第2話 毒死

 釣り場までは自転車で15分。

 最後に釣ったタコは、氷の入ったクーラーボックスの中で弱っていたが、帰宅時点ではまだ生きていた。

 ヒラメは釣った時点で生き締めし、血抜きをしてあったが、タコの締め方とかは知らなかったのだ。イカなら眉間の間にナイフをブッ刺せばさっと色が白く変わって〆ることができるのだけど……まぁ小さい獲物だし、氷漬けでも良いだろう。


 タコは極稀にだが底釣りをしてると釣れてくる事がある。テトラポットの穴釣りなんかしてると、たまに掛かってくる。頭周りが30cmもある大きなマダコが運良く釣れたこともある……そいつの足の刺身は美味しかった!



 ヒラメを薄造りにし、冷蔵庫に寝かす……その間にキスとコチを捌いて天婦羅にした。そして最後にタコをどうしようかと考え、あまりにも小さいので、内臓を抜いて生でブツ切りの刺身にして食べる事にした。


 ぬめりを取ろうとタコを捌く前に塩揉みをしていたら、まだ生きていて、左手の人差し指を噛まれてしまった。大した傷ではなかったので、水洗いをし、絆創膏を張って処置をした。


 俺は特に誘う友人もなく、一人寂しく、炊き立てご飯をよそってキスとコチの天婦羅、ヒラメの薄造り、タコブツをテレビを見ながら美味しく食べていた。


 食べ始めて15分ほどした頃、異変に気付く……手足が痺れ、徐々に口や舌もなんだか痺れてきた。

 眩暈がし、嘔吐感が出始め、20分ほどでヤバい感じがして母親に電話をしたのだが、この時には既にろれつが回らなくなっていた。


 会話中に意識を失ったのだが、どうやら俺の人生はそこで終わったようだ。




 次に意識が目覚めた時には6畳ほどの部屋で椅子に座っていた。対面にはテーブルを挟んで、これまでに出会ったことのないぐらい可愛い女性がこちらを見ていた。


「こんにちは。あなたの感覚からすれば今晩はかな?」

「……今晩は。あの、ここは病院じゃないですよね?」


 キョロキョロ周りを見渡すが、椅子とテーブル以外に何もない。病院にしては何か変だ。

 目の前の女性の服装も、アニメでよく見るシスター服っぽいものを着ている。

 ナース服ならまだ分かるのだが、シスター服はないな……コスプレじゃないなら普段にこんな服を着た人は居ない。


 おそらく彼女は神的な存在で、俺は死んじゃったんだろうな……。


「あなたの考えのとおり、ここは病院じゃないです」


 ん? 俺の考えが読めるのか?


「じゃあ、やっぱりあのまま俺は死んだのですか?」


「お察しのとおりです……あなたの死因は毒死です。あなたが食べたタコが原因ですね。指を噛まれたのもです」

「えっ!? うちの近所に毒を持ったタコなんて居ませんよ?」


「『ヒョウモンダコ』この名前に聞き覚えはないですか?」

「あっ! あいつがそうだったんですか?」


 ヒョウモンダコは小笠原諸島以南に生息するタコだが、最近九州や四国でよく見かけられているのだ。浜名湖でも捕獲されたとテレビでやっていた。温暖化の影響か、どんどん東に生息域が上がってきている。ニュースでやっていて知っていたのだけど……まさか奴がそうだったとは。


 自分の指を見るが、噛まれた後とかはない。


「前世の傷はもうないですよ。ヒョウモンダコの毒はフグ毒と同じで強力です。僅か2mg摂取しただけで死に至ります。なんでそれを生で食べるかな~」


「ヒョウモンダコが毒を持つタコだと知っていましたが、食ったあいつがそうだとは気付きませんでした」


「そうでしょうね。気付いていたら食べなかったでしょう。ヒョウモンダコはフグ毒と同じ強力な神経毒テトロドトキシンを持っています。300 ℃以上に加熱しても分解されないので注意が必要なんです。ヒトの経口摂取による致死量は僅か1~2mgで、経口摂取では青酸カリの850倍程度の毒性を持つのですよ。この毒は熱には強いのですが水に溶けやすいので、生でなく、せめて湯でていれば死ななかったでしょうに……」


「青酸カリの850倍!? 助からないはずですね。でも、食べたのは足と頭の方の身の部分だけですよ? 内臓とかは食べていないのに」


「その頭の部分がまずかったのです。捌く際に、口の側にある唾液腺を破ってしまったのに気付きもしないで、水洗いもしないまま食べちゃいましたよね?」


 グハッ! 捌いた際に毒腺を破いちゃってたんだ!


「はい、殆どの刺身は水洗いすると美味しくなくなるので、イカもそうですが墨を吐かれて汚れでもしない限り最初に綺麗に水洗いした後は捌いてそのまま食べています。それがまずかったのですね……」


「ですね……」



 俺の死因は最初に指を噛まれたのと、毒腺を破って毒の付いた身を生で食べたのが原因だったようだ。

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