第4話 誕生
タコ母さんに抱かれてさらに数日。周りが騒がしくて目覚めたのだが、どうやら兄姉たちが先に誕生したようだ。卵の被膜を破って、既に10匹ほど先に生まれ出て泳いでいる。
どんどん続いて誕生している。
タコ母さんの卵は、見た感じ40個ほどはありそうだな。次々に被膜を破って、卵から半透明なミニダコが出てきてる。ちょっと可愛いぞ! タコなのにグロくなくて、可愛く赤ちゃんぽくデフォルトされた感が強い。
俺も真似て体を動かしたり、手?で卵の被膜を突いたりしているが、上手く割れてくれない。
疲れて少し休憩していたら、タコ母さんが慌てて声をあげた。
「まだお外に出てはダメ!」
でも言っていることが通じていないのか、15匹ほどが一斉に小さな穴の隙間から外に出て行ってしまった。
その瞬間、外から大量の悲鳴に似た叫び声が聞こえてきた。
「ああ! 私の可愛い赤ちゃんが……夜になるまで出ちゃダメです! 食べられちゃう!」
どうやら外に出てしまった兄姉たちは、待ち構えていた捕食者どもに食べられているみたいだ。
タコ母さんは穴の前に立ち塞がって、これ以上我が子が外に行かないように穴を塞いでいる。
でも小さな穴は、この岩の下にできた空洞内を、太陽光で見える程度には何カ所か他にも開いているのだ。
更に何匹かが出て行ってしまい、タコ母さんは悲観に暮れている。
何故、兄姉たちはタコ母さんの言う事を聞かないのだろう? タコ母さんの憂いた顔を見たら、凄く兄姉たちにイラッとする。
日が暮れてから、タコ母さんは入り口を開放し、我が子を外の世界に送り出した。
「可愛い私の子供たち、頑張って生き延びるのですよ!」
どうやら捕食者たちは、夜になると眠る為に居なくなるようだ。そして俺たちタコは夜行性。逆に眠っている魚や甲殻類や貝類に忍び寄ってパックンチョするのが狩りのスタイルだ。
兄姉たちはもう全員孵化して巣立ちをしてしまっている。
俺は残った最後の1匹だ……さっきからタコ母さんにツンツン触手でつつかれている。
「困ったお寝坊さん、まだ出てこないのかな? もうお兄ちゃん、お姉ちゃんたちは巣立って行ったわよ。本当は一斉に出て行った方が生存率は上がるのにな~」
確かにそうなんだよね~。弱い生き物は群れた方が生存率は上がる……数に紛れるのだ。その中から運の悪い者や弱い者が振るいに掛けられ命を落とす。
更に2時間……一向に出てこない俺に痺れを切らしたタコ母さんは、俺の卵の被膜に噛み付いて傷を少し付けた。俺はそこに腕を差し入れ、一気に被膜を破って外に出た。
「おめでとう坊や! やっと出てきたのね。さぁ、暗いうちにお行きなさい……」
使命を終えたと言わんばかりに感慨深そうに俺を見て、タコ母さんはつぶやいた。
俺は少し前に思い出したのだ……タコのオスは精嚢をメスの体内に受け渡したら、沖に行ってその命を終える。メスは体内の精嚢を抱えて狭い穴倉の中で産卵し、その後は新鮮な海水を送り、我が子の誕生を飲まず食わずで外敵から見守って、使命が終えるとやがて衰弱して死亡する。
タコ母さんが弱っているのは、寿命が尽きかけているのだろう。俺たちを産み落とし、自分の遺伝子を後世に残し、生物としての役割を終え、もうすぐ長い眠りにつくのだ。俺は弱り切ったタコ母さんの側に寄り添いお礼を言った。
「タコ母さん、長い間ありがとう。おかげで外敵に食べられずに無事生まれて来れました」
「えっ!? あなた転生者なの!?」
「えっ!? そうですけど?」
「キャー凄い! 私、転生者の出産者になったのね!」
なんだか凄い喜びようだ! でも、一言声を掛けただけで転生者と分かる何かがあるんだな。やっぱ喋れるとかかな?
「私も転生者なの! タコ母さんじゃなくて、『チュチュチェ』って呼んでね! あ……もうすぐ死んじゃうから、知らない方がいいのかな……」
とてもすぐに死にそうにないのですが……それに変わった名だな。どこの国の人なんだろう?
「俺は八重樫 八雲(やえがし やくも)です。日本人です。チャチュチョ母さんはどこの国の方ですか?」
「ニホンって! この世界のモデルになったって言われているあのニホン? それとチュチュチェね。国はないわ。転生前はガースって名前の村娘だったの。漁村よ。私は18歳の時に海に落ちて溺れちゃったの」
漁村の娘なのに、溺れたの?
そういえば、確かアリア様は日本がモデルだとか言ってたな。
「確か運命神のアリアって女神様がそう言ってたかな」
「あなた、アリア様自らが転生された御方様なの?」
なんか、我が子を『御方』様扱いし始めた。どうも、俺の知らない常識論があるようだな。
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