第26話 カメさん
カメさんは瀕死のようだ。左腕は千切れかけていて出血が酷い。
早急に魔獣を倒してこの場を離れないと、さらなる捕食者が血の匂いで寄ってくるだろう。
戎吉さんに【フロート】と【ヘイスト】のリバフをしもらう。
リバフというのは、支援魔法の再掛けのことで、時間にリミットがあるような魔法を支援が切れる前に再度掛けてもらうことを、MMOなどのゲーム用語でリバフといっているのだ。
【ヘイスト】は速度上昇スキルの支援魔法だ。このパッシブをもらうと、10分間あらゆる速度が上昇する。
まだレベル1なので驚くほどの効果は見込めないが、有ると無いとでは全く違う。
【フロート】は重力魔法で、水中内の移動がスムーズにできるようになる。
これもレベルがまだ1なので凄いスピードは望めないが、自分の泳ぎは最悪なほど下手なので十分に役に立っている。
まず【フロート】を使い浮上し、水面スレスレを移動してサメの真上に行く。
そして一気に急降下、サメの鼻先に張り付いて先ずは【墨吐き】だ。
「やりました! 八重樫君、目晦まし成功です! さぁ次は【麻痺毒】です!」
戎吉さんは俺の頭にハサミでしがみ付いて、行動を共にしているのだが……興奮気味でちょっとウザい。
言われるまでもなく俺は【麻痺毒】を既に流し始めていた。
戎吉さんには毒類の攻撃は全く効かないのだと判明したため、俺の毒による影響はないと判断して行動を共にするようにしたのだ。
勿論話し合いで危険はあると戎吉さんには言ったのだが、それはお互い様で、俺が死んだらどうせパラサイトの自分は共倒れなんだから側に居て全面的にサポートすると一歩も引かなかった。
サメの魔獣は俺たちに鼻先に取り付かれ、振り落とそうと暴れまわっているが、俺には吸盤がある。
ヒョウモンダコは他のタコ類より吸盤に張り付く威力はあまりないのだが、滑りのないサメ肌に張り付くのは容易だった。
ヒョウモンダコは毒が強力なので、吸盤で捕らえるということをしなくなって退化したのかもしれない。
そして動きが鈍ったところで【テトロドトキシン】で噛みついてやった。
「凄いです! 完璧です! 八重樫君強いです!」
頭の上の戎吉さんが興奮気味でうるさい……普段が大人しいので、ちょっとびっくりだ。
「お! レベルアップきたー! 2レベルも上がった!」
「あ、私も! 凄い、私は一気に4レベルアップです!」
カプッとしたら、サメの魔獣はほぼ即死のようだ……我ながら恐ろしい。
「あ! そうだ、俺さっき種族レベルが6で偶数レベルだったんだ!」
「そっか、【ちゅうちゅうたこかいな】のパッシブ効果があったんですね! 狩りも余裕な筈です。しかもまたレベル8なのでパッシブ効果中ですよね?」
「そうだね。毒の効果も2倍だったから瞬殺だったよね……予想以上に凄いな。攻撃力も経験値も全てが2倍か」
「あ、カメさんは逃げちゃったかな?」
「あそこで死んでるみたいだね……間に合わなかったか」
少し離れた場所で、カメは腹を見せて岩肌に引っ繰り返っていた。
『♪ マスター、まだ生きています。気絶しているようですが、まだ息はあります……どうされますか?』
「戎吉さん、まだ生きてるようだけど気絶してるみたいだ。ここで選択だ……そのまま気絶中に【テトロドトキシン】で楽に殺してあげて『魂石』をGETするか、もしくはヒールを掛けてあげて助けてあげるのか? 君はどうしたい?」
「八重樫君はどうしたいですか?」
「俺は君さえ良ければ、自分たちの為に、気絶中に殺して『魂石』を得たいと思っている」
「……そうですか。ならそれに従います……」
不満げな感じだが『魂石』の必要性は理解しているようだ。
サメを【インベントリ】に放り込んで、気絶中のカメに近付く。
『♪ マスター、その娘……可愛いエルフですよ? 食べちゃうのは勿体ないです……』
なんだとっ⁉
『エルフ様だと! それをなぜ真っ先に言わない! この愚か者!』
『♪ ええ~~~!? なぜ急にそこまで態度が変わるのか……ナビーには理解できません』
「ちーちゃん! この娘エルフだ!」
「ちーちゃん!? って、そのカメさん、エルフなの!? 助けましょう! エルフ見たいです!」
「だよな! じゃあ、彼女にヒールを頼む!」
「了解です!」
やはり戎吉さんは俺と同類だ……MMO好きのゲーム脳なのだ。俺は天気が良いなら釣りもするが、普段遊ぶ友達はネットの中に居る。夜や釣りができないような悪天候時は、1日中MMOをやっていたほどだ。
ラノベもそういうアニメも好んで見ていた。エルフ様は大好物の部類だ。異世界に来て、エルフと猫耳娘の獣人は鉄板だろう。むしろその世界にそういう娘たちが居ないのなら、そんな世界に行きたくないとさえ思っている。
何度かヒールを入れてあげてたら、やがてカメさんが目覚めた。
「たびないで~! もう噛まないで~! ウワ~ン!」
「落ち着いて、君は食べない! それにサメの魔獣は俺が倒した! 千切れかかっていた腕も回復したのでもう大丈夫だよ」
大泣きしていた彼女だが、俺の回復したとの言を聞いて、やっと会話ができるぐらいに泣き止んだ。
「え?……あ! 本当だ! お手てが治ってる! グスン」
「折れていた腕を彼が真っ直ぐ伸ばしてからヒールを掛けたけど、どう? 違和感はない?」
「はい、綺麗に元通り動きます! ありがとうございます!」
「君も転生者だろ? 『魂石』の重要性は知っているよね?」
彼女はビクッとしてから恐る恐る聞いてきた。
「あの……やっぱりわたくしを食べちゃうのですか?」
「いや、君が俺たちを襲ってこないのなら、今回は見逃す気でいる」
「どうしてですか? わたくしも『魂石』の重要性は知っています。見逃がしてくれるのは嬉しいですが、逃がす理由が分かりません。個体として、わたくしは強い個体です。経験値を得たいのならさっきの気絶中はチャンスだったはずです」
わたくしとか……いいところのお嬢様かな? それともエルフの一人称呼びの基本が、『わたくし』なのかな?
