第14話ラプンツェルとギルド

「___騒がしいのよね!まったく!なんなのよね」


え。え?あれ?

近づくと私の視界に収まりきらない。顔を見ようと上向けば首が折れそうに痛いので、諦めて腰から下辺りを眺め考える…巨人族か?


「あ、マ、マールさん」


…マール…さん?

ビクリと一瞬震え、受付嬢はそれの名を呼んだ様子を見て同情せずにいられない。

だって、このデカさじゃいくら同僚って言ったって私だって若干怖いもの。


「なあに騒いでんの、よ…ねってアンタ!トトよね!?」


彼…彼女?はどうやらトトと知り合いらしく、仲良さそうに二人は片手を上げて声を交わす。


「お久しぶりです」

「あ、お久しぶりよね。って、じゃないわよね!何十年ぶりだと思ってんのよね!?」

「言いたいことは分かりますが、それより、まず個室を用意してください。それからギルドマスターも」

「はぁ?アンタひっさしぶりに顔見せたと思ったら急に何言ってんのよね!個室はともかく、ギルドマスターって…え…?ツェル様?」


―――ぐりん。

大きくて厚みのある身体に見合う太い首が回り、私を視界に入れた瞬間。時が止まったように彼は私を見つめ、動かなくなった。

ん?彼は今、ツェル様と私を呼んだような気がするんだけど。


「先生、フードがずれてるわ」


ユユの声にハッとした。目の前の話に集中してしまって、私は警戒を怠っていたらしい。フードを目深に被りなおし、周囲に視線を流せば、その場にいる受付嬢やら冒険者、一般人が興味深そうに此方をうかがい見ているのがわかる。そりゃ、この上役っぽい巨体と、小さな闖入者が対等に言葉を交わしているのだから気になるのはわかるけど、ちょっと見すぎでしょ。


「マール、説明は後にさせて下さい。今は早く場所を変えたい」


その様子を見て、素早くトトが固まったままのマールさんへ促すように声をかけ。マールさんは幻でも見たような顔をして、まぶたをパチパチした次の瞬間大きな身体を震わせてカウンターを飛び越えた。


「…っ、聞きたいことばかりだけど、あいつを呼ぶからまずは二階へ行くのよね!」


現実を確かめるように、話す間もまた食い入るように私を見つめ、自分へ言い聞かせるようにそう言うとマッチョなマールさんとやらは私達三人を勢いよく掬い上げ、受付嬢へ声をかける。


「クオラ、二階の部屋を使うのね」

「え、あ、でもっ」


急な展開に受付嬢は混乱模様。そりゃそうよね、だって私だって混乱してるもの。


「それから、直(じき)にデブマスが戻るからそれ以降二階へは近寄らないのよね。分かったのね?」

「…は、はい。二階の接近禁止、確かに承りました」


ふーむ。これが縦社会か。なんて、ムキムキな太い筋肉に締め付けられながら私は感心している。


「きゃっ」


ユユが可愛らしい悲鳴をあげ。トトは不機嫌そうにむーっとして。私はただ唖然と固まったまま。

抱き上げられていたはずの私達は持ちにくかったのか、いつの間にやらマッチョの小脇に挟まれて、ドカドカと大振りな動きに薄汚れたギルドの床から砂ぼこりを巻き上げながらギルドの二階にある小綺麗な個室へ移動させられていた。

ペッペッ!うー、砂ぼこりが口にっ!



小部屋に四人。私達はソファーを移動させ、円陣をつくり座っていた。部屋はクリーム色で統一されていて割りとシンプルな様子。一階の冒険者たちの汚れがそのまま表れたワイルド系ではない感じ。床には毛足の長い絨毯まで敷いてある。そして、そのシンプルな室内に一際輝くお向かいのムキムキ筋肉なマールさんは小麦色のお肌に黄金の御髪…の上部に生える虎柄猫耳は実に柔らかそうな…って、猫耳?!


「―――えっと、じゃあ、貴方は…マーちゃんなの?あの、可愛かった虎猫の?」


マーちゃんは、たしかNPCキャラだったんじゃ?


「そうなのね!!ツェル様、お元気だったのね?師匠が亡くなってから会ってなかったから、みんな心配していたのね。それと、あの、師匠の…お墓なのだけど、私たちで勝手に作っちゃったのよね」

「旦那さんのお墓なら、先程行ってきました」

「あら、ツェル様もう行ってらしたのね!それで…どうでしたのね?」


どうって、お墓の事だよね?


「ブーちゃ。…こほん。えっと、フィートリアのお墓は、とっても素敵だったわ。特にあの墓石は、黒く光る彼の毛皮そのもののようで、胸がつまってしまったくらい」

「そう、そうなのね…ホッとしたのね」

「本当に、素敵なお墓をありがとう。それと、ずっと留守にしてごめんなさい」

「―――謝ることないのよね。私たちったら、みーんな師匠に拾ってもらってツェル様に育ててもらったんだもの、謝られたりしたら恐縮しちゃうものね」

「マーちゃんは変わらないわね」

「ツェル様だって変わらないのね」


うふふあはは、なんて笑いあっていると室内にノック音が響いた。


「あら、来たかしら」


「ツェル様が帰ったって、ほん、と…」

「このデブマス!遅いのよね!」


ぐぇ。なんて悲壮な声を漏らし、たった今入室したはずのヒトが吹き飛び消える。


「…っ、つつ。酷いよマール!これでも、急いで戻ったのにってて、これ、骨ダイジョブかな?」

「なぁーにが、これでも急いで戻ったのよね!やろーと思えば獣化出来るじゃないのよね!」

「で、でも、そんなことしたら領主側に知られてしまうし…」

「あーんな奴ら、いざとなればこのマールが身体をはって!」

「ダメだよ!それは許さない!君を危険な目になんか遭わせられるわけないじゃないかっ!!」

「…ポルル」

「マール」


マーちゃんと見つめあう、ぽっちゃり系白猫。シルバーフレームの、本来なら耳に当たる部分が全くない細くて小さい眼鏡を鼻にチョコンとのせた賢そうな顔に、真っ赤な蝶ネクタイと可愛らしいブラックスーツを着て、猫足形の革靴を履いたその姿。


「…ケットシー?」


ソレはまさに、私の亡き夫であるブーちゃんと同じ…二足歩行をする全獣形獣人であるケットシーそのまま。


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ラプンツェルじゃいられない! 空飛ぶ鯨 @momiji12

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