第25話 初魔獣
かれこれ俺が気づいてから30分ほど経つのだが、背中の亀裂はかなり大きくなったものの、一向に脱皮して出てきそうにない。
「あの、八重樫君……見られるのは恥ずかしいけど、やっぱり手伝ってもらって良いでしょうか?」
「疲れちゃった?」
「いえ、出れそうで出れないのでイライラしてきました……」
「恥ずかしいより、イライラが勝っちゃったんだね。分かった……じゃあ、引っ張り出せばいいのかな?」
「はい、おねがいします」
『♪ お待ちください! 触っちゃダメです! 今、彼女はとてもデリケートな状態なのです。脱皮中や脱皮してすぐはとても外皮が柔らかくなっていて、今、触っちゃうと奇形や変形したりする可能性があります。彼女のペースで脱皮してもらってください』
『今のナビーの話で、クラスで飼育してたカブトムシを思い出しちゃったよ……』
「ごめん、戎吉さん。ナビーが手伝っちゃダメだって」
「え? なぜそんな意地悪を言うのですか?」
「意地悪じゃなくてね、いま戎吉さんの内皮は凄く柔らかくなっているそうだよ。昔カブトムシの蛹を学校で育てていたとき、クラスの男子が触りまくって、殻から出てくるときは凄く柔らかくてデリケートな状態なのに触っちゃったものだから、外皮が固くなったときには角も曲がっちゃって、羽はつぶれて片方開かなくなっていたんだよ。つまり、戎吉さんも今その状態なので、周りの者が下手に触っちゃうと変形や奇形になっちゃう可能性があるんだって」
「それは嫌です……分かりました。もう少し自分で頑張ります」
それから1時間後にチュルンってな感じで急に抜け出せた。
「お! おめでとう! やっと出れたね!」
「ふぅ~、ありがとう! 疲れた~!」
「ん? なんかカニっぽくなってる!」
「え!? 私、エビですよ?」
「うん、でもカニっぽい……体よりハサミのある手の方が長いんだね。体は四角くてハサミのある手が長いからカニみたいだ。色は赤が強くなって鮮やかな紅白のツートンカラーだね。Gっぽくはなくなったかな」
「そうですか? Gは嫌だったので良かったです」
「まだ外皮は固まってなさそうなので、もう少し様子を見ようか? その状態で外に出るのは危険だからね」
「度々ご迷惑をおかけします」
「ああ、そういうのはナシね。俺もいつ回復魔法で世話になるかもしれないのだから、お互いに気を使い過ぎても堅苦しくなるだけだよ?」
「はい……ありがとう。ヒーラーとして頑張って返しますね」
「うん、俺たちはパーティーなんだし、それで良いと思う。アタッカーとヒーラーという役割分担を決めたので、役割さえ果たせれば良いことだよ。それより1cmほど大きくなったかな? 見た感じ15mmぐらいありそうだよ」
「八重樫君より大きくなるって事は無いですよね?」
「どうだったかな? それほどオトヒメエビは大きくはなかったと思うけど?」
『♪ ヒョウモンダコは15cmほどです。オトヒメエビは6cmぐらいですかね。でも、転生者はもう少し大きくなるはずです。食べれば食べるだけ体は大きくなります。当然大きい体の方が優位に立つので頑張って捕食しましょう』
「成体は俺が15cmで戎吉さんが6cmほどだって。ナビーが転生者は普通の個体より大きくなれるようなので、一杯食べろってさ」
「そうですか、もう少しの間は頭に乗せてもらって移動できそうですね」
「ああ、それを気にしてたのか。俺の力はかなりあるので6cmぐらい問題ないよ。6cmと言っても長いハサミの有る手も込みの話だしね」
それから数時間して戎吉さんの外皮が固くなったので狩りに出ることにした。
「お待たせしました! 手の鋏が凄くスムーズに動くようになりましたよ!」
「よかったね。でもその鋏、攻撃力はないんだよね……主に食事用なんだよ、あとお掃除とか」
「お掃除……他の強者に寄生して体の食べかすや寄生虫を食べるんですよね?」
「確かそうだったかな」
「八重樫さんの食べかすや、体の垢や皮膚に付いた寄生虫が私の食事なんですね……グスン」
「そんな酷い扱いしないから! 戎吉さん、俺をなんだと思ってるんだよ」
「あはは、冗談ですよ。本当に食べかす食べろとか言わないですよね?」
「だから言わないって!」
狩りに出たんだけど……いつものトコブシ。
「う~ん、やっぱ【詳細鑑定】を上げた方がよさそうだね」
