるよ」


 ダッカーは大剣を下段で構え、キョウヘイへと向け、駆ける。

 大剣のリーチ内に入ると大剣を赤光させ、初動モーションからの剣技を行使する。

 大剣下段剣技スカッシュ。

 大剣を切り上げる。


 しかし、キョウヘイは焦らない。


 焦らずにその剣技を的確に見て、刀剣剣技歯車を使う。更には大剣の一番脆い部分。

 刀身と柄の間を的確に狙い、振るう。大剣はパキンッ‼︎ という音と共に半分に折れ、その先端部分が地面に落ちる。


 システムに再起不能と判断された大剣はポリゴンとなり霧散した。


「まだ、戦るか?」

「っち……引くぞエルメ」


 ダッカーは形勢不利と判断し、エルメと共にこの場から消えていく。

 その両目は鋭くキョウヘイを見据えているが、それに気づいていないかのように平然としていた。

 キョウヘイはダッカー達が去ったのを確認すると、その刀を腰の鞘に戻し、ハヤトに近づく。


「大丈夫か? とりあえずこれを飲め」


 キョウヘイはハヤトに向けて緑色の液体の入った容器を手渡す。

 一瞬、怪しんだがそれが回復ポーションだと理解しそれを飲んだ。

「災難だったな。あいつらは初心者狩りで有名なんだ。って言っても始めたばかりで知ってる訳もないと思うがな」


「いや、すまない。助かった」

「なあに、俺は当然の事をしたまでさ。それにあいつらがやっていることも頭から否定は出来ないしな」


 PK行為が禁止されていない以上、それも一つの楽しみ方ではある。

 キョウヘイもそれは理解しているつもりだが、だからといってそれを見過ごす事など出来なかった。

 ハヤトはキョウヘイのその人柄に憧れにも似た感情を覚える。


 ハヤトから見てもキョウヘイは強いと思わされるだけのものがあった。


「黒騎士って知ってる?」

「……多少は知っているが、それがどうした?」

「なら、教えて欲しい」

「どうしてだ?」

「一人の女の子を助けたいからだ!」


 ハヤトは真に迫る表情をしていた。

 それはこの世界を楽しんでいるような顔ではなく、目的があってそれを遂行する為だけにこの場所にいる。

 ハヤトには楽しむなんて余裕はない。


「それはどういう……? いや、こんな場所で立ち話もなんだしな。とりあえず戻るか」

「ああ」


 キョウヘイは落ち着いた場所で話す為に【セントラル】に戻る事を提案し、ハヤトも短く返答して街に戻る。

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