第10話 ラプンツェル、兵士に絡まれる






一時間ほどが過ぎた頃、先頭の辺りから兵士らしき男が一人歩いて近づきて来ていることに気がつき目を凝らして良く良く見れば、列を二つに分けはじめたらしい。


「あっ、先生!これで早く入れますね!」


すこし前からつまらなそうにブーツで地面の土を蹴っていたユユは、嬉しそうに私の顔をフードの下から見上げにっこり笑い。

周囲の様子を確認していたトトは表情を変えずに近づく兵士を見つめ続けた。


「こんにちわ。お嬢さん、お使いかな?お父さんかお母さんは一緒じゃないかい?子供だけで来たのかい?」


いかにも新人らしい若い兵士は目の前まで来ると、背の一番高い私に声をかけた。

お嬢ちゃん、などと声をかけられるのはいったい何時ぶりだろう。


「すみません。私達は子供ではありません。けれど、この子達の保護者なら私がそれに当たります」


このことは隠しだてしてもギルドにいけば必ず知られる。

便利アイテムや魔法を使えても、ギルドのカードだけは騙すことができない。

以上の理由から、勿論場所や人によって話せる内容も異なるけれど、立ち入った情報以外は話しても良いと三人で決めた。


「へ?……あっ!キミたち、亜人?」


理解できない言葉を聞いたように、しばらくこちらを見つめぼうっとしていた兵士は大袈裟に驚き、小さく問いかけてきた。


近くを並ぶ待ち人がチラチラと視線を向けてきているのがわかる。


「はい。……あの、亜人では中に入れないのでしょうか」

「いや、まさかそんなことはないよ。ただ、なかなか外から来る亜人の方は珍しくてつい、ね」

「はぁ」

「えっと、手続き何だけど右が居住権を求めて来た人で、左がそれ以外人ね」


驚いたことを恥じ入るように頭をかき、右の列と左の列のどちらかに並んでほしいと説明され、私達は当たり前に左へ身を寄せた。


「あ、やっぱり住むわけじゃないんだね」

「えぇ、自宅は別にありますので」

「そっか。じゃあ、またあとで会うと思うけど俺はこれで」


片手をふらと上げ、兵士は私達の後ろへと歩いて行ってしまった。


「なんだか、可愛らしい人間でしたね」

「ユユ」


ユユが兵士の後ろ姿へ楽しそうに告げれば、トトがたしなめるように名を呼ぶ。そんな様子を見ていると、つい、私は笑いが漏れる。


「先生?」

「なんで笑うんですかー!」

「だって、あなたたちったらしっかり者の兄とお転婆な妹そのままなんだもの」

「じゃあ、先生は優しくて厳しいお母様ですね!」


仲の良い兄と妹の図そのものでしかない二人へそう告げれば、返ってきたユユの言葉にまた、私は笑ってしまった。


「私がお母さまなの?二人はそれでいいの?」


確かに、花から育ててはいたけれど、関係としては師匠と弟子のような、ただお互いの利益のために養っているような感じだった。

それが、家族として愛情を向けられ言葉にされるとこんなにも嬉しくなるものなのか。


「勿論ですよ?ね!トト!」

「あ、それは、先生が嫌でなければ……嬉しいですが」


本当なら、ゲームの世界なんかに引き込まれて訳のわからない状況なのだから悲観しても良いはずなのに、今はこんなにも可愛らしい娘と息子が一度に手に入るなんてすごい幸せなことのように思えてくるから不思議。






■□■□■□■






「次っ!」


先程のやり取りでとても幸せな気持ちになった私は、笑顔のまま外壁に近づき、その内順番待ちも終わりを告げた。


「通行手形の提示を。それと名前と街へ入る目的を言え。料金はギルドカードがあれば無料だが、無ければ一人につき1000円だ」


これは、高いのか安いのか。

チラリと二人を見れば、トトが財布から模様の彫られた木の板と3000円を取り出していて、よく見ればそれは小さな木製通行手形と1000と彫られた硬貨が三枚だった。

コインなのか。

でも、ギルドカード、あるんだけどな。


「名前はラプンツェル、トト、ユユ。目的は買い物です」

「うむ、3000円だな」


私が余計なことを口にする前に、トトは支払いから説明から終わらせてしまった。


「―――あ、君たちさっきぶり!」


門を抜け、街へ歩き出した私たちへとかけられた声。振り向けばさっき別れた兵士が一人、いや、その背後に上司っぽい大柄な兵士が立っている。

ふと視線を戻す。ん?


「あぁ、先程はどうも」

「ト」

「先生は黙ってください」


前者はトト。後者はかなり小声のユユ。

いつの間にかトトは私の前に立ち、ユユが隣で身を寄せていた。

しかも、ユユに注意されるし…なんなの?

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