第3話

 翌朝、飯沼と七時六分発の電車に乗った。

「雄樹が最近、朝が早いと思ったら……」

「紹介したい子がいるんだ。あ、来た」

 優樹が隣に座ると、紹介することにした。

「優樹、聖凜学院の子なんだ」

「初めまして、飯沼いいぬま真治まさはるです。大城高校の二年」

 飯沼は社交性があるので、初対面の人でもすぐに仲良くなる。

「優樹です、よろしくね」

 一緒に話し始めた。

「優樹ちゃんは」

「呼び捨てでいいよ。ちゃん付けは好きじゃないからね」

 優樹は嫌そうな表情で、飯沼に話した。

「ごめんね。優樹……は今度の文化祭?」

「うん。雄樹の学校の文化祭にも行ったけど、結構おもしろかったよ」

 飯沼が結構楽しく話しているから、少しだけ嫉妬してしまう。

「あのさ……優樹はスカートじゃないんだね。スラックスなんだね」

 その途端、優樹の表情が変わった。

 ちょうど次の駅に到着したときだった。

 学校の最寄り駅ではないのに、突然降りてしまった。

「雄樹、行け」

 飯沼は俺をドアの近くへと押しやる。

「優樹!!」

 ぼくもホームに降りると、人波を逆行して彼女の手を取った。

「離して! なんでだよ!」

「どうしたんだよ? 何があった?」

「……スラックスを履いているのは、スカートがつらいだけなの! それにずっと苦しんでるの!」

 悲痛な叫びのように言って、こんな口調の彼女は初めて見た。

 涙声になっていて、もうちょっとで泣きそうなだった。

 でも、彼女が振り返ったとき、ハッとした。

 その瞳に涙が溜まっていた。

 表情はつらそうで、見せたことがないものだった。

 優樹がつらいことを聞いてしまったんだと、ふとした瞬間に納得したんだ。

「優樹はほんとは……」

 言いかけた言葉を飲み込んで、ぼくは手を離して黙った。

 しばらくして優樹も落ち着いて、次の電車に乗ることにした。

「雄樹……、もう大丈夫だから。でも、しばらくは話しかけないでほしい」

 そう言って、いま来た電車に戻った。

「優樹、ごめんな。飯沼も心配してるから」

「うん」


 高校にたどり着くと、遅刻するギリギリだった。

 教室で心配そうにしていた飯沼と合流した。

「雄樹! ごめん、優樹にひどいこと」

「うん……彼女には、聞いてあるから。文化祭まではそっとしてあげるつもりだ」

 飯沼はハッとした表情で、ぼくを見てきたんだ。

「どうしたんだよ?」

「お前、あの子のこと。好きだろ? な!」

 俺は顔が熱くなるのを感じ、恥ずかしくなってくる。

「なんで!? 知ってるんだよ」

「だって、結構好きなんだな~って思ったけど?」

 飯沼には絶対にバレたくなかったから、少しだけショックを受けている。

 そのとき、ちょうど聖凜学院の文化祭まで一週間を切っていた。

 優樹のことが少しだけ、心配になった。

『スラクッスを履いてるのは、スカートがつらいだけなの! それにずっと苦しんでるの!』

 その声が頭から離れずにいて、ずっと悩んでたはずだと思う。

 授業を受けているときも考えてしまった。


 昼休みになって、スマホを見てみた。

「優樹からだ」

『今朝はごめん、飯沼に大丈夫だよって言っといて』と送られていた。

 かなり心配していたらしくていた。

『言っとくね、ちょうど昼休みだし』

『ありがとう』

 そう言って、LINEの会話が途切れた。

 そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえた。

「桜井。早く! 五限の体育、男子はいきなり体育館だとよ~」

 クラスメイトに言われて、ジャージと体育館履きを持って体育館に向かった。



































 それから、彼女とは文化祭の当日まで会うことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る