第4話 恐怖のお化け屋敷

 芸人とアイドルたちがわーわーキャーキャー騒ぎながらお化け屋敷を体験していき、プロレスラーが入り、出てきて、

「なんだこのヤロウ、めっちゃ怖いじゃねえか!」

 と怖い顔で芸人たちを追いかけ回して笑いを取り、最後に命知らずのスタントマン、一本道翔矢が入る番になった。

 表に顔の知られていない翔矢は紹介VTRがモニターに流され、メジャーな映画でメジャーなイケメン俳優のアクションを実は翔矢がやっていたと明かされて、

「へえ、あのシーン、あなただったんだ?」

「むっちゃ危ないやん? これでギャラ、本人の何割?」

 と盛り上げられて、

「こりゃ楽勝やろなあ」

 と持ち上げられて、本人も、

「ま、余裕っすね」

 と不真面目に笑いながら板戸をくぐっていった。


 関西の有名時代劇映画撮影テーマパークに「史上最恐」を謳ったお化け屋敷がある。

 本職の美術スタッフが渾身のセットと小道具を作り、本職の特殊メイクスタッフにおどろおどろしく仕立てられた本職の俳優たちの化け物が迫真の演技で脅かしてくる、超本格派の時代お化け屋敷だ。

 こちら鬼怒沢大江戸パークの「惨劇の大黒屋」もライバルに負けじと力の入ったものになっている。

 翔矢が木戸から中に入ると、隠されていた大黒屋の表構が現れるが、夜なので店舗の木戸は閉まっている、はずなのだが、1枚だけ不自然に開いている引き戸がある。

 そこから店内に入ると、土間があって、床の上がった広い畳敷きがある。ここももちろん夜のことなので人もいなければ表に物も出ていないが、その当たり前の静けさに不穏な胸騒ぎを催される。

 突然、奥の廊下への出入り口から

「ひいいい」

 とか細く震える悲鳴を発して着物姿の女が駆け出してくるが、その髪は崩れて額にかかり、口から血の筋を垂らし、必死の形相をしている。助けて、と表=客に対して手を伸ばす女の後ろから、黒装束の男が追いかけて現れ、女の後ろ髪を引っ掴むと、グサリ、と、腰に短刀を突き入れる。

 女は、ぐええ、と血を吐き出し、がっくり膝をつく。

 首をがっくり倒して絶命した女を、男は乱暴に襟を掴んで後ろに引っ張っていくが、死んだと思われた女が突然バタバタ暴れ出し、男が面倒くさそうに胸に短刀を突き刺すと、今度こそ女は完全に脱力して動かなくなったが、断末魔の刹那、ギロリと、恨みがましく翔矢を見て、その目を向けたまま廊下へ引きずり出されていった。

『さすがに演技はうまいもんだな』

 と感心し、翔矢は暗幕で作られた順路に従って横手に入っていった。


 短い真っ暗な通路を抜けると、板塀に挟まれた狭い庭に出て、縁側に閉まっているべき板戸がまた1枚半端に開かれていて、そこから中を覗くと、廊下と、障子が半分開いた畳部屋に、血まみれの地獄絵図が広がっていた。主一家が、老年の主と妻、その娘と孫の幼い男の子が、滅多刺しの無惨な姿で転がり、幼い子どもまで犠牲となっている悪趣味に顔をしかめていると、バリンと障子を桟ごと突き破って身だしなみのいい娘婿の男性が腕と上半身を突き出して助けを求め、後ろから黒装束がその頭をぐいと引いて喉をのけぞらせ、短刀を当てると、さっと横に引き、びしゃっと血が散って障子を濡らし、娘婿は白目を向いてびくびく痙攣し、黒装束は他にも生きている者がいないか、握った短刀を赤く濡れ光らせながら部屋を歩き回った。

 重い気分で覗いていた翔矢は、どうやらここはこれでお終いらしいと、次へ進むべく通路に向き直ると、先に人影が立っていてぎょっとさせられた。

 あでやかな襦袢姿の若い女が、残忍な笑いを浮かべて、ひょいと向こうを向くと暗がりに消えていった。

 なんだかキャストが出番を間違えて出てきてしまったような、どういうことなのか訳が分からずに先へ進むと、次の場面でどういうことなのかが分かった。


 再び真っ暗な通路に入り、暗幕をめくると、昼の明るさだった。

 場所は大黒屋から移動して、牢屋敷だった。

 土間で目の粗い洗濯板に正座させられた男が、石の板を膝に載せられ、苦悶の表情を浮かべている。石抱という拷問だ。取り調べの役人が手に竹を割った鞭を持って、男の耳元に

『さっさと吐いて楽になれ!』

 と怒鳴っている。

 その後ろには同じ白い囚人服を着せられた男が天井の梁に縄で手足を縛られえびぞりに吊り上げられ、役人に竹で腹をグリグリ突き上げられて、狂ったように絶叫している。

 となりの牢屋には既に拷問を受けて傷だらけとなった男たちが怯え切った様子で縮こまっている。

 これらは精巧に作られた人形によるジオラマで、土間の外の庭に水車があって、回転すると、仰向けに張り付けられた女が現れて、女の腹ははち切れそうに膨らみ、水の滴り落ちる顔はひどくむくんで恐ろしい形相になっているが、それは先ほど越後屋の庭で残忍に笑っていた女だった。

 つまりこの女は強盗団の一味で、おそらくは店に奉公に入ってスパイしていて、内から鍵を開けて強盗団が押し入る手引きをしたのだろう。

 女も人形だろうが、鼻と口から水を噴き出して、恐怖の表情で嫌々と顔を振りながら、また水責めされるべく逆さに回転していく。

 これまたひどく悪趣味で、翔矢はますます胸が悪くなりながら、先へ進んだ。


 次に現れたシーンは刑場で、

 水責めされていた女が十字架に高々と縄で縛り付けられ、左右から脇を、ズブリ、ズブリ、と槍で突き刺される様が繰り返されている。

 突き刺されるたび、女は苦悶してものすごい顔になり、だらだら口から血を吐き出した。

 その横には男の罪人たちの生首が晒し台に並び、首のない体が木の杭に縛り付けられ、台に載せられ、刀の試し切りで切り刻まれている。

 生首も体もカラスがたかり、肉や目玉をついばんでいる。

 翔矢は胸がムカムカして、腹が立ってきた。

 怖いよりも、あまりの残酷趣味に怒りがわいてきた。

 ここは年齢による入場制限はあるのだろうか?

 こんな残酷な物、子どもに見せていい物じゃないだろう?

 こんな物、わーわーキャーキャー悲鳴を上げて楽しむ物じゃないだろう?

 いつまでもメカニカルに脇を突き刺され苦悶を浮かべて血を吐き続ける女を見上げ、翔矢は思い切り眉をしかめた。

 と、その女の目が恨めしげに翔矢を見て、翔矢はぎょっとした。

 女の目はしっかり翔矢に焦点が合っている。

 たまたまこの位置に合っているだけなのだろうが、翔矢は生まれて初めて、背筋にゾクリと冷たい物が走るのを感じた。

 突き刺され続け、血を吐き続ける女が、生身の俳優であるはずはない。しかしそれにしてもよく出来ている。

 翔矢はじりじり後退するように横にずっていったが、女の恨めしい視線はずっと翔矢についてきた。

 翔矢は額に冷たい汗をたらした。

 刑場の空は罪人たちの血を塗りたくったような夕焼けで、

 翔矢は赤い布で作った小部屋へ、次のシーンへ行くべく入っていった。


 次のシーンは、血で出来たような、地獄絵図だった。

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