第4話 ラプンツェル、養い子あらわる
「……」
それにしても、あれはやはりトトなのだろうか?だとしたらもう一人、ユユがいるはず。
二人は中級に育ち契約したばかりだった。
妖精はハイフェアリーにでもならない限りそれほど背は伸びない。ハイフェアリーでも私の百四十がせいぜいで、トトやユユも別れたとき私の太もも辺りに顔があったのを覚えてる。
でも、鏡越しの影は膝くらいの身長しかないように見えた。
聞いたことはないけど上級に成長して縮んだのかもしれないし、違う人かもしれない。
鏡はマジックミラー効果であちらからは見えないし聞こえない。
しばらく盗み聞きしてみようかな?
『あれぇ』
『なぁにぃ。ざいりょーたりなぁい?』
『ピッピ、せんせーいないねー』
『あー、きょーはせんせーたちのせんせーがおやすみしたひなんですってぇ』
『おやすみぃ?』
『そーよーぉ。だからぁ、せんせーたちのせんせーにおいのりしてるのよぉ』
『いつ、かえるのぉ?』
『わからないわぁ』
男女の幼子たちの話し声。
鏡の前に座り込み盗み聞きした感じじゃ、これは、トトやユユじゃないな。
うん。二人ではないけれど、まだ幼い妖精。
生まれたばかりではないけれど、まだまだ保育園や幼稚園生で小学生には届かない。
でも、下級妖精特有の間延びした話し方を聞くと懐かしい。
これが中級・上級に成長すると少しずつ会話の速度は上がり、丸っこい体つきも改善されていくのだ。
トトやユユも昔はこんな感じで、ゆったり派の私も少しだけイラッとしたことがある。
『ただいま帰りましたよ。ピッピにチッチ、いい子にしていましたか?』
鏡のなかを覗き見している私の位置からは見えない辺りにドアがあるらしい。
ドア向こうから話しているから聞き取りにくいが、室内に成人した男性の声が混じった。
『せんせーおかえりなさーい』
『おかえりなさぁい』
下級妖精たちの喜びが混じった声に、足音は近づきドアの開く音。
『変わりはありませんでしたか?』
角度が悪いのか視界には入ってこないが、男性にしては柔らかで物腰の優しい話し方をするその人物は何者なのだろう?
そう考えるまもなく、女児は言った。
『なーいわよぉ。せんせー、ゆゆせんせーはぁ?』
ユユ先生は?と。と言うことは、これはまさかのトト?
そうして、下級妖精たちへ話しながらゆっくりとした歩調で鏡の向こうへ現れた男性は
『ユユ先生は僕らの先生の家へ掃除に向かいました。夕方には戻るでしょう』
学者の先生です。
と紹介されても可笑しくはない、純朴で真面目そうな顔つきに身なり。
深い緑のマントを今まさに脱ぎながら弟子らしき下級妖精に話しかける青年には、確かにトトの面影があった。
顔をもっとよく見ようと身を乗り出したその瞬間、トトらしき青年と下級妖精たちの間にバタンと大きな物音を立てながら女性が一人、飛び込んできた。
『トト!大変!大変よ!!』
女性は取り乱し、声を荒げ、慌てている様子。
『……ユユ、いつも言っていますが扉は静かに閉めるように。調合中の薬に何かあったらどうします?ここが吹き飛べば、ツェル先生が悲しみます』
『あ……ごめんなさい。って、それよそれ!』
『いったい何事ですか』
『森の中の先生の小屋に掃除に行ったら……クローゼットが開いてたの!!』
『っ、いつもの冗談ではないでしょうね?』
『まさか!先生のことで冗談も嘘もつかないわよ!』
『先に言っておきますが、クローゼットを開けたのは僕ではありませんよ。今日はあなたと教会へ行った以外は外出していません。行きも帰りも寄り道していませんし』
『先生が帰ってきたのよ!絶対そう!ね、先生の塔へ行きましょ!小屋でも店でもないなら塔に居るのよ!!』
『しかし、先生が帰ってきたのなら僕らに会いに来るはずでしょう?小屋で他におかしな点はありませんでしたか?風見鶏の守りが壊れているとか』
『もうっ!あったら気がつくわよっ』
『もし、本当に先生が帰って来たなら……救いはあるかもしれませんね』
『早く早く!』
『わかりましたから、引っ張らないでくださいよ。誰も行かないとは言っていないでしょうに』
『トトはお喋りばっかりなんだもの!先生に会いたくないの!?』
『まさか!会いたくないなどと言うことは決してありません。ただ、この店や塔を見たら、先生は悲しむのではないかと思ったのです』
『……やーね。人間はいつも自分勝手だもの。でも先生ならきっと私たちを助けてくれるわ!きっとそうよ!』
『えぇ、そうですね。本当に、先生なら』
二人は見つめ合い、手を取り合って微笑んだ。
そうして、見覚えのある短杖を取りだし【紅の写し見】へ向かってくる。
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