第12話ラプンツェル、戸惑う
なにやら慌てる部下を尻目に、上司は朗々と語り始めた。
「我々は力を欲している。――貴女方が真実永い世を生きていおられるならば、分かっているはずだ。この街は歴史が浅い。元はあの塔より随分と離れた場所に位置する小さな村であり、ここは広大な森の一部だった。しかし、我々は増え続ける化け者共に怯え、住み慣れた故郷を捨てこの場所へ集まり、その肥大した恐怖はやがて大きな街を形作った。現存する王国内の各領地も同様。例外は王城下街と幾つかの用意周到な領主治める大地のみ」
「ちょっと!小隊長困りますよー!」
「構わん。我々は人族は一様に亜人へ負い目があり、好かれていないことは承知の上だ。この上隠し事など、出来るはずもない」
「それは、そうですけどぉ~」
毅然とした態度で前を向く上司に、部下であるハヤ兵士はウーウー唸り頭を抱えて、最後にはガックリ首を落とし諦めきった様子で黙り混んでしまった。
「我々はなんとしても力が欲しいのだ。化け者共に対抗しうる力が。そして、それには、何より間違いなどなく、亜人の協力が必要不可欠である。―――この街は、あの塔を中心に作られた。何者も近づけず、何者も立ち入れぬ隠者の塔にあやかろうと作られた。事実あの塔の周辺には化け者共も近寄らず、この街周辺も何らかの魔法効果内にあると分かり化け者共の数も少ない。だが、街から出ていくものはなく、入るものは多い。このままでは許容を越えるおそれがある」
感想を一言で告げるなら、長い。なにより、情報はありがたいけどこの街へ入って目的はまだ何一つ果たしてない。うー、お願い早くして。
「いや、そんな話をされても困ります。僕らはあまりこの辺りの事情に詳しくありませんし、何より街へ来た目的も買い物ですから」
響くトトの声にやっと、と思えば、いつの間にか落ち込んでいたはずのハヤ兵士が復活していて。
「でも、タイミングが良すぎないかなぁ?最近じゃ亜人が外から来ることはまず無いんだよ?見かけても中の住民くらいだからねー。ね、やっぱり、なんか知ってる?」
なんて、今までと全く変わらないユルユルの口調で切り込んでくる。
もうこうなると、訳がわからなくなって頭がいたい。いや、聞きたいことも、欲しいものも説明は受けたけど、知らせるつもりがない以上はそんなの時間の無駄だし、この話のループに付き合う義理もない。この小部屋に大の男が二人に妖精が三人。いい加減疲れて気分も悪くなるわ。
うーん。妖精族の基礎体力不足が原因かな。
「ちょっと!私たちは、先生の旦那さんのお墓参りに来たんだから!関係ないわ!!」
ぷりぷり怒るユユは、私を庇うように座っていた椅子から飛び降りて蹴飛ばし、前に出て叫ぶように文句を言う。
そして私が何を言う前に、ハヤ兵士やトトや上司が次々に言葉をつむぎ入る隙も見当たらないまま話は進んでいくから、もう諦めて引っ込む以外選択肢がないわね。
「先生の旦那さん?でもさっき、きみ、お姉さんを先生って呼んでたよね?」
「先生は姉ではありません。強いて呼ばせていただけるなら…母です」
「…え。…えぇっ!?は、母ってお母さんの意味であってる?!え…、いや、亜人だから?うっそ!」
ガタガタ椅子を鳴らし立ち上がり仰天するハヤ兵士に、少しだけ瞳を見開き、すぐに立ち直る上司。
お。年齢言ったときより驚いてるな。
「ハヤ、いい加減口を慎め。部下が申し訳ない」
「ふん!」
完全にユユはへそを曲げた。
上司の謝罪にも鼻を鳴らし、私の背後へと姿を消してしまった。
「しっかし、君らが最低で百なら、お母さんはいくつなわけ?」
そして続くハヤ兵士の失言。
ユユは私のスカートの裾を握りしめ、顔を背中に押し付けてくるし。トトはマジギレしそうな目つきの悪さ。
「ハヤ!」
慌てたのか、彼の軽口が限界だったのか知らないけど上司も怒鳴り付けて叱る。うん、今のところこの場にハヤ兵士の味方は居ないと言っていいだろう。
「はーい。黙りまーす」
謝りもせず、ユルく片手をあげ口を閉じるしぐさを大袈裟に見せたハヤ兵士に私は少し疑問をもっていた。
彼は、果たしてこんなに馬鹿っぽかっただろうか?出会ったのは門前で、たった数時間前とは言え、ここまでではなかったような。ユユだって誉めていたのに、可笑しいな。
「重ねて謝罪する。申し訳ない」
それに、例えばこの上司も変でしょ。
ただの門番やその上司にしては、品がある。有りすぎるくらいに。
ま、私の知識は所詮現代映画や本やゲームで培ったものだから本物はどうだか知らないけど。だから、あとでトトにでも聞いてみよ。
「あの、大丈夫ですから。それで、もう良いでしょうか?僕らも暇ではないので」
なーんて、私のボーッとしてる間の素早いトトの割り込みと切り返しに、これ以上は拘束出来ないと感じたのか上司も部下もやけにすんなり私達を解放してくれたけど、こう言うのってなぁんか怪しい気もする。あとで変なことにならなきゃいいけど。
■□■□■□■
「先生、あれ見てください!綺麗な生地!!」
「あら、ほんとね。でもまずは食料品を買いましょ」
市場の通りは、屋台や人がひしめき合う大きくてせせこましくてとても賑やかな一本道で、ゲームではこんな風に細やかな描写もなかったからか私はただただその世界に圧倒されていたけど、じっくり眺める暇もなくユユに手を引かれアッチやコッチを行ったり来たり。危うくトトを見失うところでかなりヒヤヒヤさせられた。
でも、ユユの機嫌がなおって良かった。
「買うのは小麦粉や調味料、後は野菜の種と」
「種は小屋の方で育てるのですか?」
「そうよ。小屋と森の境で育てて収穫できれば、一々買いに来なくても良くなるでしょう?」
「そうしたら残るは肉類ですが、ソレは森のモンスターを狩れば解決できますね」
「終わったらさっきのお店行っても良いでしょ!?ね!?」
「はぁ、仕方ありませんね。全くお墓にも行くと言うのに」
「まぁ、良いじゃないの。ユユやトトも街へ来るのは久しぶりなのでしょう?」
「…はい。先生が、そう言うなら」
「やったぁ!じゃあ、はやくはやく!」
トトのおかげで、あの取り締まりっぽい何かから解放されてから数時間。私達はやっと得た自由で、買い物を堪能していた。
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