「そのスキルを上げたら、八重樫君の【周辺探索】と連動してて、条件検索をかけたりできるようになるのですよね?」
「うん。魔獣のみとか、転生者のみとかの検索が可能になるから、ピンポイントで狙い撃ちできるようになる。狩りの効率がグッと上がるんだよ」
残ってるAP10ポイントを消費し、【詳細鑑定】Lv1→Lv5にした。
「おお! 一気に使いやすくなった! 右上に詳細MAPがあるんだけど、色で判別できるようにしたよ」
「凄く使えそうなスキルですよね……いいな」
「俺には回復手段がないんだし、戎吉さんには攻撃手段がない。ない物ねだりはしても仕方がないから、お互いフォローし合うしかないよ」
「そうですね。で、何か周辺で目ぼしい獲物は居ますか?」
『♪ マスター、200mほど離れていますが、今、サメの魔獣に襲われている転生者が居ます。どっちを狩っても美味しいですよ!』
『サメって無理だろ? 俺、まだ小っちゃいぞ? 食われちゃうよ……』
『♪ 足の1本ぐらいくれてやる覚悟なら余裕で勝てます!』
『なんで足食われるの前提なんだよ! 痛いのは嫌だよ!』
『♪ 多少は我慢してください。ヒーラーが居るのです。マスターの場合、足は欠損扱いにならないので、ヒールで生えてくるのです』
『え? そうなの? そっか……もともと自己再生するんだから欠損扱いにならないんだ』
『♪ 助けるにしろ、両方捕食するにしろ早い方が良いです。魔獣なんかに転生者を食されるのは勿体ないですよ!』
『それもそうだね。見に行って勝てそうじゃなければ帰る事にするけど良い?』
『♪ さっきも言いましたが、勝てます! あ、そうか……サメといってもマスターが今イメージしてるホオジロザメのような凶暴なやつじゃないです。体長20cmほどの生まれたての子供のサメです。襲われてるのも生まれて間もない転生者です』
どうやらウツボ君の時と違って高確率で勝てるようだ。
「戎吉さん、転生者がサメの子供の魔獣に襲われているんだって。200mちょっと離れているけど、見に行こうかと思う。良いかな?」
「助けてあげるんですね! すぐ行きましょう!」
すぐに移動を開始したんだけど……助けるんじゃないことをどう説明したものか。
「あの、戎吉さん。助けるとは限らないんだよ? サメの魔獣はまだ子供と言っても20cmもあるし、下手したら新たな獲物として喜んで襲ってくるかもだよ?」
「でも、勝てる自信があるのですよね? じゃないと最初から八重樫君なら行かないでしょ?」
「俺ってそんなにビビりに見えてるんだ……」
「いえ、そうじゃなくって。私のことも考えてくれてるので、慎重に行動してくれると思っています。安全マージンを考慮したうえで見に行くと決めたのなら、それなりに勝算があるのかなって……私の買い被りでしたか?」
安全マージンとか……実にゲーム脳的言い方をする。
「あ、うん。ナビーが高確率で勝てるんだって。戎吉さんのヒールがあるんだから、手足の1本犠牲にすれば負ける要素がないって言うんだよ」
「じゃあ、行きましょう! 流石に手足を犠牲にはしてほしくないですが、ヒーラーとして全力でサポートします!」
行動速度が上昇する【ヘイスト】を掛けてもらい、急いで現場に到着したのだが、襲われていたのはサメよりも小さい7cmほどのカメだった。
体に手足を引っ込めて、必死で機会を伺い逃げようとしているのだが、左手を噛まれて骨折したのか、その手は引っ込めることができなくなっていて、執拗にその手を攻撃されている。
時々体に直接喰らい付いているが、甲羅が固いのかつるっと滑って口から出てきていて、かろうじてまだ食べられてはいない……だが時間の問題だろう。
初めて見る魔獣が、この周囲では最強のサメの魔獣だった。
生まれたての赤ちゃん魔獣なので、ナビーが言うには脅威は少ないそうだが、普通のサメより見た目が怖い感じがする。
歯もまだそれほど強靭じゃないから、ある意味チャンスだとナビーは喜んでいるが、ウ~ム……おっかない!
「八重樫君! あの可愛いカメさん助けてあげて!」
どうやら戎吉さんは見ていられないようだ……俺も超おっかないが、黙って魔獣なんかに『魂石』をあげられない。
俺たちにも魂石は必要なんだ。
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