《略奪》
3
翌日、雫はいつも通りの時間で教室に入っていた。
現実とゲームの世界では時間の流れ方が違うようだ。
ゲームでは何日も計経ったように感じるが現実ではたったの一日だけ。そのギャップに違和感を覚えていた。
教室にクラスメイトが集まり出すと話題は《セブンスエンドオンライン》に関係するものになる。
その中で気になる噂があった。
黒騎士。
曰く、その存在に倒されると意識をゲームに取り込まれる、というものだ。
「あっ、隼人おはよ!」
隼人が入ってきたのに気づくと雫は思考をやめて、駆け寄る。
「わざわざ、来るなよ」
そんな雫を冷たく遇らう。そんな態度を見せていることも隼人が周りから嫌われている理由の一つだろう。隼人本人は理解っている。
それでも態度を変えようとしないのは、一種の見栄のようなものだろうか。
「雫、もう来ていたのか? それに立花もな」
教室に入って来た羽咲は鞄を自分の席に置いて、雫達に近づいて来た。
「どうやら、黒騎士って呼ばれる存在が噂になっているみたいだな」
隼人は興味なく、空を見ている。
「らしいね、でも、本当にあると思う?」
「現実味は薄い、だろうな。だが、仮想なんて技術は未だにブラックボックスがあるのだろう。軽視は出来ない」
羽咲も全てを信じている訳ではない。
けれど、黒騎士らしき存在は実際に自分の瞳で見ている。
「少し心配はあるけど、信憑性は低いかなあって思うよ」
普通に考えれば、そんな危険な事があればゲームのサービスが開始される筈はない。
そんな欠陥を抱えたままするのは会社としてもリスクが高いだろう。
「所詮は噂、か。すまないくだらない事を訊いた」
羽咲の心配が全て拭い取れた訳ではないが、雫の言うことは正しい。
そんな事、あり得る筈がない。
羽咲はその噂が出鱈目なものであると結論づけて、この話を終えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「少し早く来すぎちゃったかな?」
《央都セントリア》に約束の時間よりも早く着いたシズクは噴水広場の前で空を見上げる。
「どうしていつも空を眺めてるんだろ?」
隼人と話したい。それがシズクの本心だ。
「少し、外に出てみようかな」
此処で待っているだけでは無意識に隼人の事を考えてしまう自分がいる。
考えても無意味な事だ。
それならば、と思い圏外エリアへと出る。
人気の少ない《大樹の森》付近へと近づいていた。この間はこの場所に恐怖すらも抱いていたのに、今日は何も思わず、歩を進めていた。
「なんだろ……なんか此処に呼ばれた、みたいな」
それはあくまで感覚的な事でしかないが、何かに引き寄せられるようにこの場所に来た。
刹那、目の前の空間がひび割れ、黒い影が出てくる。最初に見えたのはフルフェイス状の兜。次第にその全容が明らかになる。
それは《大樹の森》中心にある礼拝堂の内部で見た黒甲冑──黒騎士だった。
姿を現したそれはシズクに対し、明確な殺気を向ける。
辺り一帯を重圧が支配する。
黒騎士は腰に携えている禍々しさを纏う西洋風の長剣を引き抜いた。
シャリィィイン! と金属が擦れる。
敵頭上に見えているカーソルの色は一切の混ざり気がない黒色だった。
シズクは逃げる事は不可能だと悟る。
「……怖い、けど……」
恐怖を誤魔化し、青みがかった白色に輝く短剣を抜いた。
「よろしくね、青薔薇」
青薔薇と名付けられたそれを逆手で構える。黒騎士は長剣を上段で攻撃的な姿勢だ。
勝負は一瞬だった。
地面を蹴り出したシズクは真っ直ぐと黒騎士の脚を狙い、短剣を振るう。
かなりの速度だ。通常であれば先制攻撃ファースト・アタックが取れる筈だ。
しかし、黒騎士は普通ではない。
時という呪縛に囚われない。視認する事の出来ない速さで青薔薇を弾いて、シズクを胸を貫いた。
鮮血が迸る。
(痛い……な)
痛みが生じている事がそもそも可笑しなことではあるが、シズクは気づかない。
自分の仮想体アバターが光の粒子となり、霧散する。
そして、シズクの意識は闇深くへと落ちていった。
数時間後。
《央都セントリア》の噴水広場にハズキは来た。しかし、シズクの姿はない。
「一人で何処かに行ったか?」
メニューウィンドウを開き、フレンド一覧を参照する。
フレンド一覧にはシズクの名があった。
しかし、赤文字で表示されているのみでダイレクトメッセージを送る事も出来ない。
「なんだ、これは?」
状況の理解が追いつかない。
けれど、この世界上でシズクというプレイヤーの存在が消えている。それに堪らず不安感を募らせる。
「誰かに相談しなきゃ」
それがハズキの出来る精一杯の事だった。
ログアウトし信頼たる人物に相談する。
この後、現実の姫宮雫は病院に救急搬送される事となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「シズクが、病院に運ばれたって……聞いて……」
隼人は冷静さを欠いていた。そんな事実を告げられて考えるよりも早く、病院へと駆け出していた。
「隼人くん……久し振り、だね」
声を掛けたのは桃だった。
桃は見るからに窶れている。それは当然だ。自分の娘が病院に運ばれたのだ。正気を失っても可笑しくはない。
しかし、自分を保っている。隼人は強い人だと思った。
「シズクはベッドの上で眠っているわ。お医者さんが言うには異常はない、だそうよ」
ベッドテーブルの上には《アイズ》が置かれている。
「これは?」
「私が発見した時には、それを着けていたの」
それを訊いた瞬間、隼人の脳裏に教室での噂話がフラッシュバックされる。可能性としては限りなくゼロに近いものだ。
「なんで、俺に電話をくれたん、ですか?」
それは疑問だった。ここ数年、まともな会話など殆ど無かった筈だ。桃とは顔を合わせることすらもめっきり減っていた。
「うーん、解らないわ。強いて言うならきっと、雫ならこうする事を望むと思ったから」
桃はそう言い切った。
隼人と雫の関係性は昔程良好なものではない。
しかし、考えるより先に駆け出したのは事実だ。その、行動原理を考える。
(どうしてだ? どうして俺は此処に来た?)
自問自答を繰り返す。
最適解は見つからない。答えがあるのかどうかすら分からずに時間だけが過ぎていく。
「それは、きっと心の底では雫を放って置けないって思っているのよ」
「そう、でしょうか?」
そんな言葉を与えられても、信じられない自分がいる。
桃の精神面は本来ならば、隼人よりも深刻だろう。けれど、隼人を励ますように言葉を紡ぐ。
もし、教室で聞こえてきた噂話が本当ならば……。
雫の魂はあの世界に囚われている。隼人は自分でも夢だと思うが、少しでも可能性があるのならば、救いたい。
今度こそ、自分の手で。
「俺、今日は帰ります」
「そう、ならコレを持って行って」
桃は《アイズ》に入っているセブンスエンドオンラインのカセットを隼人に手渡した。
「凄く、あり得ない事なんだけど、コレがあなたには必要な気がするの」
隼人は受け取る。
(もう、逃げるなって事か)
自分の過去に向き合え、と言われているようだった。
今度こそ、物語の主人公みたいに雫を救い出したい。それが隼人が出来る事だ。
病院から駆けて帰宅し、乱雑に靴を脱いで、カセットを自分の《アイズ》に挿入する。
変わる為に。あの時の約束を果たす為に。
「感覚接続」
外界の情報を全て遮断し、意識がその世界へと入る。
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