第3話 絶叫
コーナーの撮影が行われるのは東北T県の江戸時代を再現したテーマパーク「鬼怒沢大江戸パーク」に夏期間開設されるお化け屋敷「惨劇の越後屋」である。
お化け屋敷の元祖は天保元年(1830)に「東大森の化け物茶屋」と評判になった、瓢仙という物好きな医者が庭の小屋に百鬼夜行の様を再現した物だそうで、その後、天保9年(1838)両国回向院で井の頭弁財天の御開帳に合わせた境内の出店に、
『人形師泉目吉の細工にて、色々の変死人を作り見せものとす』
という見世物小屋が出て、これがたいへんな評判になったそうだ。
ちなみに人形師泉目吉については高橋克彦氏の小説「ドールズ」に詳しく述べられている。上質なモダンホラー小説の傑作なので興味のある方は是非お読みいただきたい。
今回の「惨劇の越後屋」はその由緒正しき「化け物小屋」の流れを汲んだ物で、場所が大江戸パークであるから内容ももちろん時代物で、
ドラマでお馴染み呉服商の大店越後屋に、強盗団が押し入り、家族と使用人ことごとくを惨殺、しかし強盗団は召し捕られ、取り調べの拷問を受け、磔獄門晒し首となり、しかしそれでも惨殺された者たちの怨念は晴れず、強盗団は死した後も怨霊たちに責めさいなまれ続ける、
という一連のストーリーに従って、
(事件現場である)越後屋→(残酷な拷問の)牢屋敷→(死刑執行の)刑場→(悪人たちが責められる)地獄、
という4つのステージが連続し、お客はそこを歩いて、残酷なジオラマに恐れおののいたり、亡者たちのライブアクトにびっくりさせられることになる。
さて。
7月中旬、午後5時の閉園時間後、スタッフが照明、カメラのセッティングをして、出演者たちが招かれた。
司会のお笑いコンビと女子アナウンサー、お笑い芸人8人に、女性タレント2人、特別枠で4人。
特別枠の4人は、強面のプロレスラー、命知らずのスタントマン、そして紅倉と助手の芙蓉である。
「越後屋」の大看板を掲げた建物の前で、まず本職のタレントたちがオーバーアクションで面白おかしく盛り上げて、特別ゲストの4人が招かれて登場した。
「紅倉先生は、お化け屋敷なんて平気ですよねえ?」
と女子アナにふられた紅倉は、
「当然です。お化けなんて毎日のように本物を見ていますから、人間の演じる偽物なんかにビビるわけありません」
と、控えめな胸を張った。
「それでは、……お化け屋敷には本物の幽霊がいるって話、よくありますよね? 安全確認の為にまずは先生と助手の芙蓉さんに入ってもらって、本物がいないかどうか、調べていただきましょう。では先生、芙蓉さん、行ってらっしゃーい」
台本どおりまんまと一番手で送り出された紅倉は芙蓉に手を引かれて、事件現場ということで現代ならブルーシートでおおわれるところを即席に立てられた板塀の、戸を開いて、中へ入っていった。
10秒もしないうちに、
「うぎゃああああっ」
という世にも恐ろしい悲鳴が響き渡り、
「いきなりかよっ!」
と、不意をつかれた芸人たちが素でツッコミを入れた。
その後も建物内からはあられもない悲鳴が上がり続け、
約10分後、二人は入り口と反対側の木戸から出てきた。その憔悴し切った様子から悲鳴を上げ続けていたのが紅倉なのは一目瞭然だった。腰が萎えて立っていられないように芙蓉にしがみつきながら、
「な、なによこれ、こんなの全然リアルじゃないわよ! 本物でこんなに怖い幽霊、見たことないわよ!」
と、専門家として駄目出ししながら、お化け屋敷が所期の目的通りにとても怖いことは証明してくれた。
中に設置したカメラをモニターしていたディレクターは、これは使える、とほくそ笑んだ。
紅倉はプンプン怒って撮影用照明の届かない暗がりへはけていき、ADがご機嫌伺いに追っていくと、言った。
「例のスタントマンさん、一番最後にしてください。しゃれにならない状態になりますから」
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