第5話

◇◆◇◆◇◆◇



「まー、嫌なら別に良いけどヨ。お前昨日行く場所ないみたいなこと言ってたよな?だから、居たいならいりゃ良ーし、嫌なら出てけ。……で続きだけど、昼間は大体店にいる。用があれば、居間からでも叫べば下の店に届く。まぁ、面倒じゃなけりゃ店に降りてくりゃいい」


それこそ、家の紹介ついでみたいに目の前の彼から軽い口調で続けられる言葉に、思わず何かウラがあるんじゃないかと疑ってしまう。

だって、そんな、優しいだけの人間なんているはずないから。


「あの、そんな、どうして、僕なんかにこんなに、良くしてくださるんですか」


廊下を折り返し居間に戻りかけた足を止め、僕は早鐘のように打つ鼓動を誤魔化すため握った両手をグッと押し付け顔をあげた。


「そりゃ、まぁ、気が向いたからだな」


なのに、返事は…気が向いたから?

食事時の笑みも消えて、また無愛想に戻った彼の顔をじっくり眺めても……返事が変わる訳じゃない。


「それだけ、ですか?」


少しガッカリしたのと、大きな安堵感。

この人は僕を変な目で見ないし、昨夜も部屋には来なかった。

特別僕に興味や…好意が無いのは残念だけど…お人好しっぽいこの人を、ちょっとくらいなら信用してもいいのかな。


「だめか?たまたま今日は用があってあの路地を通って、アンタを見つけた。気分が良かったからアンタをしばらく家におこうと思ったんだが」

「気分が、良かったから」


その言葉に、伏せた視線をまた上目使いに見上げれば、彼は黒い宝石みたいな綺麗な瞳で僕を見て、黄色っぽいクリーム色な肌にシワを刻んで、小さく笑った。


「そーいや、アンタ名前は」


なまえ、そう言えば昨日は名乗らずに眠ってしまったんだっけ。

笑いかけてくれた彼を見上げたまま、歩き出したその背中を追いかけ。僕らはまた居間に向かって足を進める。


「あ、はい。僕は、フィールフィーリアって言います」

「フィール、フィーリア?随分長いんだな」


廊下を抜ければ、居間に備えられた木目が美しい木のテーブルへ進み椅子を進められ、僕を椅子に座らせた彼はキッチンへ行き、お茶の入ったカップを二つもって戻るのが見えた。


「僕は、満月の夜に生まれたので。はじめ父はフィール(満たされし月)と名付けようとしたそうなんです。けれど、娘がほしかった母は諦めきれず僕をフィーリア(穢れ無き月)と呼んで、結局最後には二人共が折れて両方を付けることに」


渡されたカップを受け取りのぞきこめば、入っているお茶は見たこともない奇妙な緑色をしていて、僕は目をシパシパ。

彼はその反応が面白いのか向かい側でクッと口許を緩め、けれどその話題には触れずにこう続けた。


「フィールフィーリア(満たされし穢れ無き月)か…なかなか良い名だな」


僕は熱いからか冷ましている風を装って、この良く分からない液体の入ったカップを両手で持ちはしても口をつけずに話を続ける。

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