「町に行った時に、エルフの姿を見たいってのが俺たちの正直な意見なんだよね……。こう言っても信じないだろ? これだけの理由で見逃すとか……」
彼女は疑うような目で戎吉さんの方を見た。
「私もそうなの。エルフちゃんの姿が見たいだけなの。フレンド登録してくれる? 生きてたら町でいつかエルフの姿で会ってくれると嬉しいわ」
「カメの状態でわたくしの本来の姿が分かっているのは、何かそういうスキルをお持ちですのね? あのっ! あなたたちはパーティーですよね? わたくしも仲間に入れてもらえないでしょうか? お願いします!」
『ナビー? どう? 彼女、仲間に入れても大丈夫かな?』
『♪ 大丈夫というより、凄くお薦めです。彼女の種族はアオウミガメ。泳ぐのがとても上手なので移動が快適になりますよ。1mほどまで大きくなる個体ですが、カメの中では唯一のベジタリアン! マスターたちが食べられちゃう心配はありません。それに行動は昼夜どちらもいけるので、マスターたちより優秀ですよ? 成体になればとにかく硬いので、タンクとして迎え入れれば、パーティーとしてはかなり安定して強くなるんじゃないでしょうか』
『よし! 採用決定だ!』
「戎吉さん、彼女はアオウミガメという種族でカメ唯一のベジタリアンなんだって。つまり、捕食衝動とかで俺たちを裏切って食べることはない。昼夜両用活動できて凄く泳ぎが上手だから、活動範囲も広がるし、何より硬いからタンクとしてパーティーで役に立つと思う」
「エルフなのにタンク? 私のエルフのイメージだと、弓が得意で魔力値が高く、魔法が得意な森の妖精的な存在だと思っていたのだけどなぁ~。でも、タンクにアタッカーにヒーラーが揃うんだね。パーティーバランスが凄く良くなるね?」
「そうだね。まだみんな幼体なんで弱いけど、成体になったらかなりバランス良いと思う。夜行性の俺たちにも合わせて行動もできるしね」
「あの! わたくし頑張りますので、仲間に入れてください!」
「「うん、よろしく!」」
「え!? 本当に仲間にして頂けるのですか?」
「俺の名前は、『やえがしやくも』って言うんだ。姓が『やえがし』で、名に当たる部分が『やくも』ね。よろしく」
「私の名前は、『えびよしちほ』。姓が『えびよし』名が『ちほ』よ。よろしくね」
「わたくしは、『ミーファ・A・ガーランド』です。パーティーメンバーですのでミーファと呼び捨ててくださいませ。その代わりに、『ヤクモ』と『チホ』とわたくしも呼んで宜しいでしょうか?」
「うん、俺はそれでいいよ」
「そうですね。八重樫さん、私も八雲君と呼びますね。同い年の仲間なのにいつまでも他人行儀でしたね。ごめんなさい。それにさっき、ちーちゃんって……生前も親しい友人からはそう呼ばれていたので、不意に言われてびっくりしました」
「あ! ごめん! ついエルフってことに興奮して無意識に口走っちゃった。悪気はなかったんだ。ナビーが『ちーちゃん』て言ってたんだ……馴れ馴れしく呼んでごめん」
「いえ、もう『ちーちゃん』で良いですよ。あはは、1回言っちゃったら、『戎吉さん』とか『智穂さん』とか言えないでしょ? 何故か皆『ちーちゃん』なんですよね。あと『エビちゃん』」
「ちほって言ったら大抵『ちーちゃん』じゃない? 呼びやすいしね……エビに向かってエビちゃんはちょっとないね。あまりにもそのまんまだ」
「わたくしも『ちーちゃん』と呼ばせてください」
「あはは、この際もう名前で呼び合いましょうか? 私は『ちーちゃん』、八重樫君は『ヤクモ』、ミーファさんは『ミーファ』、敬称なしでいいわよね?」
「「賛成!」」
こうしてタンクとして、エルフのカメさんが仲間になった。
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